濡れた睫毛にキスをする
ポツポツと雨が降りだした。
最初は小さな粒だったが、次第に強くなる雨脚に二人は濡れていく。
しかし、斉藤は微動だにせず、ただ名前の気が済むまで一緒にいた。
何か声を掛けるでもなく、背中を撫でてくれる掌の温もりは、全てを受け入れてくれるように優しい。
『ふ…うぅ…ッ…』
雨で泣き声は掻き消され、同時に奪われる体温。
そのせいか、傍で感じる人の温かさに余計に泣けてきて、名前は必死に斉藤を抱き締めていた。
離れたくなくて。
もっと近付きたくて。
心を落ち着かせるために、みっともなく縋った。
『終兄さん…』
名前が首を伸ばして互いの顔が至近距離に近付けば、甘えるように鼻先を擦り付ける。
マスクに隠れているとは言え、二人の唇はもうすぐ傍にあって。
「っ!」
その行動に、流石に斉藤も驚きを隠せず硬直してしまうが、やはり振り払うことなど出来ずに。
無意識に力が入った両腕が、必然的に名前の身体を引き寄せていた。
だから。
二人の唇は触れ合って
───── …
『…ッ…』
雨に濡れているのに、マスク越しでも伝わってくる熱が嬉しくて、また泣けてくる。
こんなにも。
誰かと触れ合うことが、抱き締めてもらう温もりが、心地いいなんて知らなかった。
重なった唇はすぐに離れていったけれど、代わりに閉じた瞼の上から遠慮がちに柔らかな感触が押しつけられる。
彼女の頬は、涙と雨で濡れていた
───── …
END.
濡れた睫毛にキスをする
君の心が救われるように。