2018/02/03

↓断片 それは出会いか別離か再会か 五


「お前さんは、司書の名前を知ってるのか?」
そう尋ねた『若山さん』に首を左右に振る。俺は『先生』が『ヨシノ』と呼ぶ彼女をしっている。しかし、名前がどうしても思い出せないのだ。それはおそらく――。

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この図書館もずいぶん騒がしくなったものだなぁ、と思う。夏休みに入ってすぐ、中等部の四人が肝試しにやってきたのを最初に、次は若山さんが友人の大学生である白州先輩を、森先生が荷風先輩を、という風に連鎖は連鎖を重ねてここに人は増えた。館長は嬉しそうだったが、最近はあまり体調が良くないのか忙しいのか外出をしたり部屋にいたり、とする。それに比例するように若山さんが何か焦っているように見えた。
そして、今日も人が増えるらしい。逍遥先生が連れてきた子供と男性を見て、館長はふわりと笑った。
「決めた、貴方が今日から館長」
「は?」
そう言ったのは彼だけではない。そこにいた全員が目を見開いて、唖然としたように告げた。
「私は司書って呼んでください」
「いや、」
「貴方は文化財の研究をしてるって逍遥先生から聞いた」
上機嫌に彼女は告げる。
「貴方ならここにあるものを大切に扱ってくれる。技術も、歴史も。そして、守ってくれる。ここはみんながいるからもう大丈夫。みんなが守ってくれる。悪用することもなく、ただ、ただ、大切にしてくれる」
「待ってくれ」
そう声をかけたのは若山さんだ。
「まだ、きていきなりだから、仕事を譲り渡すにもはやすぎる」
「正論だね、彼は研究者だからここにある膨大な資料の管理を一気に、とは難しいよ」
白州先輩の言葉に、彼女は「それもそうか」と上機嫌を隠さずに告げた。それに、昔話しないといけませんね、と彼女はまた笑い俺たちにここにいるように告げて部屋を出た。若山さんがその間に、男性に向かって歩き出す。男性の前に立った彼は、懇願するように口を開いた。
「頼む、館長なんて役柄、引き受けないでくれ」
「いや、俺は断るつもりですよ」
「どうしたんだ?ぼっさん」
首を傾げた啄木に、尾崎先生が目を細めた。
「最近、何か焦っているとは思ったが。汝もヨシノが人ではないと知る口から」
「人じゃない?人じゃないって、おばけってこと?」
そう首を傾げた新美に、露伴先生が口を開く。
「俺たちが一番最初にアイツにあったが、アイツはあの姿のままだ」
「いやいや、冗談やろ?ほら、たまにおるやん、美魔女とかいうやつ」
「魔女、か。それは正しい言葉だ」
「ヨシノさんは、私たちが子供の頃に出会ったのですよ」
とどめを刺したのは逍遥先生だ。
「そのころ、ここはもっとボロボロで、彼女は桜の木の近くしか現れてくれませんでしたが」
「だから我らは桜の演目、吉野天人からとってヨシノと名付けたのだ。口を利く事は出来ぬが、喜ぶと冬でもあたりに桜の花びらを舞わすが故」
「口がきけるようになったのは若山が来てからか」
「いや、啄木が転がり込んでからだ。……俺が来たときは自由に動けるくらいだった」
そう目を伏せた若山さんに作る話ではないと知る。
「あぁ、やっぱりか。アイツ最初は飯食わなかったし、佐藤たちがここに訪れてからだもんな、部屋が綺麗になったの」
「……談話室、も、森先生たちが来てからだったね」
芥川の言葉に、確かにそうだと思う。人が増えるたびに、こんな場所があっただろうか?と俺たちも考えてしまうぐらいだ。
「なら、あの人は幽霊なんですか?」
「恐らくは似たようなものでしょう」
「俺たちの精気を吸い取って、とか?」
独歩先輩の言葉を、若山さんが否定する。
「いや、違うと思う。ただ、アイツは館長という役職を譲れば最後、消える。自分の名前が思い出せない限り」
そう言った若山さんに、腑に落ちた。あぁ、だから、彼は焦っていたのかと。彼は恐らく彼女を消したくなどないのだ。
「何、どうしたんですか」
そうひょこりと顔を覗かせた館長は、周りを見て首を傾げた。手には何か本と六冊の手帳を持っている。
「ぼっさん?」
「いや……えらく古いモンを持って来たな」
そう話を逸らした若山さんに彼女は笑う。隠してました、と言った彼女の周りに桜がひらりとまった。
「話してくれました?私が人じゃないって」
「……お見通しか」
「なんとなく」
ふふ、と笑った彼女は手帳を男性に渡した。
「これ、は、貴方の」
「……?」
「これは、菜乃花の」
彼女は小さな子供に絵日記と書かれたノートを渡す。
「これは、棋院の。これは、蓮子の。これは、按司のもの」
彼女は三人に手帳を投げてよこした。棋院がそばでめくるのがわかる。それをペラペラとめくっていた按司が何かを見つけて、ふざけんなよ、と小さくぼやく。
「お前、ふざけんなよ!」
その言葉にさえ彼女は笑う。まぁまぁ、となだめたオダサクは、何書いてんのかわからへんけどな、と告げる。
「錬金術師の手記だ!俺と同じ名前のな!」
「錬金術?錬金術って」
「失われた科学、だ」
荷風先輩が目を見開いて告げる。
「ここ、は、図書館だったけれど、ある一定の時期だけ錬金術師が集まっていたんです。もう、何百も昔になるかもしれません。私はその当時いたヒトです。いえ、半分ヒト、というか、まぁ、私のことはおいといて」
「――どうして錬金術師が」
「文学を守る為に。――当時、本には侵蝕と呼ばれる怪奇現象が起きていました。侵蝕が進むと、本は人の記憶から消されてしまう。文学の消失を危惧した政府は、ひとりの錬金術師を主とし、日本中から五人の錬金術師を集めました。それが、手帳を渡した貴方達の前の人」
懐かしむように彼女は目を伏せる。
「前の人?」
「前世、と言えばいいのかわからない。みんな年老いて私をおいて死んでしまったから」
「なら、私たちは」
「貴方達の前の人が死んだのは彼らが生きた時代よりもずっと前」
「矛盾しないかな?君が生きた時代は、彼らが生きた時代なら、君は僕たちの前の人に会っていないはず」
「いいえ、会いました。文学を守る為に、貴方達の前の人の力を借りる為に一時的な『転生』を政府が許可したんです。しかし、それは魂がなければいけません。そして、文学を守ろうと言う人でなければいけません。貴方達の前の人は、文学の為に戦ってくれました。ある人は刃、ある人は鞭、ある人は弓、またある人は銃を持って。今ここに文学があるのは貴方達の前の人のおかげでしょう」
そういった彼女は古い本の背表紙を撫でる。
「この図書館には、色々な本があります。しかし、数十冊の本はあの部屋にはおいていません。明治から昭和初期にかけて。それらの本は歴史的価値も錬金術を研究する人間にとっても大変稀少なものなのです。だから、私が隠していました。でも、みなさんが揃ったなら大丈夫でしょう」
そう彼女はまた目を瞑る。
「本には作者の魂が宿ると言います。それは作者が心血注いで作ったモノだからです。この本は有魂書とよばれ、特別に魂が宿るとされています。貴方達の前の人は、ひとり一冊ずつ、この本を置いていきました。しかし、それは、ほんの少しの魂を残していくのと同義です。だから、私は貴方達を待ち続けました――いえ、貴方達が帰ってくると言ったから、私は待ち続けました。その役目ももうすぐ終わります」
彼女の手が、すうっと透ける。そして、また、元に戻る。しかし、彼女が何かに気づいて目を開いた。窓に何かがぶつかる音がする。そちらを見れば、窓が黒く汚れていた。彼女はただただ目を見開いて、あいつ、と低い声を出す。ガシャガシャと窓がなる中、拍手の音が響いた。



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