2021/12/31
2021年オフラインネタ帳大放出祭29
あぁ、またこの夢だ。
手を握っている誰かは、小さく、まだ死ぬな、とぼやく。この誰かのわがままを私は聞いたし、私もわがままをいったりした。何度かそのわがままを聞き入れたけれど、今度こそは無理そうだった。ばあさんになるまで生きるんだろ。そうかれが告げたところで、私が願ったところで神様は聞いてもくれない。私は微かに彼の名前を紡ぐ。
ーー生まれ変わっても、また。
そこで、私はまた目を覚ますのだ。
なんとなくだ。なんとなく私はそのスポーツを回避している。夢の中の私はあれだけそのスポーツを求めていたが、今の私にはあまり心揺さぶられるようなものではなかった。いや、揺さぶられる時はある。でも、何か足りないのだ。目の前にデカデカと貼られているポスターを見つめる。色んなクラブの入部案内の中、女子サッカー部員募集と書かれたそのポスターは目立つものでもなんともない。ただ、なんとなく私はそのポスターを見ていたのである。
「あれ、苗字さんじゃん」
そんな声に振り返る。同じクラスの曽志崎さんである。
「曽志崎さんだー」
「なにし……」
何してんの?恐らく彼女はそう聞きたかったに違いない。が、言葉を止めた。なんだ、と思えば、女子サッカー興味ある!?と彼女は私との距離を詰めて口を開く。
「いや、興味あるというか、部活入らなきゃなーって思って……」
別にサッカー部じゃなくてもいいのだ。しかしながら、彼女はガシリと私の肩を掴んだ。
「一日だけでも来てみ」
それは多分一日だけとは言わないと思うのだが、まぁ私はずるずると引きずられてしまうのだが。
「体験入部?もしかして経験者?」
そう言ったのは確か能見選手じゃないだろうか。たしか、女子日本代表を長く引っ張ってきた人だ。この学校にきたという話は聞いていたけれど、あくまで噂と思っていた。首を傾げた彼女に私は首を左右にふる。経験という経験者じゃない。それを見た能見選手はなんともいえない顔をして笑った。まぁ分からなくもない。
「まぁいいわ、とりあえず何日か来てみて決めてちょうだい」
「あー、はい……とりあえずがんばります」
そう私は頷いて、その奥にいる黒髪を見る。深津先生だ。彼は男子の元日本代表ではなかっただろうか。サッカーの雑誌をみているかと思えば、競馬雑誌である。ぼんやり考えていれば、能見選手は曽志崎さんをみる。
「……曽志崎、練習場には連れてきてくれる?」
「もちろん。苗字さんスパイク持ってる?流石に持ってないか。足のサイズ分かれば貸せるよ」
曽志崎さんは世話焼きタイプなのだろうか。足のサイズを告げれば放課後彼女はスパイクを持って来るのだが。
==
別段好きでも嫌いでもないが、得意かそうじゃないかと言われたら得意な方だ。ぼーっとしてるけど大丈夫?と告げた同い年に、曽志崎さんが「多分ね」と頷く。
「えーと……苗字ナマエです。体験入部?に来ました」
「部長の田勢です。よろしくね」
「はい」
「サッカーはやったことある?」
「ちょっとだけ」
「そ、そっか。じゃあ、基本的な練習からやってみよっか」
そう促した部長さんに私は頷いて同じ初心者だという越前さんとボールを触る。コロコロと転がす彼女は、ふむ、いかにも初心者という風である。私もそれに倣い同じようにボールを返す。
「わ、苗字さん上手だね」
「そうかなー」
「私なんて最近やっとだよ」
「んー……でもできてるし、いいんじゃない?人間できるようになる速度なんて色々だよ」
そう首を傾げれば、彼女はエヘヘと笑ったのだが。うむ、可愛い。少し違うところに転がったボールを足元に収め、もう一度彼女に向かって蹴り返す。彼女の足元に転がったボールはまた私にやって来る。
「苗字さんはサッカー好きなの?」
「んーー、どうだろ。よくわかんないや。あんまりテレビみないし。家族がみてるのを傍で見てるくらい」
私の知っているチームに、私の夢の中にでてくるチームに似ているチームはあれど同じチームはない。昔はその存在を探すように食い入るように見ていたけども知らない選手ばかりで、やはりあれは夢なのだと私は思うのだ。越前さんは私をみて驚いたように口を開いた。
「えっ、そうなの?」
「うん」
「じゃあ、なんでサッカー部に?」
「部活入らなきゃなーって、ぼーっと掲示板見てたら曽志崎さんに捕まった」
「へ、へー、そうなんだ」
「……でも、サッカーは苦手じゃないよ」
そう言って足元に転がったボールを軽くリフティングする。私がサッカー選手であったのは夢であったはずなのに、体は夢と同じように動くのだ。ボールを右に左に動かして、体を滑らせて足元に着地させる。わぁ、と声を上げた彼女に、でも誰でもできるよ多分と告げれば首を左右に振られたが。さっきから緩い会話を聞いて若干怒っていた能見選手は目を瞬いた。
「あら、ボールの扱い上手いじゃない。やっぱり何処かでやってたの?」
「夢の中で……」
私の発言に能見選手は固まった。うん、我ながらかなりぶっ飛んだ発言だ。小学校の頃も少しやったが、事故にあっていこうちゃんとやってない。夢の中の方がちゃんとしている。近くにいた部員もまた内心突っ込んでいるようにみえる。曽志崎さんが口を開く。
「苗字さんいっつもぼーっとしてるなぁって思ったらこんな不思議ちゃんキャラだとは」
「なんか、大丈夫なの?」
「でもああ見えて体育の成績かなりいいんだよなぁ。うちのクラスだと負けなし」
曽志崎さんの台詞にそうだっけ?と首をかしげる。いや、不思議そうにしてても事実だから、と突っ込まれたがいや覚えが全くない。
「他の部活に結構声かけられてるっしょ」
「うーん、まぁ。だからさー、部活入んなきゃなぁって思って。部活入ったら面倒くさいことにはならないかなって」
面倒くさい……とまた周りはなんとも言えない顔をする。能見選手は深いため息をついて、とりあえずちょっとやってみる?とミニゲームをする気になったらしい。ポンと曽志崎さんと同じチームに入れられたけど、周りのストロングポイントも何もわからないのにどうすればいいのさ。フォローはするよ、と言われたが。相対する場所にいるポニーテールの彼女はやる気がなさそうな顔をしているが。ボールと砂地、暮れていく日、ボールを見つめる。その夕陽の中に、あの二人がいた気がして。
ーー来世があるかどうかなんて知らないけど、どうせまたフットボールしてたら、会えるだろ。
そう聞こえた声に、鳴った笛に私は目を見開いてピッチをみたのだ。足元に転がってきたボールにそのまま彼女の横を抜く。えっとこちらをみた彼女に私はそのまま先をみた。
同じ色をきた味方のストロングポイントが分からないのであれば、ボールをそこに届ければいい。こっちに向かってきた人物をひらりと交わして、そのまま前に進む。前からやってきた誰かとせって、そのまま足元にボールを収めたまま進む。そうして見えた同じ色の仲間にボールを出せば相手は予想外だったのか、味方も来るとはおもっていなかったのか、でもボールを収めた彼女はゴールに向かってボールを蹴った。それはゴールネットを揺らすことなく、ゴールを外してしまったが。
「うーーん……難しいな……もうちょっとあそこをどーん、ぼわわわーって……」
うーん、と考えていれば、後ろからこうが聞こえて肩を跳ねさせたが。
「だーれーがー、初心者だー!この嘘つきーー!初心者があそこまでできるかーー!!」
「そうだそうだーー!」
「えっ……ええーー……だって、体育のサッカーと部活の助っ人するくらいだったし……」
「初心者は!部活の助っ人なんてしないよーー!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ彼女達にうーんと首をかしげる。うーん。
「あー……でもさー、ちゃんとしたことないっていうか……サッカーよくわかってないよ」
「嘘つけーー!!」
その言葉に肩を跳ねさせる。嘘じゃないんだけどなぁ。
==
事実、私はサッカーをよくわかっていない。私にとってサッカーは感覚でするものだからだ。そこには理論があるはずなのに、理解も何も私には備えられていないのだ。夢の中の私は理解していたはずなのだが。そんなわけで正式な部員になることになった私であるが、監督の元に訪れていた。クラスのプリントを集める役目を押し付けられたというか、元々監督に話があったというか、そういう感じのものがあったから引き受けたのもあるが。私の様子を見て能見選手、改め能見コーチが口を開いた。
「ぼけっとしてるからそんなことされるのよ」
「うーん、別にいいですよ。元々この部屋来る予定だったし」
そう言いつつクマと呼ばれる深津先生にプリントを渡す。相変わらず隈がある。机の上には競馬雑誌があるが、この人競馬場云々と言わないあたり競馬が好きというわけではなさそうである。
「あら、どうしたの?」
「うーーん、私、感覚でフットボールしちゃうので……ちゃんとするなら、理論とか詳しいルールとか色々わかる必要があるなって」
私の言葉にコーチは目を瞬き、監督は私をじっとみた。
「え、アンタもしかして、なんとなくでやってんの!?」
「あー、うん、はい」
「ルールも!?」
「そうですね、よくわかんないです。言ったじゃないですかー、初心者だって」
HAHAHAと笑えば、コーチはがっくしと肩を落とした。
「とりあえず、体育の教科書読んでみたんですけど、なんか絵が動かないからよくわからなくって。オフサイドとか」
「youtubeみろ。その手の動画腐るほどあるだろ」
「ああー」
ポンと手を叩く。なるほど、その手があったか。まぁ、能見コーチが昼休み勉強道具持ってきなさい!!と言ってきたのでここで勉強することになり、曽志崎さんにもがっつり教わることになるのだが。
==
微睡だ。うとうとと穏やかな。夢と現実の狭間だ。サポーターの歓声が聞こえる。緑色の芝生、夜なのかスタジアムは煌々と照らされている。さぁ、入場だ、と隣にいる子供の手を握って私は一歩踏み出した。ナマエ、と呼ばれた名前に視界は真っ暗に変わる。もう一度、ナマエ、と呼ばれた名前に目をひらけば叔父が心配そうに私を見下ろしていた。
「大丈夫か?」
「うん、うたた寝してただけ。おかえり、おじさん」
「あぁ、ただいま」
そう私の頭を撫でた彼に夕飯の準備をせねばとキッチンに向かう。彼は疲れている筈だ。ご飯作るね、といえば、さんきゅーと返した彼に私はそのままキッチンに向かう。とは言ってもあとは温めるだけなのであるが。おじさんは冷蔵庫から作り置きのお茶を取り出した。
「そーいや、高校生活はどうだ?」
「あー、うん、周りに流されて、部活に入ったよ」
「へぇ、何部だ?」
「女子サッカー部」
少し背伸びしていえば、おじさんは飲んでいたお茶を吹き出す。汚っ、と零してから咽せるおじさんの背中をさする。
「大丈夫?」
「あぁ、びっくりしただけだ……サッカー部、女子サッカー部か……」
おじさんはそう言って、私の頭をポンと撫でた。
「スパイクとか買ったか?」
「よくわかんなかったから、クラスメイトと買いに行ったよ」
「そうか」
ぐしゃぐしゃと彼は私の頭を撫でる。そうして、あんまり無理すんなよ、と告げる。私はとりあえず頷いて鍋に火をかける。
「おじさんも無茶しちゃダメだよ」
「そんなに野暮じゃない」
「うーん、そう?」
「あぁ」
ケラケラと笑う彼に、私は口を閉ざす。彼は優しい人だ。無理をする人だ。我慢する人だ。彼のチーム移籍はより高みを目指す為とはマスコミは言った。海外の誘いを断ったとも。本当は海外に行きたいに違いない。でも、私がいるからかれは行かないし、いけない。
「……ごめんなさい」
「……気にすんな。俺が選んだ道だ」
彼はそう言って私の頭をまた撫でた。
ーー私があの夢を頻繁に見るようになったのは、七年くらい前の話である。事故にあった。私の両親と私が乗っていた車は飲酒運転していた車とぶつかったのだ。向こうにもこちらにもスピードがあった、から、両親がいた前の部分は潰れた。私は先にかけつけた救助隊員に助け出されたけれど、引火した車体は助け出す前に燃えた、らしい。らしいというのは私は意識がなかったからだ。まぁ、即死だろうとも言われたのだが。私は二ヶ月意識をなくした。その間に今まで断続的だった誰かの一生を全て追体験した。私が目を覚ました時病院にいて、叔父さんが私のそばにいたからである。
そこからだ。こうして、たまに、夢が手を引くようにぼうっとするのは。体には事故の後遺症はないが、これは恐らく心の部分か脳機能での後遺症だろうと医者はいった。もしくは病気だと。おじさんーー彼はそれをすべて自分のせいだと思っている。私達は招待されて彼の試合を見に行く途中だっから。両親の死も、私のこれも。だから彼は私を引き取ったのだ。まだまだ若かったというのに。
でも、きっと彼は海外に行きたいに違いないと思う。だって、いつも海外のチームのサッカーをみている彼は何処か羨望しているような目でそれを見ているからだ。
「浦和の女子ユースに来るか?」
「んー……考えとく」
そう言って温めたスープをお皿によそう。彼に渡せば、彼はそれを持ってダイニングテーブルにむかった。
深津先生というのは面倒みが良いわけではないが、悪すぎるわけではないと思う。というのもわからないところを聞けばそれとなく教えてくれるからである。そう思いながら今日もベンチで競馬雑誌をめくる彼の隣に座る。私は休憩するために彼の隣に座ってドリンクを飲む。そうして、ただぼんやりとピッチを見ながら口を開く。
「……おじさんにね、深津先生の話したんです。嬉しそうでしたよ」
「なんでだよ」
「なんでだろ。先生と知り合いかなって思ったんですけど、違うんですか?」
「知るわけないだろ、お前のおじさんなんか」
はぁとため息をついた彼に、私は首を傾げる。おじさんがね、ともう一度口を開く。彼はなんやかんや聞いてくれるからだ。最初はいちいち突っ込んでいた能見コーチは流すようになった。あまりにもゆるいから、らしい。
「本当は行きたいところがある筈なのに、私がいるから多分行かないんです。どうしたらいいと思いますか?」
そう尋ねれば彼は「知るか」とただ告げた。まぁそりゃそうだ。別に私は答えが分かりきっているので、答えを求めているわけではない。
「んー……やっぱりはやく独り立ちしたいし、高卒で働くかなぁ」
「……そのおじさんと住んでんのか」
「まー……はい。色々あって。前は東京に住んでたんですけどね、おじさんの都合でこっちに引っ越してきたんです」
「おじさんの都合でお前が振り回されてんじゃねぇか」
「違いますよー、おじさんにはもっとたくさんの選択肢があったのに、私がいるからこうなんですよ」
そう言って目を伏せる。そしてそれに後悔した。メンタルがこういう状況だからか、夢の中に引っ張られたからだ。ピッチにいる彼はもう一人の方だ。振り返って、今はダメだ、と告げた彼に私は無理矢理目を開く。ちょうど能見コーチが振り返った。
「苗字!ボサってしてないで、交代!」
「……はーい」
夢の中の彼に内心お礼を告げる。彼の忠告のおかげで、ドジを踏まずに済んだ。
「うーん、ごめんなさい、夕飯作らなきゃだから」
反省会を結構な頻度で断るしかない私である。おじさんが遠征だったりすると夕飯を準備しない日もあるが、この三連戦はホームゲームや東京などの近場のゲームが多い。となると私はご飯の準備をしなければならない。
「えーたまにはいいじゃん」
「ごめん、私がご飯当番だから」
そう眉尻を下げれば、恩田さんあらためのんちゃんは曽志崎さん改め曽志崎さんに黙らされた。
「無理言ってごめんなー、また明日」
「うん、また明日ー」
手を振ってから電車の駅に向かう。電車に揺られながらうとうとしていれば、まっくらな夢の中には誰もいないのに、聞き慣れた声で「ねぇ」と呼びかけられた。もう一度、次はナマエと呼ばれてめをゆっくり開く。誰が呼びかけたのだろうか、と隣を見ればぼやけた視界の先にいるのは恐らく知らない人である。目の前にいる人も恐らく知らない人だが。二人とも高校生くらいだろうか。もしや、隣にいる人にもたれていたとかだろうか。
「あー……ごめんなさい……寝てました」
「い、いや……」
「声かけたの俺なんだけど」
その言葉に私は彼を見上げる。
「いっつも降りてる駅もう着くけどいいわけ?」
彼の言葉に窓から外を見る。そこで瞬きしたのか一瞬暗くなり、視界はクリアになった。電車は止まり、扉は開く。いつもの駅だ。
「えっ……あっ!?」
あわてて電車から降りる。なんとか乗り過ごすことは回避した。ホッと息を吐いて、もう一度頭でも下げておこうと電車の中を見る。そこには先程の二人はいない。夢か現実か。ぼうっと電車を見ていれば、大丈夫?と心配した駅員さんに声をかけられ私はハッとするのだが。
==
「あれっ。君は」
そう言って私を見た人は知ってる。おじさんの先輩というかそういう人だ。何度かおじさんと一緒に会ったことがあるし、私が東京なら彼のいる学校に是非と言ってくれた人だ。そう、元日本代表の高萩選手だ。
「体調は大丈夫かい?」
「まー……ぼちぼち……」
「ぼちぼちか。東京にいるならうちに来て欲しかったけど、まぁ仕方ないか。でも浦和邦成じゃないんだ」
「ここが家から一番近いから……」
「おっと。まさか、さいたま市に住んでない?」
「うーん、私も近いし最初さいたま市にしたら?って言ったんですけど、こっちの方が私にはいいって。過保護だから」
「……そうだね、でも、そうじゃないよ」
それはわかってる。過保護ではなくて、彼は私を心配してくれているのだ。たまに寝落ちて倒れてる時あるし。
「苗字、知り合いなの?」
「あー……何回か会ったことがあるので……」
コーチにそういえば、アンタは相変わらず謎ねとボヤかれた。私は肩をすくめておく。そこまで謎ではないからだ。
「……ナマエちゃん、ちょっといいかい?」
「なんです?」
ちょいちょいと手招いた彼に首を傾げて彼についていく。
「病気のことは先輩や能見さんに言ってるかな?」
「……いえ……だってこれ病気っていうか……」
「……言わないとダメだ。知っているのと知らないのでは対処の仕方が違うんだよ」
「あー……うん、はい。またタイミングみていっときます」
こくりと頷けば、彼は絶対だよ、と私に指を差し出した。何処の子供だ、と思いながら指切りをしておく。彼はポンと私の頭を撫でてからまたチームメイトに合流を促した。越前さん、改めさわちゃんが私をみて首を傾げた。
「何の話してたの?」
「うーん……元気って聞かれたから、元気だよって答えただけ」
ぼやっとしながらそう答える。彼女はそっかとニコリと笑った。
==
「能見コーチ。あの子は……気をつけた方がいい」
「えっ?」
「苗字ナマエちゃんだよ。あの子とは叔父さんを通して知り合いなんだけど、あの子はちょっと大変でね」
「ぼやっとしてますもんね」
「僕が初めて会った時はああじゃなかったんですよ。ハツラツとしたサッカーが大好きな女の子でした」
「ナマエがハツラツとしてるって、あんまり想像つかないなぁ」
「……あの子はね、病気なんだよ」
「えっ!?そんなこと一回も聞いて…[」
「本人は病気じゃなくて事故の後遺症だっていうけどね。ぼやっとしたり、途中で眠っていても本人に悪気はないんだ。薬である程度は抑制できるらしいんだけど、それでも家で倒れてるとかあるらしいし……多分あの子黙っとくと思うから」
==
コーチに呼び出しされた。なんだ?と思いながら行けば、苗字、私達にいうことない?と言われた。鬼だ。鬼の形相だ。うーん、高萩さんに先手を打たれたのか。それとも全教科満点という漫画みたいなスコアを叩き出したのを噂を聞いたのか。
「あー……テストで百点とりました……?」
「よかったわねー、じゃない!」
「うーーん……そっちじゃないなら……高萩選手に聞きました?」
そう困ったように尋ねる。彼女はこくんと頷いた。深津先生も競馬の雑誌をおいている。
「病気じゃなくて後遺症なんですけどね」
「何処が悪いの?」
「うーん……頭?」
私は首を傾げる。なんか疑わしげに見られたが、私もいまいち謎なのだ。
「なんか、急に眠っちゃうんですよねー、お医者さんは事故にあった時、頭をうったからとかなんとか……でも、今は薬飲んでるので立ってる時に急に寝ることはないし、サッカーしてても寝ることはないので、部活には問題ないと思うんですよ」
「……ホントなのね?」
「うん。まぁ、昔はあまりにも急に寝るもんで頭ぶつけまくってたんですけど、今は学校ではそんなこともないので。でも、あコイツ寝てんなと思ったら起こしてもらえると嬉しいです」
ゆるゆるとそう答える。まぁ最近は夢の中に現れる二人もダメな局面だと現実に帰れと言ってくるし。はぁー、とため息をついたコーチに、深津先生が一応診断書貰ってこいと促した。あぁ、スポーツしても大丈夫的な、といえば頷かれたのでそうなんだろう。じゃあ近日中に病院いくので、と言ったら診断書持ってくるまで見学らしい。まぁ、それは教師としておそらくは正しい判断なのであるが。
「元気なんだけどな〜」
放課後である。みんなの練習を見ながらゆるゆるとそう言えば、隣にいる深津先生に「馬鹿言うな」と告げた。
「リスクある奴をそのリスクを正式に確認しないで放り出す馬鹿がいるか」
「うーーん……それもそうだ」
私の発言に軽く雑誌で頭を叩かれたが。
「わかってんならさっさと医者行ってこい」
==
うとうとする。現実と夢の間を行き来する。真っ暗闇を目を開けば、電車じゃない光景に誰かの足だけが見えた。その先にいる人を見ようとすれば、軽く揺すられる。また暗闇に戻って、ぼやけた視界は電車に変わった。
「お、おい」
「ん……あー、すいません、ごめんなさい」
「い、いや……だが、扉が……」
その言葉にゆるゆると起き上がろうとしたが、どうにも眠気が勝つ。世界がまた暗闇に変わって、私はまた目を伏せた。えっ、あっ、と慌てたような声が聞こえる。視界の先はもう芝生の生えたフィールドに変わっていて、そこにはあの二人がいた。はやく、と手招いた彼らに私は立ち上がって、転がってきたボールを蹴った。
パチリと目を覚ましたら、窓の外は知らない場所である。うーんこれはやってしまった。というか、誰かにもたれている。見えた手元にはサッカーの雑誌があった。私は慌てて飛び起きる。
「わっ……わわ、すいません」
「……やっと起きた……」
はぁ、と息を吐いた彼に私は慌てる。いくら起こしても起きなかった、と困った顔をした彼に、私はすいませんとまた頭を下げる。
「……帰れるのか?また寝たまま起きないんじゃないか??」
見ず知らずの人に心配されている。スマホを見ればおじさんから着信履歴があった。そういやおじさんオフだった。時間を確認すれば、だいぶ電車で寝ていることがわかる。
「えっ、今ここどこだ……」
「……随分東京の方まできてるな」
「えっ!?というか、えっ!?君は大丈夫!?」
「……」
「大丈夫じゃないよね!!ごめん!!」
「い、いや、俺が降りる駅は次だ……」
ぼそりと告げた彼に私はホントに?と首を傾げて背の高い彼を見上げる。こちらをじっと見下ろした彼は多分若干目を泳がせたから大丈夫ではない。
「ごめーん!!大丈夫じゃないね!!!」
「い、いや、大丈夫だ、慣れている。次で折り返せば帰れる。そっちこそ大丈夫なのか?」
「……」
大丈夫かどうかと言えば大丈夫ではない。おじさんに連絡しようとも現在地がよくわかっていない。
「多分大丈夫……」
「……そ、それこそ大丈夫じゃないだろう……」
「知ってる場所まで行けば帰れる。うん。迎えに来てって今日は言えるし……」
苦笑いしながらそう言えば「今何処かわかってるのか?」と彼は尋ねる。私は素直に首を左右に振った。だろうな、と小さく呟いた彼は仕方ないと言って私を手招いた。
==
「そういえば、この前も起こしてくれたよね。お礼言いそびれてたや。もう一人いたけど」
目が結構覚めたというか。電車に揺られながらそう尋ねてみる。彼は目をパチパチ瞬いた。い、いや、と首を左右に振った彼に、あれ?じゃあアレは夢か??とハテナを浮かべる。
「おっかしいなぁ。この前君ともう一人に起こされたと思ったんだけど」
「……この前は自分で飛び起きていた……」
「えっ」
「ふふふ……前の座席にいたが、飛び起きたのが見えた」
うわー、恥ずかしいやつだ。そう思いながら「じゃあアレは夢か」と呟いた。
「夢の中でさー、君とそっくりな人ともう一人が、そろそろ降りる駅だよって教えてくれたんだ。だから慌てて降りた」
「俺に似た人……?」
「うん。夢の中でね。ということはいつも見るより昔の姿なんだなぁ」
そうまたぼんやりとする。ぼんやりとしていれば、彼は寝るなと言ったが。
「うーん……がんばる……あ、さっき、サッカーの雑誌持ってたけど、サッカー部なの?」
「いや……クラブチームのユースにいる」
「へー、何処?マリーンズ?」
「マリーンズ?そ、それをいうならマリノスじゃないか?」
マリーンズは野球だと思う。そう返した彼に私は「あー、そっか、それだ」と頷く。そうか。夢ではマリーンズだけど、現実ではそうだ。
「……ちなみに浦和だ」
「えっ、本当!?」
そう言って彼を見る。彼はびっくりしたように私をみた。スタメンなの?と聞けば頷いた彼に、すごいねー、といえば彼は照れたが。なんか可愛いな。
「……お、お前もサッカーしてるんじゃないのか?」
「今の高校に入って始めたよ。まだ初心者だからなんにもないけどね」
「……そ、そうか」
「ねぇねぇ、名前聞いていい?あ、私、蕨青南の苗字ナマエって言うんだ」
「……俺は……は、花森圭悟だ」
「花森くん…………ハナちゃん?」
そう首を傾げれば彼は固まった。が、降りる駅だったらしい。彼は慌てて電車を降りたので私は笑ってひらりと手を振った。
「またね、ハナちゃん」
彼は目を見開いて私を見る。扉が閉まる。彼の唇がかすかに、私の名前を呼んだように見えた。
駅まで迎えに来ていたおじさんにお礼を言う。まさかアレだけ寝るとは思わなかったし、学校が始まったころはあんなことはなかったはずである。明らかにホッとした彼は私に車に乗るように促して私は車に乗る。
「いやー、自分でもびっくりしちゃったよ」
「俺が一番びっくりだよ。帰ってこないんだから」
「んー……ハナちゃんっていう子にもたれて寝ちゃってたみたいでさぁ。二人で東京の方まで行っちゃってて、二人で戻ってきた」
「お礼言わないとな」
「おじさんなら会うかも。浦和のユースって言ってたよ」
私の言葉に彼は「ほお」とうなずいた。
「サッカーの友達か」
「学外のね。あと監督がちゃんとサッカーするなら診断書貰ってこいって」
「あぁーー、やっぱりか。というか珍しいな、自分から言ったのか?」
「高萩さんが告げ口したから呼び出された。そんなたいそうな病気じゃないと思うんだけどなぁ」
むっとしながら車の窓から景色をみる。外はすっかり真っ暗闇だ。
「おじさん、サッカーって楽しいね」
「……あぁ、そうだな」
==
「病院でさっくり診断書貰ってきた」
そう言って深津先生の顔に診断書を提示する。スポーツするのは別に注意はいらないよ、基本的に薬で症状は緩和されてるよ、という内容のものだ。まぁ道路とか階段よりはだいぶ安全だろう。それをサクッと読んだ深津先生ははぁと息を吐いて能見コーチに渡した。
「そんなに部活したいのか」
「サッカーが思ってたより楽しかった。もっとはやくにしてればよかったなぁって思った」
「はじめるタイミングなんて人それぞれだろ」
「それもそうかぁ」
ゆるゆるでそういえば、今日から練習参加してもいいんですよね?と聞けば、能見コーチにオッケーがでた。嬉しい。
「というわけで合流でーす」
いえーい、とピースしてたらのんちゃんに「おー」と迎えられる。田勢ちゃん先輩に「大丈夫なの?」と聞かれたので私は頷く。
「私は全然元気なんですけど、周りが過保護なだけですよ〜」
ははは、と笑えば周りはなんかホッとしていたのだが。
==
==
「ナマエ?」
そんな声が聞こえてそちらを向く。上にいるのは梶ちゃんではないか。私が事故に遭う前ちょろっとサッカーしてた時に同じチームになったりなぞしたのだ。なので私は彼女を見上げる。
「あれー?梶ちゃんだー、久しぶりー。小学校以来だね」
私はそう言ってヒラヒラと手を振った。周りがなんか固まり、梶ちゃんはなんとも言えないような顔をした。なんでだ。まぁすぐに梶ちゃんは私を見下ろした。
「蕨に入ったの?」
「うん、今埼玉すんでるから」
「また引っ越したんだ」
「おじさんに引っ付いてね。高校はやっと部活入っていいよって言われて、そっしーに誘われたからサッカー部入った。梶ちゃんはずっとサッカーやってんの?」
「そうね……アンタなんかぼんやりしてるけど大丈夫なの?」
「うーん、後遺症で多少ぼんやりするだけだから大丈夫だよ。心配ありがとー」
ゆるゆるである。多少、と少し変な顔をした彼女に気にしないでと手を振った。
「梶ちゃんまた一緒にサッカーできたらいいねー」
「バーカ、じゃあなんで九乃木来なかったの?」
「横浜を叔父さんが選ばなかったら仕方ない」
うむうむ、と頷く。彼女は「あっそ」とだけ言ったが。
「試合出るの?」
「うーん、初心者だからどうかなぁ」
「馬鹿言うな」
そう叱った彼女に私はゆるゆると初心者なんだけどなぁ、と繰り返した。
「まぁ、アンタがまたサッカーやっててなんか安心したわ」
「そかそか、なんかよくわかんないけど、梶ちゃんが安心したならよかったよ」
「せいぜい試合頑張れ」
「うん、出れるかわかんないけど」
ゆるゆるとそう言っていれば、まぁ、ぐわっとそっしーに肩を掴まれたが。
「な、ナマエ、梶先輩と知り合い!?」
「うーん、昔ね。小学校で私が転校するまで一緒にサッカーしたりなんぞした」
「やっぱり初心者じゃなかったの、アンタ」
「ほとんど初心者だよー、事故で体死んでたみたいなもんだしね」
「事故!?」
「なんか、二ヶ月くらい意識ぶっ飛んでたらしいよ」
フハハっと笑えば、笑い事じゃない!と周りに突っ込まれたが。
「私にすればそれは笑い事だし、他人に憐れみを向けられることじゃないよ。私はそれが一番嫌いかなぁ。憐んでもらったことで、何かが変わるわけでもないし」
そんな会話をしてたら、ナマエちゃん?と声が聞こえてそちらを見る。おー、うめちゃんだ。なんかその隣の綺麗なポニテ女子がこっちを睨んでいるが。
「うめちゃんだー、久しぶりー」
「今度は何?!」
「中学の時の友達?一回一緒にサッカーしたりなんぞした」
「苗字は緊張感ないなぁ」
「だって、緊張して勝てるわけもないし」
田勢ちゃん先輩の言葉にそう返せば、彼女は目を瞬いたのだが。いや事実そうだしな。
==
「……ゆるゆる、お前は暴れてこい。いい子ちゃんプレーすんじゃねぇ。いいように周りをつかえ」
「はーい」
そっしーが怖い顔をしてる。まぁ、監督とコーチが最初に私出すとかいうからだよな。ぐにっと頬を引っ張られる。いたい。
「いひゃいー」
「目覚めた!?」
「覚めた」
そう言ってハイタッチする。目を一瞬閉じた先、そこにいた二人は私を見た。
緑色と青色。そんな光景は夢となんら変わらない。そこにいるチームメイトに向かって、私は足を踏み出した。
「そこはあーげない」
そう言って彼女からボールを奪う。えっ、とみひらいた相手に私はそのまま前に進む。すーちゃんとのんちゃんが慣れたように前にでる。追ってくる、追ってくる。前から来る。でもそれを交わして、私はその隙間にパスをねじ込むのだ。その先にいたのんちゃんがボールを蹴る、弾かれたボールは私が貰い、そのままシュートを撃つ。キーパーの手の上を巻くように、それはゴールに落ちた。
「うん、目が覚めてきた」
そう言ったら周りにもみくちゃにされたが。
「はいはい、さっさともっとガンガン行こうぜー、そっしーにおこられる。多分私あの女王様と相性いいよ」
のんびりとそう言えば、周りがえっとこちらを見た。泥くさいフットボールは、夢の中で一人がやっているから。
「反撃反撃ー」
「ゆるい……」
「いちいち言動がゆるい」
と言われましても。
==
「君にはあーげない」
そう言って女王様にはボールは渡さない。突っ込んできたDFにも上げない。うめちゃんにもあげない。のんちゃんにイエロー誘ったの腹立つから必死になった時イエロー誘ってやろ。そういうのは余裕がない相手にやらないといけない。必死に食らい付いてきた女王様にファールを誘えば、審判はイエローカードをだした。いい場所で貰えたなぁ、と思いながら謝られながら手を差し出される。
『仕返し』
「……?」
「なんでもないよー」
ヘラリと笑って立ち上がる。ボールをサクッと貰い、反撃に出れば多分誘ったって理解されたらしい。まぁ、無視してプレー再開するんですけど。めちゃくちゃ突っかかられるし睨まれる。いやー、知らんけど。煽っといた方が面白そうだし適当に煽っておこう。
==
あ、これはやばいな、と思う。今は眠気が来てほしくなかったな、と。前半は全く大丈夫だったのに。画面のように切り替わった視界の先、そこにいた2人は私を手招いた。首を左右に振る。体がふらついたのがわかる。嫌だ。
「今はやだ。そっちに行かない」
彼らは私に手を伸ばす。笛の音がする。ナマエ?と、田勢ちゃん先輩が呼ぶ。ちょっと、と女王様が私に尋ねる。嫌だ。こんなに楽しいのに。嫌だ。私だってフルで出場できる。嫌だ。もっと、もっと、サッカーしたい。
でも、このチームの、足手纏いになる方が、もっと嫌だ。
審判がやってきて、大丈夫ですか?と私に問いかける。その言葉に私は無理やり視界を現実に戻す。ぼやけた世界だ。そうして、監督とコーチに私はばつ印をだした。
「勝ち逃げごめんね、女王様ー」
そう言ってから、そっしーとハイタッチする。なんで、という表情が顔にかいてある。私だって、なんでって自分でも思う。
「ごめん、そっしー、あとはまかせる」
それだけ言って、私はベンチに座った。視界が揺れる。ぶれる。お昼のサッカー場。夜のサッカー場。2人がいる。2人はいない。周りの声が遠くに聞こえる。2人の声が近くに聞こえる。泣きそうだった。さっきまではすごい楽しかったのに。悔しくて。悲しくて。タオルをかぶる。
『神様、私からフットボールも奪っていかないで』
そう言って蹲る。あの2人は側にただ座るだけだった。
==
パチリと視界が変わる。世界が変わる。その先ではのんちゃんがPKを蹴り、外していた。相手の喜びようからすれば、多分負けたんだろう。はぁ、とため息をついて前をただみつめた。
「遅いお目覚めだな」
「……やっぱりフットボーラーとしてつかいものにならないなぁー、わたし」
そう呟いて立ち上がる。先輩達がこちらを見たのでヘラリと笑っておく。こらーー!ナマエが退場するからじゃん!!とフィールドから帰った周りは私を見たのだが。そっしーが寄ってきて、こちらを訝しげに見上げる。
「……どっか体調悪かったの?」
「んー、調子良かったはずなんだけどなぁ〜。調子良いとさー、神様がちょうしんのんなっていってくるんだよねー……次はもうちょいプレーできるようにがんばるねー」
ゆるゆるとそう返す。ナマエちゃん、と呼びかけられて振り返る。うめちゃんだーと返せばとことこと彼女はよってきた。
「ナマエちゃん、またサッカーしようね!」
「またできるかなー、私こんなでつかいものにならないしなー、もう試合出してくれないかもだしなー」
「ナマエちゃんなら、できるよ。大丈夫だよ!」
キラキラした目だ。私は目を伏せて、フハッと笑って背の少し低い彼女の頭を撫でる。
「そかそか、うめちゃんがいうならそうなのかもねー」
「うん!」
「じゃあねー、うめちゃん、またサッカーしよー」
ヒラヒラと手を振る。彼女はまた手を振った。まぁ、梶ちゃん先輩に挨拶する前に目立たない場所におじさん見つけてなんとも言えない顔をするのだが。微妙な顔をしていれば、能見コーチが私を見下ろした。
「苗字?」
「うげー、おじさん見にきてるー」
でも正直助かる。電車で寝たら最後、多分目を覚ましにくいと思う。
「保護者来てて助かったな。連絡しなくて済む。お前は保護者と帰れ」
「うーん、そうしますー。多分みんなと帰った方が迷惑かかると思うので」
そう言ってじゃあお先にと部活の人達に頭を下げる。まぁ途中で寝こけかけて高萩さんに座らされたが。
「大丈夫?」
「うん大丈夫。おじさんが近くに来てるから、おじさんのとこ行けばゴール」
「……そうか。呼んでこようか」
「ううん、いーよ。おじさんがそっちの方が心配するから。どーにかならないかなー、これ」
フラフラしながら立ち上がる。眠りとの狭間を行き来してるきがする。支えてくれた高萩さんにぼやく。
「いつか、みんなみたいにおもいっきりサッカーしたいなぁ」
あぁ、ダメだ。泣きそうだ。そんなことを言うんじゃなかった。
==
「おじさんあんまり謝ると私はついに怒ってぽこぽこ殴る」
目が覚めたら家だったのだが、そこにいたおじさんにそう言ってみる。またこの人は私に謝った。これはおじさんのせいじゃないと何回言えば良いのか。飲酒運転した相手が悪い。まぁ、相手は両親と同じく天国なのであるが。彼は目を瞬いた。まぁあんまり言ったことないしな。
「私のこれも、お父さんとお母さんのことも、おじさんのせいじゃないよ。自惚れないで。これは私の問題なんだから、おじさんには関係ないよ」
冷たい言葉を言い放ったと思う。私は彼の顔を見ずにそのままお風呂に向かったのだけども。うーん……言いすぎた気がする。
今日は休みである。おじさんは朝から練習に向かってしまったわけで。推進は家にいることであるが、あまり家にいても悶々とするだけである。おじさんの練習でも観に行くかといつもとは反対の方向の電車にのる。そうしてたどり着いたそこでは今日はユースの試合の日だったんだろう。帰りの電車で時々会うハナちゃんとはだいぶ仲良しになれた気がする。ハナちゃんでてるかな、と中に入り、適当な場所に陣取って座る。決勝か何かだろうか。東京fcと書いてるあたりそことの試合なんだろう。保護者とチームメイトから歓声があがる。ハナちゃんはというと、MFの位置で奮闘していた。負けている。周りの会話を聞くにどうも向こうのエースも上手いらしい。あと女の子のファンが多いっぽい。ギリギリしているハナちゃんはこちらを見たので、ハナちゃん頑張れと口を動かしてみる。彼はまた前を向いたのだが。まぁ、これで勝てたら私が勝利の女神になるのだが、負けてるあたりそんなことはない。少し休憩して帰るかと目を伏せれば、視界が切り替わる。寝てしまっているらしい。目の前にいる2人は私を見下ろした。しかし、何を話すわけでもない。一瞬、と私は感じたけれど、多分一瞬ではない。揺すられる感覚がして目を開く。そこには試合を終わらせたハナちゃんである。
「苗字?」
「あー……試合お疲れ様」
「いや……見に来てたのか?」
「うーん、家にいたくなかったからおじさん見に来て……試合してたから」
そう言って彼を見上げる。
「試合終わるまで起きてたんだけど、休憩しようと思ったら寝ちゃった」
「……そうか」
「ハナちゃんすごい活躍だったねー、やっぱうまいねー、フィジカルつよいし、判断早いし、ビューンって」
そう言えば彼は照れながら天才だから当たり前だ、と告げた。そんなキャラだったのか。まぁそう言うキャラは嫌いじゃない。
「でも負けちゃったね〜」
ゆるゆるとそう言えば彼はがっくしと肩を落としたのだが。
「私もねー、決勝でPK外して負けちゃったー」
「……そうなのか?」
「私は途中で使い物になんなくなってさー、途中で交代しちゃったー。もうちょっといけると思ったんだけどねー」
そう言ってフィールドを見下ろす。彼は私を遠慮がちに見下ろした。
「……やっぱり、何か病気なのか?」
「んー……10歳の時さー、大きな事故に遭っちゃったんだー。そこで神様が私からいっぱいとって行っちゃったんだけど、まぁ、なんか体が変になった。急に眠っちゃったり、テンションあがると体に力はいんなくなっちゃったり。サッカーするのにリハビリ頑張ったんだけどなぁ」
ぼんやり頬杖をつく。彼は「だからか」と小さくぼやいた。
「中学の時でだいぶ薬でコントロールできるようになったんだけどねー、サッカーまたはじめてちょっと悪化してるんだー、多分テンション上がるからだとは思うんだけど。おじさんは私のこれを自分のせいだっていうし、チームプレーだから周りに迷惑かけまくりだしやになっちゃうなー」
そう言って私はただぼんやりと前を向く。ハナちゃんは黙ったが。まぁそんな時だ。第三者の声が降ってきたのは。
「ハナ、誰それ彼女?」
その声にハナちゃんは「ち、ちがっ!」と慌てた。可愛い。私はフィールドから声のした方向をみる。見たことがある人だ。彼は私を見下ろして眉間に皺を寄せた。
「は?ナマエ?お前何やってんの?」
「……苗字、知り合いか?」
「……あー!スクール一緒だった蓮くんじゃん。久しぶりー、生きてるー?」
「それはこっちのセリフだから。つーか!!」
彼はゲラゲラと笑う。お前女子だったの!?と騒いだ彼に、私は眉間に皺を寄せて彼の足をぱちぱち叩く。
「そーだよ、わるいかー。と言うか知ってただろー」
「いや、実感ないし。なんだ、どのみち中学からお前とサッカーできなかったってことじゃん」
フハッと自嘲したような笑みを浮かべた彼に私は眉間に皺を寄せた。
「今こっち住んでんの?」
「おじさんがこっちに移ったかんね」
「あー、成田さんな」
さらりと告げた彼にハナちゃんが固まった。言ってなかったっけ?と首を傾げて彼を見上げれば、聞いてないと彼は首を左右に振った。ごめん。話した気になってた。
「あの人海外行かない理由に家族関係あるってクラブの噂で聞いたけど、お前が原因?」
「そーだよ。今の身内おじさんだけだし、私がこんなのだからね」
「……こんなの?」
「事故で体バグったというか、脳がバグってさー、急に寝ちゃうんだよねー」
そう言ってまたフィールドをみる。
「は?それでやめたの?」
「やめたっていうか、しばらくはしちゃダメだよって言われたからやってなくて、またやり始めたけどこの前試合で倒れそうになって交代要請しちゃった。テンションあがるとぶっ倒れる仕様に改悪とか、ふざけんなって感じ」
ははは、と笑えば彼はケラケラ笑った。マジ厄介じゃん!と。私は彼を見上げる。笑う人ははじめてだった。みんな憐れむか、心配するか、流してそれに触れないか、どれかだった。ハナちゃんが怒ったように「持田!」と口を開いた。
「いや、だって、ハナ!最悪じゃん!かんっぺきに!サッカー向かない体質じゃん!」
「持田……!!」
「いーよ、ハナちゃん。その通りだし」
そう言った私にハナちゃんは怒ったように私を見下ろし、蓮くんは少し軽蔑したように私を見た。
「……で、お前はそれ言い訳にサッカーやめんの?」
その答えなんざ、決まってる。
「……やめない。そんなこと言い訳にしたくない。誰かの自惚れの理由になりたくないし、可哀想って思われたくもない」
「ふーん、じゃあ先に待っててやるよ」
蓮くんはそう言って座っているハナちゃんの頭に肘を置いた。
「何を」
「俺たち青色確定コースだから」
「……くっそーー!!!腹立つなそれ!!なんか、はらた……」
つ、といいかけて力が抜ける。座ってたのがよかったというか。崩れた姿勢は隣にいたハナちゃんがキャッチした。
「苗字!!」
動け。視界が徐々に変わっていく。いつもいる片方は私を見下ろした。泣きそうな顔で。なんでだ、と思えば彼は私にだきつく。いくなナマエ、と告げた彼の声はさっきの蓮くんの声に似ていた。
パチリ、と覚めたらベッドの上だった。どこだここ。というか、隣にいるのはおじさんである。
「ハナちゃんと蓮くんは……?」
「……先に帰らせた」
怒っている。眉間に皺を寄せた彼に私は目線をそらす。
「今日は家にいるんじゃなかったのか」
「家にいたら悶々と考えるんだもん」
「昨日の今日だぞ。最近発作も多い。やっぱり無理をしてるんじゃないか」
「無理してないよ。今日は蓮くんに久しぶりにあったから、テンションが上がっただけ」
そう返して伺うように彼を見上げる。彼は眉間に皺を寄せたまま私を見た。
「……サッカー、今はやめた方がいいんじゃないか。もう少し後でもサッカーできるだろう。いつでも始めれる」
おじさんの言葉に私は目を見開く。やだ。でも正しい。嫌だ。足を引っ張って、迷惑をかけるだけだ。なんでそんなこと言うの。心配してるからってわかってる。悔しい。悲しい。悔しい。感情を波立たせてはいけないのなんてわかってる。
ポロポロと涙が出る。
「ナマエ、俺はお前を思って」
「わかってる。でも、そんなこと言い訳にサッカーやめたくないよ」
「そんなことじゃない。その病気は時と場合によれば、命を落とすんだ」
「私だってみんなとサッカーしたい。私からサッカーをとっていかないで」
我ながらずるいことを言ったな、と思う。彼は自分のせいだと思っているのだから、これはきっと言ってはいけない言葉だ。案の定、彼は言葉を詰めた。私はぐしぐしと乱暴に目元を拭う。
「……帰る……」
「……車回してくるから待っとけ」
「一人で帰る」
「馬鹿、倒れたらどうすんだ」
彼は私の頭を撫でて部屋を後にする。私はそれを見送って蹲った。
==
少しお話ししましょうか。
そう言ったのは恐らくチームドクターだろう。極めて優しい声色で、穏やかな声で私に彼女は話しかけた。知っているのだ。おじさんが私の未来を心配してくれていることなんて。わかっているのだ。私にはまだまだ未来があることなんて。でも、そんなことをすんなりと納得できるほど、私はできた人間じゃないのだ。
「わかってるよ、おじさんが心配してくれてることなんて。私がいるからおじさんの選択肢を狭めてるのだって。全部わかってる……でも、やらないで後悔するよりは、やって後悔した方がいいよ。今は今しかないもん」
またぐすぐすと鼻を鳴らす。彼女は「そうね」と頷いた。理解はできるけれど、納得は難しいわよね、と。
==
「姪がサッカーやりたいって言うんだよ」
事故の後遺症で、いつ眠りこけるかわからない。最初はもっとすごくて、座っている時勉強しているとき風呂に入ってる時歩いている時もいきなり眠りこけるのだ。
普通の小学生だった。いや、普通とは少し違うかもしれない。サッカーの天才だった。ただの姉貴の親バカかと思ったがそれは違った。スクールでも周りに比べて頭一つ以上飛び出した、サッカー大好きな子供。姉貴と、サッカー好きの義兄の間に生まれて育った子供。幸せそうだったし、幸せだった。この子供の未来が楽しみだった。それがあの事故で一変したのだ。
代表の試合の日だった。俺がチケットをおくった。楽しみにしているのだと姪っ子はいった。その日、試合は日本が勝った。でも姪っ子がいるはずのその席は空白で。
飲酒運転だったと言う。正面衝突だった。恐らくは姉貴も義兄も即死だっただろうとは事故の衝撃でへし曲がったクルマをみた警察の言葉だった。まぁ、クルマは燃え上がり、二人の遺体は見ることもできなかった。ただひとり、生き残ったのが姪っ子で。病院に行って、集中治療室で眠ったような姪っ子を見て、説明をうけて。どこかに麻痺が残るかもしれない。どこかに障害が起こるかもしれない。それどころか、目を覚ませないかもしれない。誰が引き取るかと言う話になって、治療費がかかるからと引き取る人がいない姪を引き取って。クラブチームにも反対された。自分のキャリアを考えれば、海外に行ける。でも、姪を引き取れば難しくなる。でも、自分がチケットを送らなければこうはならなかったから。
姪が、起きて。説明して。でも姪はあまり理解してないようで。いや、俺の前で泣かなくて。姪はリハビリを頑張って。その姿に勝手に励まされて。姪がやっとボールを蹴れるようになったと思ったらソレが現れて。
小学生の間は病院の学校に通わせて、リハビリするためにサッカーを我慢させて。中学生の間は、いつ発作がおこるかわからないから、サッカーを我慢させて。高校では、ようやく、サッカーができたって嬉しそうにしていて。試合でも活躍できるのに、また、発作がおきて。
やめた方がいい。だってまた倒れて頭をぶつけたりしたらどうするんだ。いや、やらせるべきだ。あれだけ楽しそうにしてるんなら。やめさせる。危ない。やめさせない。本人はやりたいと言っている。
「お前が言いたいこともわかる」
そう言った稲瀬に、彼を見る。ほら、やっぱりソレが正しいのだと。
「だが、お前がその姪だとして納得できるのか」
「あの子には未来がある」
「それは誰にもある。俺にも、お前にも。それが長いか短いかなんて誰にもわからない。ひょっとしたら俺は明日死ぬかもしれないし、100歳まで生きてるかもしれない。でもそれはお前やその姪っ子だって一緒だろ」
それは、そうだ。いつ人間は死ぬかなんて選べない。それは俺は知っている。
「俺は指導者でも親でもなんでもないから下手なことは言えないが、お前は同じことを言われてすんなりと『はいそうですか』って納得できんのか。未来云々じゃなくて、今のその子に納得できる理由を並べてやってんのか」
自分が納得できるかと言われたら恐らくは。
「リスクなんて外野より本人が一番理解してるかもしれないだろ。それでもやりたいって言ってんならお前は向き合うべきだ。叔父や親としてじゃなく、一人の人間として。一人のフットボーラーとして」
その言葉に稲瀬をみる。向き合う。一人の人間として。一人のフットボーラーとして。まだ子供なのにか?いや、まだ子供でも、向き合うべきなんだろう。
言葉を噛み締めていれば、稲瀬は口を開く。
「あと、成田、あんまりダメダメ言ってると、溺愛してる姪っ子に嫌われるぞ」
「……なんだそれは」
「嘘だろうお前自覚ないのか??あれだけ酔ったら姪っ子の話しまくる癖に」
「は??」
==
目をパチリと瞬いたら車の中だった。どうやらまた寝たらしい。モゾリと動いた私に、起きたか、と告げたおじさんをみる。
「……悪かった」
「なんで謝るの」
私はぶっきらぼうにそう言って前を見る。おじさんが謝ることではないからだ。
「……同僚に言われた。俺はお前を子供じゃなくて、フットボーラーとして見るべきだと。自分が言われて納得できるのかって。確かに俺が言われても納得できない。だが、俺も心配だから譲れない」
信号で車が止まる。あまり一番先頭で止まるのは好きじゃない。おじさんは私をみた。
「サッカーはしてもいい。俺には止める権利はない。だが、条件はある」
「条件?」
「お前の監督とコーチに、お前のリスクをちゃんと話す。チームメイトにも。その上で、お前をどう扱うかは監督とコーチに任せる。それが俺の最大限の譲歩だ。話したくないのはわかる。だが、お前が急に倒れて驚くのは俺じゃない。お前の周り、チームメイトや監督やコーチだからな。それが飲めるなら、いい」
信号が青になる。車が走り出す。おじさんの言うことは正しい。現に私が途中で交代要請した時、そっしー達は驚いていた。深津先生だけが理解していたようではあるが。周りに迷惑をかけない範囲と、自分がサッカーできる範囲。その間がきっとおじさんが示したことなんだろう。
「……わかった。あんまり話したくなかったけど、そうする」
私の言葉に彼は頭をぽんぽんと撫でて、車を先に進ませた。
==
「監督、コーチ、おじさんが話したいことあるって……」
私はそう言って練習前に二人を呼び止める。おじさん?と首を傾げた二人に、私は頷いた。きっと複雑な顔をしている私をみて、二人は眉間に少しシワを寄せた。
「今いるから呼んできてもいい?」
「……あぁ、いいぞ」
深津先生の言葉に、能見コーチがなんとも言えない顔をする。私はとりあえずもう一度土手に引き返し、駐車場にいるおじさんを連れて行くとする。オールスターも終え、おじさんは今日は休みである。もう一度河川敷のグラウンドに行けば、お前学校にサッカー場二つなかったか?と聞かれる。
「男子に二つとも取られた」
「あぁー……」
「でもここはここで好きだよ」
そんなことを言えば、監督とコーチの前に連れていけば、監督は「おいおい」と呟き能見コーチは固まったが。
「えっ!はっ!成田誠!?」
その叫びに、集まっていたチームメイトがこちらを見た。気にするな、と手を振れど彼女らは興味津々らしい。
「能見コーチ、深津さん、姪がお世話になっています」
「……なるほど、お前、東京からこっちきたのコイツが移籍したからか」
「ええ、俺の仕事に振り回すばかりで……すこし、姪のことで話が」
「……えっと、もしかして、辞めさせるとか、そう言う話ですか?」
「……いえ。本来ならそう言う話をしたかったんですがーー」
いらないことを言ったおじさんを容赦なく殴る。殴られ慣れているおじさんは防いだが。
「アンタ現役日本代表に
Comment(0)
次の日 top 前の日