2019/05/20
君と僕と毒蛇と
起きたらジョンが二人いた。正しくは何時もの彼と、少し年を重ねたジョンだろうか。並んだ二人に首をかしげる。
「ジョンが二人……?」
「あー、ナマエ、コイツは……俺の兄弟だ」
私の言葉にそう言ったジョンに、聞いたことがない話だな、と口を開く。素直に「初耳だな」と言えば、彼は「……言ってなかったからな」とそっぽを向いた。なるほど、嘘らしい。どういうことか説明を聞く前にからかってやるとする。
「私がジャックだと思って接していたジャックが、ジャックじゃない可能性があるのか」
「いや、それは俺だ」
そう言ったジョンを無視して、ジョンのそっくりさんのそばに寄った。そうして、とん、と彼の胸に手を当てれば彼は戸惑ったようにこちらを見下ろした。鼓動がはやい。
「なるほど……君が本物のジャックだな?」
私の言葉にジョンが再度、「違う、ナマエのジャックは俺だ」と否定したが気にしないでからかうことにした。
「会いたかったよ、ジャック」
「待て、ナマエ、違う、そうじゃない」
そう私の手を取ったジョンに、首をかしげる。
「何が違うんだ」
「ナマエのジャックは俺だ」
「そんなのわからないじゃないか。君が騙してる可能性があるだろ」
私の指摘に彼はわかりやすく目を泳がせた。
「いや、」
「ほら、目を泳がせた」
「違う、これは、」
そう弁明に入ったジョンに、私はクスクス笑う。ジョンは私を見下ろして眉間にシワを寄せたけれど。
「ナマエ……」
「冗談だよ。君が私の知ってるジョンだ」
「……からかわないでくれ」
「そう拗ねるな……で、彼は?」
「……俺の兄弟だ。名前は……イシュメール」
ジョンの言葉に、よろしく、イシュメール、と手を差し出す。彼は少し戸惑ったようだ。首をかしげる。どこかであったのだろうか。イシュメール?と首を傾げれば、頭を抱えた彼はいや……と首を左右に振った。
「お前に……いえ、貴女に会えて光栄です、ヘイティ」
そう手を取った彼の目には何かが見え隠れしている。歓喜、だろうか。それを見て問いかける。
「貴方に会ったことがありましたか?」
「いいえ……ジョンから話だけは」
それにしては、違う感情のようであるけれど。
==催眠学習して追体験したなら似たような感情を抱いていてもおかしくないよね、という話。
俺のナマエだ。ジョンはたまにイシュメールに向かってそう告げる時がある。お前のじゃない、とも。その言葉に首を傾げるばかりだ。カズは今経営に忙しく世界を飛び回っているし、オセロットはライクと旅行に行っている今、ある意味三人しかいないそこ。おそらくオセロットがいれば色々と教えてくれそうであるが、いない今はわからないままだ。しかしながら、遠慮がちに、愛おしそうに触れてくるイシュメールに私の頭は混乱する。会ったことがないのに、どうしてあの日再会したジョンのように触れてくるだろうか。歓喜、慈愛、そして少しの狂気に、それらを押さえつけている理性。そんなものが見え隠れする彼は、未来のジョンじゃないだろうか、とも思ってしまう。
「……いけないのはわかっている」
彼はそう言いつつも私の頬に触れている手を引く気は無い。
「貴方はボスのものだ。だが、俺に植えつけられた記憶は俺のものだと……」
どういうことだろう。固まった私に、彼は遠慮がちに私の背中に手を回す。会いたかった、ナマエ、と心底嬉しそうにつげた彼は、やはりジャックと酷似していた。
「イシュメール!」
そう割って入ったジョンに、イシュメールが頭を抱える。私を奪うようにひっ掴んで抱え込んだジョンに、申し訳ございません、とイシュメールは目を伏せて告げた。ジョンもジョンで何か警戒をしているのは確かだ。ジョンは私を後ろに隠すと彼の肩を掴んで口を開く。
「イシュメール、いいか、お前のその記憶は偽りなんだ。違う、お前の記憶の中にいるナマエはお前と過ごしたナマエじゃない。俺と過ごしたナマエなんだ」
「……わかっているんですが……」
「お前はお前だ、イシュメール。お前は俺じゃない、もう、俺として生きるな、お前として生きろ」
説得するようにジョンは告げる。その言葉に一種の推測が芽生えた。
「イシュメール、は、ジョンの、影武者か?」
私の問いかけに二人は目を見開いた。それなら理解はできる。顔と声は……まぁ、そっくりな人間が三人いるというし、そうなんだろう。記憶だけ、なんらかの方法で、ジョンの記憶が彼にあるのだとすれば。面識のない彼が愛おしそうに私に触れるのも、ジョンがそれを否定するのも、理解ができた。私の問いかけに二人は何も返さない。答えたくないのだろう。だから、私は違う言葉を選ぶ。
「……いや、兄弟だったか。悪い、あまりにもそっくりだったから」
そう言って私は笑う。
「悪いな、変なことを言って。私は少し買い物にーー」
そう話を変えようとしたのに、ジョンは目をぎゅっとつむると口を開く。
「……そうだ、イシュメールは俺のファントムだ」
そうしてジョンが私の手を引いた。イシュメールがそれを止めるように口を開く。
「ボス」
「サイファー……愛国者が計画し、俺が便乗した。イシュメールには俺の記憶がある」
「……ボス、やめてください」
「ナマエが死んだ後、ボスも死に、そうしてボスの意思を巡って俺とゼロの対立があった」
「……ボス、やめるんだ」
「俺は、お前がいなくなって、足をーー」
「ジョン!やめろ!」
そう割り込んだイシュメールは怒っているらしい。私を抱き込んで、耳を抑ぐようにする。なにかを恐れるように、なにかがこわいかのように。
「彼女には関係がないだろう!彼女が死んだ後に起こった話じゃないか!どうして彼女にいうんだ!」
「……そうだな、昔の俺ならそう返した。ナマエに何も見えないように目を遮って、耳を防いだ。でも、ナマエは弱くない。ナマエだって、あの世界で俺がどう生きたか知る権利がある」
「そんなものはない、彼女の中の『俺』は純粋な俺のままなんだ」
「また俺と混同してるぞ、イシュメール。それは、俺の言葉だ」
イシュメールはまるで怯える子供のようである。こちらに来た当初、ジョンもこうだったと私は思い出す。ジョンは言葉を続けた。
「お前の中の俺はこう考えている。ナマエに失望されたら、本当に嫌われたら、絶望しかない。彼女は何も知らなくていい、ただ、笑っていてくれたらいい、どうしてお前は彼女を脅かすのか。だが、それは違う」
「ナマエ、聞くな」
そう耳に蓋をされる。ジョンが言葉を続ける。
「俺は」
「嫌だ、聞かないでくれ。ナマエ、頼む、何も知らないでくれ」
ポロポロと涙を流した彼に、私は困ったように彼を見た。ジョンは口を紡ぐ。いやだ、いやだ、と駄々をこねる彼はまるで子供だ。そして、ここに来た当初のジョンと一緒だ。彼の涙を手で拭う。
「大丈夫、私はジョンを嫌えっこないんだ」
ね、と小さな子をあやすように声をかける。彼はハラハラと涙を零しながら目を伏せた。近く顔に、それはいけない、と言おうとすればジョンがイシュメールを投げ飛ばしたけど。私は慌てて彼に近づき、揺する。意識を飛ばしてしまったらしい。そのままだとかわいそうなので、運ぼうとすればジョンがため息をついて彼を担ぎ近くのソファに寝かした。
「……ナマエ、俺に似ているからと言って許しすぎだ」
「ふふ、ここに来た当初の誰かさんそっくりだな。子供みたいで可愛い」
「そんなことを思ってたのか?いや、昔から偶に俺を可愛いって言ってたが……あのな、男が可愛いと言われても嬉しくないんだぞ」
そうそっと私を抱き寄せた彼は、顔を近づけるとすっと目を細めた。
「ナマエ、俺の話を聞いてほしい。俺はーー」
==
彼女が泣いている。どうして俺のことなのに彼女がなくのかわからなかった。ただ、はらはらと涙を流した彼女に目を見開いた。
怒ると思った。嫌われるとも、幻滅されるとも思った。しかし、彼女は泣いている。
「ナマエ、どうして泣くんだ」
そう俺が笑えば彼女は、ごめんなさい、と謝る。どうして謝るのだろう。
「なんでナマエが謝るんだ」
「私はジョンに、幸せに生きて欲しかった」
はらはらと涙を流した彼女に、俺は目を見開いた。
「ナマエがいないんだ、幸せになんて生きられない」
「ごめんなさい」
彼女が子供のようになく。彼女がそうしたように俺は彼女の涙を拭う。俺のために流れた涙が愛おしくて仕方がなかった。だから、飲み干してしまおうとそっと口づけをする。そうして彼女を抱き寄せて、今が幸せだからいいのだと、俺は言うのである。
==
たっだいまー!と言う元気な声がして、医療雑誌を読んでいたイシュメールが肩を跳ねさせた。ジョンはというと、近くでカズから送らせてきた資料に目を通している。クリーンな警備会社、とはカズが言うことであるが、何かあれば目をつけられるぞと思わなくはない。まぁ、働き口がわからないよりはマシかもしれないが。ライキー、手を洗え、とはアダムスカの発言である。その言葉にドタドタという足音は遠のいた。
「やんちゃが帰ってきたな……」
ジョンはそう言って資料をよけた。イシュメールは彼を見る。
「ライクもいるんですか?」
「あぁ、色々といるぞ」
「色々……」
「たっだいまー!みてみてみて!まっくろ!」
そうケラケラ笑いながら一回転したライクはたしかに日焼けしてまっくろだ。そして、一回転したのちにジャックが二人いるのに気づいたんだろう。
「ボスがいる!!!ダッド!!ボスがいる!」
「ボス?ジョンじゃないの……か……」
顔を表したアダムスカはイシュメールを見て固まった。また降ってきたのか、と目で言われたので肯定する。彼もまた降ってきた。
「ほら、ボスでしょ!ボス、きいてきいて、ライクね!良い子にしてるのよ!」
そうパタパタとイシュメールに駆け寄ったライクにジョンがニヤリ当て笑う。
「この前俺と一緒につまみ食いしたのは誰だ?」
「うっ」
「その前は寝たくないって騒いだのは誰だったかな?」
「うっ、う〜!!」
そう抗議するように私やジョン、アダムスカをみたライクに、イシュメールは笑った。
「嘘だ嘘、ライクはいい子だもんな?」
そう手を伸ばしてやれば彼女は私に抱きついてきたのだけど。
==
「ああ、ヴェノムも来たのか。なら外見的にヴェノムが社長か?」
「カズさんって動じないんですね」
「今更だな。まぁ、結局ナマエと会った時が一番動じたが。あぁ、ナマエもこれに目を通してくれ」
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