2021/02/13

↓続き?

2

氏康公から文を甲斐姫がもってきた。早川殿とよく遊びにくる彼女はこうして何かを持ってくる日もあればそうじゃない日もある。たまーに氏康公がきたり、私が遊びに行ったりするが。父様がくると知って私は固まった。それを見て刀剣達はなんだなんだと私を見る。
「とりあえず明日は全員遠征行ってきて」
「え!?」
「名無、何血迷ったこといってんの!?」
「いや、だって絶対泣く。父様に会ったら私は泣いてしまう。みんなに見られたくない」
「主のお父上が来るのかい?」
「うん」
「いつ!?」
「明後日……」
「ええっ!?」

==

ゲートの前でそわそわうろちょろする。刀剣達は遠くで見ている。私が振り返るとみんな隠れるから。そわそわうろちょろしていれば、ゲートが開き、私はそちらを見る。甲斐姫、早川殿、氏康公に続いて現れたその人は私をみた。
「名無!」
そう言って抱きしめられて、私はめえめえと泣いた。生きてる。父親が。生きてる。最後に見たのは弓矢で討ち取られる姿なのだ。だから、彼が生きていて私は泣いた。とうさま、と子供のように彼にしがみつく。怖くなかったなんてうそだ。でも、そんな弱音など父様がいなくなったあの時から誰にも吐けなかったのだ。戦が嫌だなんて言うわがままも、もっと違う方法があるのではないかと言う問いかけも全部全部飲み込んだのだ。父はゆっくりと体を離すと私を見下ろした。
「名無、すまなかった。寂しい思いをさせたな。今も昔も」
さぁ、顔を見せてくれ。
そう言った彼は変わらない大きな手で私の頬に流れる涙をすくう。優しい瞳と視線がかち合って、私はまためえめえと泣いた。


「えらく泣き虫じゃねぇか。これがあの泣く子も黙る張遼に一騎打ち申し込んだとは思えねぇな」
「そうか?名無は昔っから泣き虫だぞ。昔は怒っている策を見かけてはぴいぴい泣いていたものだ。だが、その話を読んで俺も驚いたよ」
頭上でかわされている会話に私は父親の胸にへばりつく。意地でも顔を上げないぞ。
「名無、話ができないだろう?」
「……だって父様、叱るでしょう?」
「当たり前だ」
「……じゃあやだ、離れない」
「さては、自分がいけないことをしたとわかっているな?」
「……うん」
「名無」
「……あのね、父さま。張遼殿をおこらないで」
「張遼を?」
「私がお願いしたから。一国の姫じゃなくて、1人の将として戦ってほしいって。あの人、それに答えてくれただけだよ」
ちらりと父親を見上げる。彼は驚いたように私を見た。
「私は嫌だったの。嬲られて死ぬのも、利用されるのも、人質になるのも。わかっていたもの。私が捕まれば最後、曹操殿は私を使って取り引きするって。そうしたら、絶対に権兄様は苦しむから、みんな無理をするから、だからあそこで将として戦って死んだの」
「っ、大馬鹿者!」
父の怒鳴り声に私は顔を上げる。眉間にシワを寄せた彼は怒っている。私は驚いて、ただただ彼を見上げる。
「その一件で権や凌統、呂蒙や陸遜達がどれだけ傷ついたか理解しているのか!?」
「……」
「お前が囚われたって、必ず助けは来たはずだ!来たはずなんだ!!お前はその未来を自ら潰したんだぞ!」
「だって」
ポロポロと涙が流れる。
「だってぇ、私は兄様達や姉様みたいにっ、父様の本当の子供じゃないからぁ、血を引かない私は、孫家にはいらないこだから、みんな、きっと」
私を見捨てるよ。助けなんて来ないよ。
小さい頃から一部の人は私を対等に扱わない。見ないふりをしたって無理だ。きっとその一部の人は、権兄様達に進言をする。血が繋がっていないのだから、私を見捨てろと。私はそれを一番見たくなかったのかもしれない。助けに来ると信じて、血がつながらないからと見捨てられて絶望するのを。
「そんなわけあるか。名無、お前は俺の娘だ。たとえ血が繋がってなかろうが、間違いなくお前は俺の娘なんだ」
「どうして、」
ぽつりと呟く。その先にある言葉を飲み込む。策兄様は周瑜さまがいた、権兄様は周泰さんがいた、尚香姉様には練師がいた。3人には本当のお母様もいた。でも、私にはお父様しかいなかった。弱音を吐ける人など、私には父親しかいなかったのだ。手を繋いで歩いてくれる人など、隠れて見つからない私を見つけてくれる人など、父親しか。それを全部飲み込んだのに、私はつぶやいてしまった。
「あのとき、父様がいなかったの」
ずっと、寂しかった。ずっと怖かった。ずっとどうすればいいのかわからなかった。父親がいたら捕まったかもしれない。父親は私を助けに来てくれる。迷わずに。私はまた足元をみる。父親は息を吐いて私の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「ごめんなさい、酷いこと言った」
「いや、ごもっともだ。権達がお前に怒る権利があるようにお前もまた俺に怒る権利がある」
父親わ私の視線に合わせて少し屈むと、優しさを滲ませた目で私をみた。
「さあ、好きなだけ俺に怒ってくれ」
その言葉に私は涙を拭う。そして、べ、と舌を出した。
「……お父様のばーか」
 
==


「名無、今日は刀剣達はどうした?」
「刀剣?」
「ほら、言っただろ。こっちでは下は刀に宿った力を人間にして戦うんだよ。名無はどうであれそっち側だからな、コイツは無茶はしない」
「ふむ、今の時点ではこちらの方が安全か」
「みんな遠征行った」
「嘘をついてはいけないな、先程から覗いている彼らじゃないか?」
そう指差した父様に、私ははぁとため息をついて振り返る。こら、キラキラした目でこちらを見るんじゃない。
「わわっ!」
ひょいっと体が持ち上がったと思ったら父様に抱えられてた。私はそのままじっとする。そのまま刀剣達に向かっていくと彼らは佇まいを直した。
「日ノ本の刀剣達よ、娘が世話になっている。私は孫文台。またの名を孫堅だ。まぁ、正しくは孫堅の記憶を持つ者、だが」
幕末あたりが固まっている。小烏丸さんがニコリと笑った。
「いや、我らも主にはとても世話になっている。きっと主は聡明な父君に似たのであろう」
「ははは、お世辞でも嬉しいよ。その言葉、受け取っておこう。すまないが、娘を頼む。ゲートをくぐればすぐ来れるだろうが、俺が毎日訪ねることは難しい」
「連れて行かないの?」
そう尋ねた乱に父様は彼を見下ろした。
「いいのか?」
「よくないです!」
秋田くんの即答である。それを聞いて父様はカラカラと笑った。
「だろう?それに名無は策や尚香のように途中で投げ出す子じゃないからな。君たちを手放す気もないだろう」
な?と尋ねられたので刻々と頷く。見るからにみんな喜んだのか桜が舞った。
「おうおう、懐かれてやがんな」
「……氏康、名無のゲートから俺たちの居城に繋ぐことはできるだろうか?」
「ま、政府の許可は取ってあるからな」
「おやかたさまぁ、つなげましたー!」
仕事がはやい。尚香ー!と叫んだ甲斐姫に私はジタバタと父様の腕から脱出をはかる。父様は笑いながら離してくれない。
「どうしたのー?甲斐ー!」
「名無の居場所につながってんの!」
やめろ。やめてくれ。ゲートの奥から聞こえてくる音に私はジタバタする。怒られる。私は両手で顔を隠した。
「ううっ、今日は父様にお説教されたのに、これ以上は勘弁……」
「自分でやったことなんだから、その後始末ぐらいちゃんとしろ」
氏康公の指摘はもっともである。こら、号ちゃんジロちゃんと酒飲もうとした。父様に降ろされたが私は彼の後ろに隠れた。いや、本気で勘弁してくれ。顔を覗かせた兄姉は私を見つけてかけてきたのだが。
「名無ー!名無じゃねぇか!聞いたぜ!なんでもあの張遼に一騎打ち挑んだとか!」
そう言って策兄様に高い高いされる。私はそんな歳じゃないとジタバタする。あとそれ権兄様の古傷抉ってるからやめた方がいい。降ろされたと思ったら尚香姉様に「もう、名無も馬鹿なんだから!」と抱きしめられる。私はどうすればいいかわからないためオロオロする。
「尚香姉様?」
「ばか、ほんとうにばか」
背中にそっと手を回す。ごめんなさい、と謝れば、彼女は小さく首を左右に振った。こちらを見ている権兄様に私は口を開く。
「権兄様も、ごめんなさい」
「いや、謝るのは私だ、名無。……すまない。俺は兄としてお前を守ってやれなかった」
そうポロポロと泣きながら頭を下げた彼に私はそっと手を伸ばす。
「ちがうよ、権兄様はわるくないよ。私が悪いよ」
「いいや、お前は何も悪くない。俺たちを逃すためにお前は盾になっただけだ。あの時、俺が……」
「私が悪くないなら、あの時代が悪かったんです、だから、権兄様は何も悪くないですよ」
「……俺を許すと?お前を置いて逃げた俺を?」
「許すも何も、権兄様を恨んだことは……」
ない、と言いかけて違うな?と思う。一個だけある。権兄様をめちゃくちゃ恨んだことがある。
「酒の席で私の桃を食べたことぐらいです」
その言葉に周りが吹き出した。権兄様も目を瞬いた。
「桃?」
「やっぱりお忘れですね!私の誕生日だからと献上された桃を、兄様は食べてしまったではないですか!あれ怒ってるんですよ!私!」
「いや、それは……す、すまん、」
しどろもどろになった彼に、クスクス笑う。ふふふ、あはは、と声をあげて笑えば彼はからかっていると理解したのか「名無」と困ったような顔をした。だから、私は彼の手を取って、笑う。
「おつかれさまでございました、権兄様。名無は妹として貴方を誇りに思います。だからどうか、悔やまないでください。きっとあなたの道に必要な犠牲だったのでしょう。張遼殿に討たれたことで、私は最後まで孫家の娘として生き、幸せだったのです」
だから、気にしないで。
そう言って手を離す。権兄様は目を伏せて、そうか、と小さく呟いた。
「お前はそう思っていたのだな」
俺たちを恨むことも、張遼を恨むこともなく。そうか、とまた涙を流した彼に、私は口を開くのだ。
「私よりも権兄様の方が泣き虫ですね」


==

父様にへばりついている私である。策兄様達が嫌だって他の臣下を呼んでくると言うのだ。嫌だい嫌だい、陸遜に怒られるし、程普殿に怒られる。ううっ、と言いながら私は父様の腰巻きになる。父様は笑うだけであるが。がしがしと大きな手が私の頭を撫でる。尚香姉様が「名無はもう子供じゃないんだから」と笑った。
「父様にへばりつけるならまだ子供でいい……」
「ほら、お前がそんなことを言うようだからお前の仲間が驚いているぞ」
「みんな、遠征に、行くが良い……というか、内番はどうしたの、内番は。遠征も朝指示したよね。お父様達見れたからいいでしょ、全員仕事する」
はいはい、と手を叩けばみんなぞろぞろ仕事に向かった。


==話が飛ぶ


「兵法がわからなすぎて申し訳なくなってくるので、誰かに教えてもらいたい」
そう言いつつ頭を抱える。相性とかはなんとかなく把握したというか政府のサポートがあるのでわかるが、それ以外はどうもわからないのだ。とりあえず軍師勢に聞けば良いのでは?と思い立ったが、いやでも教えてくれる人少ないよな?とも思うわけで。まぁ適当に目星をつけて教えてもらうか、と兵法書を横に避ける。障子の奥から失礼します、という声がしたのでどうぞと言えば、長谷部さんが顔を覗かせた。
「主、お客様がお越しです」
「今いきます」
やれやれと立ち上がる。誰ですか?と聞けば、私は今まで見たことがない方ですが、と言われた。

たどり着いてみれば、魚粛殿と呂蒙殿、ついで陸遜さんである。そういえば彼らもまた長期遠征に向かっているからいないと言われた気がする。
「魚粛殿、呂蒙殿、陸遜さんではありませんか」
そう駆け寄ってみる。とりあえず魚粛殿の前で止まるけど。わぁわぁと一人でぴょこぴょこ魚粛殿の周りで跳ねるというか……見てるというか、まぁ、そんな感じをしていれば、彼はケラケラ笑ったが。
「姫は変わらぬな。孫堅殿がいる時はこのようによく跳ねていたのを思い出した」
「跳ねて……跳ねては……いますけども、誰それ構わずしているわけでは」
「程普がショックを受けていたぞ。跳ねないと」
「程普殿は……」
「叱られたのか?」
その問いに頷く。コッテリ叱られた。父様が間に入ってくれたからなんとかなったが、父様と仲良し家臣ズの中で一番叱られた。いや、正しいのだし、彼は昔から私の甘やかし担当ではなくお叱り担当である。
「さて、姫。昔から言っているが我らは姫より目下だ。敬称をつけるのはいけないと何度も言っているが……」
「年上は敬わないといけないでしょう?」
そうこてんと首をかしげる。いや、だって呼び捨てはちょっと私には無理だ。(見た目の)歳が近い陸遜さん達ならまだしも。しばらく魚粛殿と見つめ合い、仕方ないかと言われた。
「呂蒙殿、陸遜さんもお久しぶりです」
「姫、ご無事で何よりです。そして、あの節は」
叱るのか自分を責めるのかは分かりかねるが私はもうお腹いっぱいである。なので彼の口を手で塞ぐ。むぐっ!?と声を上げた彼に私は口を開く。
「呂蒙殿、陸遜さん、お説教も懺悔ももうお腹いっぱいでございます。とてもとても私は反省しております。私が取った行動がどういう物と他者に目に写ったか、どういう物であったかは十分理解いたしました。申し訳ございません、私は私のわがままで結果的に貴方達に傷を負わせてしまいました」
そう言って手を離す。
「いえ、姫が謝ることではございません。謝らなければならないのは我々ーーむぐっ!」
「私は貴方達を許します。そもそも恨んでなどいません。今世の私は何度も口にしていますが、私はあの時張遼殿に討たれて死んだことを兄様の盾となれたことを光栄に思います」
「しかし、貴方の役割ではなかった」
陸遜さんの言葉に私は頷く。それは何度も聞いた。私が川に突き落とした凌統殿とか、甘寧殿とか、周瑜殿とかに。
「それは理解しております。しかし、私はあそこで張遼殿と一騎討ちをし、将として負けたことで孫家の娘として死ねたのです。敵に捕まった哀れな姫でも、祖国に仇なす人質でも、他国の誰かになるわけでもなく。それは私にとって幸せ無ことでした。私はそこに後悔はありません。だから、貴方達がもし悔やむ必要はありません」
ね?と呂蒙殿の口元から手を離す。まぁ、こちらを見つめるばかりの彼らに私は肩を竦める。
「要するに私のわがままです。孫家の娘で最後までありたいというわがままです」
それを言ったら呂蒙殿が泣いてしまった。何故だ。陸遜さんは目を逸らした。なんでだ。魚粛さんは私をじっと見つめてるだけだが。困った私は彼を見上げて首をかしげる。フッと息を吐かれて、頭をぐしゃぐしゃされたが。
「名無姫は変わらない」

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