2018/02/05

↓断片 それは出会いか別離か再会か 八


「お前さん、ここから外に出たことがないのか?」
そう尋ねれば、彼女は首を左右に振った。出たことはあるが、今は出れないらしい。どこか恋しそうにそちらを見た彼女に、いつか連れて行ってやるよ、と告げる。彼女は目を見開いて――嬉しそうに笑みを浮かべ、桜の花びらをちらせた。

「2周目はアンタの方が気にかけてんのか」
談話室、眠っている彼女のそばでうたた寝をしていればそんな声がして目を覚ます。そこにいた按司という男――ややこしいがため、小さい『按司』は隼人と呼ばれている――はタバコを取り出して火をつける。独特の香りが部屋に満たされた。あの日、化け物が現れてから数日は忙しかった。何故なら町や学校なんかにあの化け物が現れたからである。司書がこうなっている今新しい館長が指揮を取らざるを得なくなり、彼は館長という肩書きを大学教授の三人や教師の三人の補助を得てその名を背負っている。なので、あの化け物がいなくなった今、彼らは次の彼らに術を教える為に留まっているのだ。あの本は俺たちが持っているが。
どういうことだ?と尋ねれば、按司は「昔は」と言いながら向かいのソファに座った。
「昔は佐藤の方がそうしてたからな」
「だろうなぁ」
そう俺が頷けば、按司はこちらに目をやった。
「なんだ、知ってたのか」
「特別な関係だったんだろうとは思ってた。昔から、佐藤の部屋の前にいたり、中で大事そうにスケッチブックを抱えてたりしたからな。だから、あの部屋の住人ができた時は焦った」
俺はそう言って彼女の髪を撫でる。しかし、どうやらこの司書も佐藤もお互いそういうものはないらしい。一度聞けば、あれは過去だから同じ人で違う人という返答をもらってしまった。
「司書は、消えるしかないのか?」
「……さぁな。ただ、俺たちがちゃんとした転生をしたならば、本来ならばコイツも二周目にいるべき奴だろ」
その言葉に、そうだな、と呟いて目を伏せる。消えないで欲しい、ここにいて欲しい、だなんていうのは、俺のエゴでしかないんだろう。恐らく彼女が消えてしまえば、誰かは産まれる。彼女として。そうなれば、俺はまた旅に出るのだ。彼女との思い出が詰まったここを後にして。
「お前さん、司書の名前を知ってるんだろ?教えてくれよ」
「□□□□って何回も言ってんだけどな」
聞き取れない言葉に、溜息をつく。不意に緩やかに彼女は目を開き、俺の手に手を重ねる。そうして微笑んだ彼女は、またゆっくりと目を伏せて、体の色を薄くした。それと同時に男も体の色を黒く染める。
「お前さんは、」
「そいつの力でいるだけだからな、消えるだけだろうよ」
「隼人の親代わりだろ」
「アイツ、俺なんだけどな。まぁ、先生達に押し付ける」
「……今の司書、は、どこにいるんだろうな」
そう小さく言葉を零せば、按司はさぁなと目を伏せた。

==

電話に出た佐藤は目をこれでもかと見開いて、「本当ですか!」と声をあげた。静かな図書館に響いた言葉に視線が佐藤に向くが本人はそんなことよりも電話の先の方が大切らしい。はい、はい、と返事をして、今から、と小さく頷いた彼は電話を切る。そばにいた菊池と芥川、久米が佐藤を見た。
「どうした?」
「目が覚めたらしい」
「あぁ、君の幼馴染だっけ」
「あぁ、ちょっと様子を見てくる」
そういそいそと動いた佐藤を目で追う。そばにいたはずの司書が、姿を消していた。
――繰り返す中で同じような縁は同じように結ばれるんだって。だから、私は朔太郎君といるんだと思うよ。
いつだったか、あの立川さんが告げた言葉を思い出す。
あぁ、なるほど、と思う。彼女は、恐らく、そして、彼は恐らく――。でも、理解などしたくない。正岡が声をかけた。
「どこにいくんだ?」
「病院です」
「病院?」
「幼馴染がそこでずっと寝ていて。昔から体が弱かったんで気にかけてはいたんですが、俺が中学に上がったぐらいで悪化して、昏睡状態だったんです」
こっちの方が病院に近いから無理に引っ越してきたんです。
――聞きたくないな、と思う。それを聞いたら最後、俺は彼女の名を欲してはいけなくなるからだ。
「その子が、」
――所詮、司書は『いない人』で。アイツが求めるその子は今を生きる人だ。
「今、一時的に目を覚ましたと」
「……冗談キツイぞ、」
喜びを彩った言葉に目を伏せる。隣にいたはずの気配は桜を残して消えていた。そこには気配もない。別れの言葉もない。ただ、一輪の桜の花を残して彼女は消えた。
「――ぼっさん?」
「いいや、なんでもない」
「あれ、司書どこ行った?」
「……消えちまった、なぁ」
桜の花びらを手にとって目を伏せる。流れたそれを隠すように、片手で顔を隠した。
外の景色を見せてやると、約束したはずなのに。約束を破ったのはどちらだ。

==


私は彼女であり、彼女は私であるのだろう。少し大人びた自分との対面は不思議な感覚しかない。声も何も出ない彼女はポロポロと涙を流して口を開く。――消えたくない、と小さく呟いた彼女に、消えない方法はないのかと尋ねれば、彼女は名前を呼んで、と口を開く。私、なんだから、私の名を呼べばいいのだろうか。でも、私の名を呼んでしまえば、彼女は私となるわけでそうなると危ないとは知り合いの神主さんの話である。どうすればいいのかわからない。
「多分、だけど、貴女は私だから、私の名を呼べば正解なんです。でも、私の名を呼べば私と貴女のバランスがおかしくなると思うんです」
そういえば、彼女ははらはらとまた涙を流した。どうすれば、いいのだろうか。お母さんやお父さんなら何か知るだろうか。

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「春くん、春くんの住んでる場所に行きたい。今すぐ」
そう言った幼馴染に、また今度な、と言えば首を左右に振られる。「今がいい」とほおを膨らませた幼馴染。その頬をつきながら、どうして、と尋ねれば彼女は宙に目をやった。……また変なものが見えているらしい。
「若山さんに会いに行く」
「……なんで知ってるんだ、ナマエ」
「春くん、時間がありません。わがままなのは承知です。春くん、ダメですか?」
そう見上げてきた幼馴染に、ため息をつく。全くこの幼馴染は、俺が結局は甘いことを知っているのだ。

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「若山さんはいらっしゃいますか」
そう言って車椅子で現れたのは司書を子供にしたような人物だ。後ろから来た佐藤はやれやれという風にため息をつく。俺だ、と宣言すれば、彼女は車椅子のまま突撃して来た。直前で止まったが、急にブレーキをかけたからだろう。前のめりになった彼女を止めてやる。慌ててやってきた佐藤は眉間にシワを寄せた。
「危ないだろう!ナマ――」
「春くん、私の名前を呼んじゃダメ」
「は?」
「ダメ」
そう念押しした彼女は俺を見上げる。
「私に名前をつけてください」
「……親御さんがつけた立派な名前があるだろ?」
「違います。でも、つけてください」
真っ直ぐな目で見られても困るのだが。説明が欲しくて佐藤を見れば、佐藤はため息をついた。
「こら、若山さん困らせてないで説明しろ」
「名前が必要です」
「お前には名前がもうあるだろ」
「私にはね」
彼女の言葉に、はた、と動きを止めた。
「私にはあるけど、あの人にはないでしょう」
「あの人?」
「私が目をさます前にここにいた私」
「……司書のこと、か?」
そう尋ねれば彼女は頷く。
「私とあの人は同じ存在。だから、本来なら同じ名前を持ちます。でも、私はあの人を消したくありません。だってあの人は消えたくないと願っているから。しかし、あの人に私の名を呼べば、あの人が勝って私は死にます」
「それは、」
「だから、春くんは私の名前を呼んじゃダメ。貴方が私の名を呼べば、それは私ではなくあの人を呼ぶことになるから。私は死にたくないし、彼女も消えたくない。それなら――」
彼女が手を閉じる。本を開くような動作をすれば、そこにはふるめかしい手帳が現れた。それはあの按司や棋院、立川と言った連中が持つ手帳と同じそれだ。
「貴方が彼女に新しい名をつければいいんです」
「――お前さんは」
「私は大丈夫ですよ。ね?」
そう彼女は佐藤を見上げた。佐藤は彼女を見て、あぁ、そうだな、という。
「コイツには俺がついてるんで大丈夫ですよ」
「そういうことじゃあないんだけどなぁ」
彼女は『彼女』に似たように笑って俺を見上げた。
「さぁ、彼女に名をつけてあげてください」
――名前。彼女の、名前。
「桜――」
「さくら?」
桜は安直だろうか。
「――桜守、よしの。お前さんの名前は桜守よしのだ」
その瞬間、桜の花吹雪がおきる。ひらひらと、手帳から溢れるように。
「……あはりやあそばずとももうさぬ、かさくらに、図書館の守人、我が魂を分けし君、」
彼女の言葉に、桜の花吹雪は徐々に人の形を作り上げていく。
「新たな名を冠てその身を現世にお返し給え」
その瞬間、桜の花が弾けるように舞った。現れた彼女は目をゆっくりと開き、俺を視界に映す。口元に描かれた弧、彼女はゆっくりと口を開いてそっと俺の手を取った。
「――私は桜守よしの。名前をつけてくれてありがとう」
ほんとうに嬉しそうにそういうものだから。それがたまらなく愛おしくて、泣きそうで、それを見られるわけには行かなくて、俺はそっと彼女を抱き寄せた。


==それは出会いか別離か再会か。


・さとはるせんせが図書館に来ることから始まる少年漫画的なやつ描きたかったはずなのにズレにズレたよ!やったね!!!だから色々ちぐはぐだよ!!
・少年マンガみたいに書きたかった頃のイメージ:gogo幽霊船
・最後らへんのイメージ:毎秒君に恋してる
・それにしてもこの目立たない春司書は小さい頃におもちゃの指輪渡してそう感がある。可愛い。
・追記は途中まで考えてた終わり方。司書の転生が出てこない。


「わからない、俺はお前さんの名前がわからないんだ」
そう上ずった声をあげた若山さんに、抱きとめている司書はチカチカと点滅を繰り返す。まるで命が尽きる前のホタルのように。ひらり、と桜の花びらが舞うたびに彼女は消えていく。名前なんて、わかりっこない。長い付き合いである若山さんや紅露、逍遥先生もわからないのだから。ちか、ちか、と段々と彼女の存在が消えていくのを成すすべなく見るしかないのが腹ただしかった。それはおそらく誰しもがそうなんだろう。蓮子が消えないで、と鳴く声がする。彼女が何か言葉を発するが、それは音にもならずに消える。そんな中、バタバタと階段を駆け下りてくる音がした。駆け下りて来た『館長』は消えかかった司書を見て、「まだ消えないでくれ」と言葉を紡ぎ、彼女に駆け寄った。
「まだ消えてはいけないんだ」
ちか、ちか、ちか。彼女は何も言葉を返さない。いや、返せないんだろう。
「どうして君が俺を館長と呼ぶのか。どうして君は彼らを文士というのか。わからなかった。何一つ。でも、わかった。ここにいた館長と呼ばれた人物が残した手記によって」
彼女はどろりとした目で館長を見た。
「君はずっとこの図書館を守っていてくれたんだ。同じ名を持つ人が訪れることを信じて。信じがたいが、手帳に書かれた人名はここに住む人々の名と同じだった。その中に、ひとつ、誰のものでもない名があった」
館長はそっと彼女の手を取る。
「君が人であったころの名は、苗字ナマエ。まごう事なく、この図書館にいた、司書の一人だ」
彼女は目を見開いた。何かを思い出すかのように。何かに驚いたように。ひらり、と、桜の花びらが舞う。彼女がポタリ、と落とした涙目は、ガラス玉のようだった。
「私の、名前は、」
彼女が緩やかに笑みを浮かべる。その瞬間、だ。桜の嵐が吹き荒れたのは。目を開いてられないほどのそれは初めてだった。風が吹き荒れ、まるで春を思わすかのようなそれがおさまると、景色が変わり始める。それは、まるで魔法としか言いようがなかった。まるで、ペンキを塗り替えるように、古びた建物が美しくなっていく。あの手入れが難しいとまで言っていた中庭でさえもだ。それを誰もが唖然として見ていれば、若山さんが戸惑ったような声を出した。
「司書、司書!?何処だ!?」
その声にそちらを見れば、若山さんの腕の中にいたはずの彼女は消えている。
「おいおい、間に合わなかったってのか」
「そんな、じゃあ、お姉ちゃんはきえちゃったっていうの?」
賢治の上ずったような声がする。俺たちが全員で探し出そうとした時、である。開かずの間、と言っていた扉が開いたのは。その扉に持たれた人物は間違いなく司書だった。ただ、先ほどまでの洋装ではなく、和装をしているが。
「おかえりなさい、待ちくたびれたんですよ」
そう微笑んだ彼女は、ぽろりと涙を流す。
「本当に、待ちくたびれたんです。自分の名前を忘れるくらい。ずっと、待っていたんです。私は元々、人とは少し違うから、待てるだろうって。貴方達が、貴方達が、絶対に帰ってくるって言ったから」
それはまるで子供が泣きじゃくる様に似ていた。安心にも似た安堵にも似たそれだ。今度は尾崎先生が彼女をあやすように頭を撫でる。
「そうであったか、悪いことをした」
「尾崎、違うだろう。この場合適切なのは、『ただいま』だ」
「あぁそうだな……ナマエ、ただいま帰ったぞ」
その言葉を皮切りに周りは口々にただいま、と彼女に告げる。俺はなんだか気恥ずかしくて、ただいま、とだけ告げたが。若山さんは大きくため息をついた。
「俺はいつも言ってるだろ?ただいまってな」

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