2018/02/03

↓断片 それは出会いか別離か再会か 六

拍手の音、靴の音。そちらを見れば扉が開く。その瞬間、警戒を露わにした彼女は扉を見た。
「これはこれは、感動的なお話をありがとう」
そう告げた男のそばを、ズル、ズル、と言う音が響く。それはまるで、水溜りの中で何を引きずるような音だった。
「なんで、どうして、」
「君が消えかかっているからか。或いは君を封じる力を得たからか。まぁ、どちらでも構わない。その本を譲ってもらおう」
「嫌だと言えば?」
「君を封じる」
「……貴方は、貴方が引き連れているものが何か知っているのですか」
「友人が貸してくれたものだよ、便利だとね。現に『彼ら』はとても便利だ。君の力を受け付けない」
彼女は目を瞑る。ガチャン!!と一斉に扉が閉まる音、カーテンが閉じる音、いろんな音が響く。男の背後の扉も閉まろうとしたがそれは何かが封じてしまった。がつん!と音がしたそれ、は人間の腕ではない。ぽたり、ぽたり、と黒い雫を垂らすそれに、誰かが小さく悲鳴をあげた。
「貴方はどうしてこれを?」
「私は喪われた錬金術を研究するものでね。友人がとある本から見つけたと、これを傾げてくれたのだ」
よく口が回る人間だと思う。彼女はそっと目を伏せて、男性と子供に下がるように告げた。子供が恐れたように目を見開く。
「そう……貴方は手帳をお持ちでしょうか。貴方の研究成果が書かれた論文や資料を」
「……何が言いたい」
「貴方にそれを持たせた人は、ずいぶん愉快な人ですね。恐らく貴方の研究を潰したいみたいですよ」
彼女はじっと腕を見る。
「恐らく貴方のそれらは全てインクで塗りつぶされたかのように、いえ、データとなったそれならば、文字化けを起こしているでしょう。貴方が率いているものは、そういうものです。帰ってデータを調べた方がいいので、は!」
そう言って彼女が男に触れる。ばちん!という音がして男は消えた。
「仕方ありません、潔く身を引きたかったのですが、終わりが近いからと油断した私が悪い」
彼女は古い本を撫でる。
「あの男は?」
「敷地の外ですよ、邪魔なので……あぁ、もう、数が多いな、最悪です。ほら、菜乃花は館長と一緒に下がって」
彼女が二人を俺たち側に押しやった瞬間、それは扉を破壊して現れた。人、だろうか。フードを被ったような。しかしそれは青い光を宿し、また、大きな爪の生えたような腕を持っている。化け物だ。どう見ても。誰もが、距離を取るような。
「壊さないでくれるかな、なおすのにどれだけ私の力がいると思ってるんですか」
それ、は、言葉を返さない。ただ、彼女を見つめる。
「をりからや、梅の花さへ咲き垂れて――」
そして、その大きな爪を振り落とした。
「白雪を待つその白雪を!」
その瞬間、桜とともに現れた銃は重い銃声を立て、その大きな爪にあたる。飛び散った黒は血ではなく、嗅ぎ慣れたものだと理解した。――インクだ。
「ああ、流石に銃1回じゃ無理か」
「おま、何平然と、そんなもの、」
もう一度彼女はそれを撃つ。外に仰け反ったそれは部屋から飛び出て――壊れたはずの扉が閉まる。彼女は扉に手を当てて目を伏せた。
「数が多いな……」
「え、ちょっとまって、おししょはん、それ、え?」
「銃刀法違反だろ……」
そう言ったオダサクと坂口に彼女は首を傾げた。そして、あぁ、といって銃を手のひらに置いた。それは桜の花びらを散らして一冊の本に変わる。
「銃でも刀でもないですよ」
「手品か?」
「いや、恐らくアレは錬金術だ。それも、今、残っているような代物じゃない」
荷風先輩の言葉に彼女は本を見つめ、そしてそれを若山さんに渡す。
「この本は、牧水さんのもの」
「――俺のか?」
「貴方の前の人が書いた本。だから、あの武器も貴方のもの。これが、私が隠していた本。貴方達の前の人が、残した、魂の残り香」
彼女はしばらく黙る。ほんの少し彼女の服の裾が消え、また戻る。彼女は意を決したように俺たちを見た。
「ほんの少しだけでいい。ほんの少しだけ、力を貸してください。ここにある本が消えてしまう前に」
「ということが、さっきのは、」
「昔、錬金術師と貴方の前の人が協力して封じた存在です。恐らく誰かがそれを破りあの男に渡したのでしょう」
また、ちか、と彼女が一瞬消える。そして、また、現れる。
「ヨシノ?」
「……時間がありません。本来ならば、私が貴方達に教えるべきことです。でも、時間がありません。本来ならば、お互いに会ってはいけないのですが」
彼女は手を叩く。それは祈るようでもあった。
「おりしませませ、わかれたともよ……少しだけ、少しだけでいい。彼らに錬金術を、彼らにどうか戦い方をお教えください」
香ったのは桜の匂いだろうか。ぺらり、とページが捲れる音がする。その音は、按司や棋院、蓮子の手帳からだ。手帳が暖かな青い光を放ち、手帳の文字が浮かび上がる。それは人の形を作ると、大人の姿を作り上げていく。ゆっくりと目を開いた彼彼女らは、こちらを見て目を開いた。
「――お久しぶりですね、皆さん」
「ナマエ?、あれ、私って死んだはずじゃ」
「決まってんだろ、□□が俺たちを転生させた。アレから何年だってんだ?……って嘘だろおい。なんでまた文豪勢揃いしてるんだよ」
「按司の小さいのもいるよ」
「そういうお前の後ろじゃ萩原先生とお前の小さいのが目をかっぴらいてるけどな」
「□□、これは――」
今まで黙っていた棋院に似た男性が彼女を見た。
「ごめんなさい、貴方達を呼び出したくはなかったのですが、侵食者が出ましたので」
「――俺たちが死んでからどれぐらい時間が経ったんだい?」
「さぁ。でも、貴方達も文豪達も一周するほどには」
ちか、ちか、と彼女は光を灯す。按司と呼ばれた男が目を見開いた。
「お前、馬鹿だろ。誰がそのままで待てって言ったよ」
「馬鹿で結構です。時間がありません……簡単に説明すると、外側に侵食者が現れています。彼らは前の人が残した術で立ち向かうことはできます。しかし、戦うことはできない。文豪達を呼び出すこともできません。本でできるのは武器を取り出すことだけです。そして、次の貴方達も館長も錬金術のれの字もわかりません。ロストテクノロジーというわけです。……私は少し眠ります。屋敷の修復に、力が、持っていかれるので」
そう彼女は告げて、目をすっと細めた。若山さんの手を取ると、頭を下げる。
「本当は、巻き込みたくなかったのですが、」
その一言を残して、彼女は崩れ落ちるように意識を失った。そして、それと同時に沢山の本が床にばら撒かれる。按司と呼ばれた男はそれを見た。
「会派」
「四人が妥当だけど、相手の数がわからないな」
ガン!とまた音がなる。ひっ!と肩を跳ねさせた萩原と蓮子に、三人はそちらを見る。
「何かいる、よね?」
「先程ヨシノが叩き出したものだろう」
「どんな奴だった?」
「フードを被った男、でしたね」
「模倣だな……三馬鹿+誰か」
「却下。子供だ。余裕派+紅露どちらか」
「大人だからって安定することもないんじゃないかな。銃弓で固めて遠距離、近距離で按司」
「それなら、見本を俺たちで見せた方が早いかな?」
やれやれ、という風に按司と呼ばれた男がため息をついて視線を横にずらす。
「オダサク、安吾、お前らの本借りるぞ」
「え、俺は?」
「太宰のはデカイから扱いにくいんだよ。あとガキンチョ、お前の尻拭いなんだからな」
「按司、レクチャーよろしく」
「レクチャーっつってもな。お前たちは本が武器になるとしか言えないよな」
「本が武器に?」
「俺たちは中に書かれた一節を読むことでアンタ達の武器を取り出せるが、アンタ達は違う」
そう言って男はオダサクに本を渡した。
「ページを適当に開け」
言われた通りページをオダサクが開けば文字が宙に浮き出し――それは二本のナイフになった。
「ほらな」
「やば、ワシ魔法使いになってもうた」
「借りるぞ」
「朔太郎君可愛すぎるからちょっと私がご遠慮したい。かと言って白秋先生のは自信がない」
「蓮子、時間はない。荷風先生、お借りします」
「……本を開けばいいんだな?」
棋院と呼ばれた男性が荷風先輩が本を開けば、ピアノの音が零れ落ちそれは弓矢へと姿を変える。蓮子と呼ばれた女性が本と啄木を見て目を見開いた。
「はっ!啄木さんがいる!」
「俺様かよ。開けるだけだな……」
そう言った啄木は本を開ける。白い文字が武器を作り上げる。がつん!とまた何かがぶつかる音だ。
「鞭教える奴死んでるぞ」
「按司」
「へいへい。そろそろ来るぞ、馬鹿がな」
「……初段構え」
棋院と呼ばれた男が弓を引く。蓮子と呼ばれた女性が銃を構える。開いた、扉、またのぞかせたその爪、その体に棋院と呼ばれた男が口を開いた。
「放て」
その瞬間、放たれた矢と銃弾はそれに命中する。仰け反った瞬間に按司と呼んだ男は懐に入りそれに刃を突き刺した。真黒なインクを吐き出したそれに、按司という男は冷めた目でそれを見る。
「生憎、汚れ仕事には慣れてるんでな」
そう言ってもう一本のナイフでそれの首をかっきた。それはドロリと溶け出して地面に染み――消えた。
「君達が蔓延っていい世界じゃないさ何百年たってもね」
「棋院」
按司と呼ばれた男が愉しそうに外を指差す。
「奴さん、思ってるより数が多そうだ」
「だから□□が寝てるんだろうね……」
「え?さんにんでやりつづけるの?」
「巻き込むか」
そうちらりと彼らはこちらを見た。按司という男は「確か」と紡ぐ。
「ちゃんとした人間、には、アイツらの攻撃は効かなかったよな」
「えーと、あの時の『私達』だからそうだねって、え、私達には攻撃入るの!?」
「そうなるね。ということは、昔□□がやったことを考えると彼らに攻撃が入るのは武器だけだ」
「三馬鹿」
そう太宰達を指差した按司と呼ばれた男は手招く。
「お前らの歳じゃゲーム好きだろ」
「断言かよ。まぁ、好きだけど……」
「アレと戦うのはお前らにはゲームみたいなもんだ。手伝え」
「ゲーム?」
「攻撃されても武器が壊れるだけでお前達は怪我しねぇよ。それは前に俺たちが実証済みだ。やれ。どうせタダ飯ぐらいでここに住み着いてるんだろ」
「お兄さん、それ、横暴やで!」
「その話で行くと殆どがそうだな」
「生徒にいかすさるわけにゃ行かないからな、ほら行くぞ夏目」
「森先生がいくなら私も行きます」
「というか殆ど総動員すんだよ。ガキは残してな」
そう言って按司と呼ばれた男は箱から取り出した何かに火をつけた。



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