ネタ帳vol.3

2023ネタ帳133:君に会いに行く日(君僕主if)

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夢を見た。ジャックらしき人が立っている夢だ。真っ白な空間で、私は体がやけに軽かった。あたりを見渡す。暖かな陽がさして、足元にはあの花が咲いている。そこで私は養父であった彼とあった場所を思い出す。死後の世界のような場所,なのだろう。そんな場所なのであれば、彼を元いた場所に返さなくてはならない。
「ジャック」
そう私が彼を呼べば、彼はこちらを見る。歳を重ねている。あの時より、ずっと。そうして私の名を微かに紡ぐと眉間に皺を寄せた。はっきりと滲んだ嫌悪に私は近づくのを辞める。伸ばしかけた手をおろして、私は無理矢理笑う
「まだ貴方はきてはいけない」
花が舞う。花嵐ができる。彼はそうして、見えなくなり、私は現実の世界に引き戻された。


また同じ夢をみる。ただ、そこにいた人はもう随分と年老いていた。私は呼び止めることもなく、彼を見つめる。視線に気づいたのか、振り返った彼は私を見るとまた眉間に皺をよせた。私はただただ困ったように彼を見つめる。
「名前を呼ぶこともしない、か」
そう言った彼に、私はジャックと彼を呼ぶ。眉間にさらに皺をよせた。
「なんて言ってるんだ」
どうやら彼には私の声が聞こえていないらしい。彼が一歩足を踏み出す。彼の足元の花が燃える。私の声が聞こえていないのをいいことに、彼は口を開く。お前のせいで、と溢された言葉は私の友人からきいていた話だ。
ーー私は失敗したのだ。彼の人生は何も変わらなかった。いや、より悲惨なものへと変わったと言ってもいい。私はこの言葉を受け止めなければならない。受け止める必要がある。全部、全部飲み込まなければならない。まるで灼熱のマグマを飲み干しているような感覚だ。彼が掴んだ腕に痛みがはしる。それに顔を少し歪ませれば彼はそれに驚いて手を離した。足元にはボロボロと、焼け爛れた羽がおちている。花畑は彼の足元から燃えただれていき、彼はあたりを見渡した。来てはいけない、と私はまた無理矢理笑った。彼が元の場所へと戻れるようにそっと彼の背中をおせば、また花嵐が舞う。いや、花びらの残骸と焼け爛れた羽が舞う。そうして彼が消えた後、私はまた花畑から目を覚ます。手と腕に知らない火傷の跡をのこして。


またあの夢だ。この前はエヴァにあって、泣きつかれ、オセロットにも会って泣かれた。オセロットの時は妹のライクもいて同じ夢を見ていたというのだから驚きである。お姉ちゃん天使様みたいだけど、ボロボロだねぇ!といった妹もまた天使のようだったが。ゼロ少佐とも少しだけ話した。そうして彼らを扉につながる階段のところまで見送った。扉の先がどこに繋がるのかと生えている羽を使って飛んで行った妹がいうには、扉に入っても目を覚ますだけだったらしい。
この順番には覚えがあったのだ。
私はだから彼が現れるのを待つ。また何を言われようと私は彼の言葉を飲み込む必要があった。はっきり言えば怖い。でも,それが私の責任なのである。
やっぱり現れた彼はコートをきて、後ろ姿だった。あたりを見渡してこちらを見た彼は私をみつける。その目はこの前のような負の感情を宿した表情では決してなかった。彼は一歩踏み出す。もう彼の足元が燃えることはない。一歩踏み出すごとに彼は姿を変える。ビッグボスと呼ばれる男から私の知るジャックへと変わって行く。そうして目の前に来た彼は、私に触れようとして、この前あったことを思い出したのか悲しそうな表情で手を下ろした。
「……俺にはお前に触れる資格はないんだったな」
あまりにも悲しそうな声だった。でも,それは違う。
「違うの。私が貴方に触れる資格がない」
私はそう言って首を左右にふった。そう、私が彼に触れる資格なんてない。彼に優しくされる資格もない。
「……ごめんなさい」
気休めだ。自分への。彼への。彼は息を詰めた。
「あんな言葉、いうんじゃなかった。ずっと貴方が嫌いだという嘘を貫き通せばよかった」
そうしたら貴方はきっと苦しまなかった。
そう言って無理矢理笑う。彼は私を見下ろした。
「みんな私にこう言った。私は貴方に呪いをかけてしまったのだと。私が貴方の人生を狂わしたのだと」
たくさんたくさん聞いた。エヴァやオセロットは深く言わなかったが、関わりがほとんどない人たちからは恨み辛みをいわれた。その度に私は火傷を負い羽は無惨なものへと変わり果てていく。彼の目に映る私はきっと美しい天使なんかじゃない。悪魔のような形相の何かだろう。
「きっとこれは私への罰だ。頑張って生きた貴方へのじゃない」
そう言って私は奥にある階段の先にある扉を見る。
「みんなあの扉をくぐっていく。貴方も入るといい」
「……お前は?」
「私はあそこに入れない。あの階段を登れないんだ。この翼では飛べやしない」
私はそう言って彼をまたみた。長く一緒にいれば、呪いの言葉を吐いてしまいそうだった。だから、私は代わりに祝福の言葉をつげる。
「私はここから、君の幸せをまたずっと祈ってる」
ずっと祈っていたというのに。彼の幸せを願ってあの任務に着いたというのに。
全て私のわがままで最悪な方向へと変わり果てていった。だから今度は下手なことはいわない。ただ、それだけをつげて、私は彼の背をおした。手に火傷を負うことはない。彼は扉を見上げただけで、歩こうともしない。
「……あの時」
彼はそう言って私を見下ろす。
「あの時,違う選択肢もあったはずだった。殺したふりをすることだってできた。あの人生を選んだのはお前じゃない。お前のせいなんかじゃない。俺自身の責任だ」
「違う」
「いいや、違わない。お前が……お前が俺の幸せを願っていたことは、エヴァやオセロットから聞いた。でも、それはもうとり返せなかった」
彼はそう言って無理矢理笑った。下手な笑顔で。
「俺の幸せは、お前と共にあの場所に置いてきたからだ」
彼は涙を流す。ほろほろと。まるで子供のように。
「俺はお前と一緒に置いて行った。燃えてなくなったあの場所に。いや、お前だけじゃない。俺にはボスがいて、少佐たちがいて……お前がいれば幸せだったんだ。お前と些細なことで喧嘩して、笑い合えればそれで俺は幸せだった」
私はその涙を拭う。彼より一回り小さな手で。彼はその手に手を重ねると、また口を開いた。
「あの時の……あの時の返答をさせてくれ。俺もお前を愛しているんだ、ナマエ」
愛おしさが混じった彼の瞳から涙が溢れる。
あぁ,いけない。泣いてしまう。そんなことを言われたら、私は泣いてしまう。
やっと言えた、と安堵したように告げた彼に、私はポロポロと涙を流した。二人ならなんだってできたはずだった。ザボスを殺さず誘導することもできたはずだった。道筋には私達はいないけれど、私達は確かにいたとは私の友人の言葉である。その未来を私も閉ざしたのだ。
彼はそっと私を抱き寄せて顔を近づける。視線がかちあう。唇がぶつかる。そうして何秒かたったのか、唇を離した彼は扉を見つめた。
「……俺はあそこには行けない。俺は誰かを犠牲にしすぎた」
「……そんなことない。みんな貴方を待ってる」
そう言って扉を見つめる。みんなあそこにいった。私はそこにいけないけれど、きっと妹と同じくどこかで目覚めるのかもしれないし、生まれるのかもしれない。
「お前がここにいるなら俺もここにいる。話したいことがたくさんある」
「それはまた聞くよ」
「どこで,いつ」
風が吹く。花びらが舞う。恐らく私は目を覚ますのだろう。
「いつかどこかでまた会った時に」
花嵐がおこり、私の視界が白くなる。そうして私はまた目を覚ますのだ。

この世界には二種類の人間がいる。前世と呼ばれる『異世界で死んだ、または過ごした記憶』を持つ人間と持たない人間である。昔からその存在は確認されており、約0.02%ほどの割合で存在するとも言われる。しかし前世という定理は未来の記憶を持つ存在により否定されて、集団幻覚という名を経て1990年代WHO(世界保健機関)により「隔離性人格障害(通称D.D)」の一部であると定められた。記憶があらわれた人は病人として「二重記憶保持者」(Dual Memory Holders、通称dmh)と呼ばれカウンセリングなどをして落ち着かせてーー世に放たれる。私もそのうちの一人には変わりなかった。当時日本にはまだ私のような「戦場及び戦禍」の記憶をもつ人間を受け入れるシェルターはなく、私は海外のシェルターで過ごしーー大学やボランティア、就業を経て今に至る。
ここには戦場や戦禍の記憶を持つ日本人と、諸外国の戦争難民達が集まる。平和にはおおよそ馴染まない、恐れられ馴染むことができない記憶をもつ彼らの行き先は日本国内ではここしかない。dmh保護及び国際難民支援センターの第3セクター。年中中庭でオオアマナが咲き誇るそこはいつしか『白い花の家』と呼ばれていた。
中庭にあるベンチに腰掛ける。まだ朝が早すぎるからあたりは静かだ。遠くの方に朝焼けが見える。
私は今日もこの狭い世界から祈る。ここにいる人達に幸せが訪れることを。世界が平和であることを。彼が幸せであることを。

鐘が鳴る。朝を告げる鐘が鳴る。起きた職員や、夜勤をしていた職員が私を見つけて、駆け寄ってくる。
「先生、出歩いちゃダメですよ!」
「昨日意識なかったんですからね!」
「もう大丈夫だ。……夢見もよかった」
ジョンにまた会えた。それだけでもいい夢であるのに、赦されて抱擁された。願望が詰まった夢だ。都合のいい夢だ。自嘲的な笑みを浮かべる。彼らは夢見,と繰り返した。
「いや、退所式に間に合うな」
「余裕で間に合うんでしばらくは大人しくしてください」
そう叱った職員に、私は苦笑いをしたのだけど。

==

その人の視線の先に何があるかはわからない。かつてのボスだった男は些細なことで何かを思っていた。それは俺たちに告げられることはない。ただ、たまに彼がうたた寝をしている時に溢される人名がある。ありきたりな名前だ。特別じゃない。ナマエ、と小さく呼ぶ。時には愛おしそうに。時には苦しそうに。時には怨みがましく。それが誰かなんて『前』の俺は知らなかった。いいや,正しくは聞かなかった。聞けないまま、あの虐殺からワームホールだったからである。
「あの世界」は「俺たちが知る世界(あのゲーム)」から少しずれながらも本筋は同じように進んでいた。誰だ変えたやつは、と最初は思ったりもしたが、本筋を知っている俺は周りの話をきいて理解した。その誰かは俺がボスと慕った男の物語を変えたかったのだ。ザボスの死去した年月日が違う。彼女の墓標の隣には知らない人物が眠る。その人物と、ボスからこぼされる人物がイコールだと思っていなかった俺は、彼にこんな言葉を吐いた。
ーーきっとその人は貴方の幸せを願った、と。まぁ当然ボスは珍しく不機嫌になった。しかし、夜には機嫌が落ち着いたのか、謝られたが。
これは「俺たち」三人がよく陥る思考だったようだが。俺たちは存在していたのに、俺たちが存在していないかのように考える。きっと誰かはそこを間違えたのだ。彼の幸せはその誰かを含むとはつゆとも知らずに。
彼女は中庭をみつめている。ここを出た誰かが彼女のために改良したオオアマナは枯れることをしらず、年中咲き誇っている。そのましろな世界で、彼が呼んだ名の女性は彼の幸せを祈っているのだ。今も、この歪な世界で。

「ドクター、体に障りますよ。貴方、倒れたばかりでしょう」
そう声をかける。彼女は驚いたようにこちらを振り返った。まだ調子が良くなさそうだ。この第3セクターはよくもわるくも彼女のカリスマ性でなんとか保たれている。これが軍隊であるならある程度は律されるが、そんなことをしようものなら国内外から睨まれるだけである。ただでさえこの場所は恐れられ敵意を向けられやすい。すなわち彼女の業務量が多い。この前だって過労で倒れ妹二人が泣き喚くという凄まじい光景が広がっていた。彼女はクツクツと笑った。
「患者に心配されるとは。私は丈夫だから大丈夫だ」
そう言って明るい笑顔で彼女は笑う。
「いい夢を見たんだ」
「いい夢?」
「……夢の中で、ジョンに会えた」
そう告げた彼女はまた白い花畑を見下ろす。
「……都合の良い夢だった」
彼女はそう言って目を伏せる。都合の良い夢?と繰り返してみたが彼女は「こんな幸せな夢を見るべきではないんだ」と小さく告げる。俺は目を見開いて、首を左右に振った。ボスに告げたように、口を開く。
「……貴方も幸せになるべきです。少なくともこの世界では貴方は嫌われていない」
俺の言葉に彼女は俺の肩を叩いて礼を告げると立ち去る。俺は白い中庭をみおろした。
あの世界は彼女を嫌悪した。彼女のコードネームのように。ことの顛末は全て彼女が原因だと誰もが彼女に責任をなすりつけた。自分が選んだ選択肢だ。責任は自分だけだ。かくいう俺も人のことは言えない。何度か彼女に責任転嫁したし、自分の記憶(あのゲーム)と違う流れに心の中で彼女を罵った。不思議な話だ。俺のように欲ではなく、彼女はただ大切な人の幸せを願っただけなのに。この世界でも彼女は願う。俺たちの幸せを。でも,そこには彼女は含まれない。まるで罪を犯した人はそれを得ることはできないというように。


「あーー、ボスいないのか?この世界」
そうぼやけば、アメリカに行く若造二人が俺の肩にてをおいた。
「安心しろ!おっさん!俺たちが探してくるから!」
「誰がおっさんだって?」
そう言って隣にいる男をしめる。こちとらまだ二十代である。いや、三十路だし、前を含めると結構な年なのは事実だが。ケラケラ笑いながらギブギブというこの若いのも、反対側に座る嬢ちゃんも俺の肩を叩く。まだカウンセリングを受けなければならない俺とは違い二人はここをめでたく退所し海外に行くというわけだ。かたや、留学兼研修、かたや就職というか就任。dmhを集めている団体でもエリート達の集合体。知識を平和のために使うその組織は「国境なき軍隊」と蔑まれることもあるが、実質的には国連が直に抱えるPKOの組織というわけだ。ちらほらとニュースになっていたが、絶対そこにはあのボスがいる,と俺は思う。現に嬢ちゃんはもうハル・エメリッヒ、すなわちあのヒューイの息子とネット上で偶然会いそのまま声掛けをされて留学兼研修に、若造は厳しい試験に合格しその部隊の所属となったわけである。
「おっさんもそのうち来るだろ?」
「馬鹿いうな,俺は普通の社会人に戻るんだよ」
そう言っていれば,目の前に飲み物が入ったグラスを置かれる。見上げてみればそこにいたのは俺より年上の患者である。イチゴと名乗る男は前世の記憶に飲み込まれた男だ。
「門出の祝い。僕の奢りだ」
「サンキュー、イチゴのにいちゃん」
「ありがとう」
そう言ってご機嫌に答えた若造のセツと嬢ちゃんのサチに俺はなんとも言えなくなる。
「なんでイチゴさんはにいちゃんで俺はおっさんなんだよ」
「雰囲気」
「雰囲気はある。イチゴさんは雰囲気は若い」
そう言った二人にため息をつく。イチゴさんは俺ではなく若造を見下ろした。
「やっぱり僕は反対だよ。平和な今、君が軍人になることはない」
「それはさー、イチゴさん、もっと他に言ってやってくれよ」
彼はそう言って飲み物をのむ。
「それだけでアンタと同じ時代の記憶がある奴らも少年兵だった奴らも落ち着くんだって。それに軍人になるとは限らんよ。内勤になるかもだし」
「でもいつかは戦場に駆り出される」
「あー、それはそう」
そう認めた若造に俺はなんとも言えなくなった。追撃が酷くなる。そう思っていれば、やぁ、と違う声がかかる。俺は胃に手を当てる。そちらを見ればクラウディアと呼ばれる男がいた。元は日本人であったのに。記憶の発現時に瞳や髪色が変わった人間である。ちなみにイチゴさんとは仲が悪い。かの大戦の日本の記憶、それも特攻隊の記憶があるイチゴさんと、アメリカ側にいた記憶があるクラウディアさんだ。しかも,元を辿れば同じ飛行機乗りである。
「また君は口を開けばそんなことをいうのか、つまらない男だ。男の門出をそう汚すんじゃない」
そう言ったクラウディアさんを憎々しげに見つめたイチゴさんに,俺はどうやって入ったものかを考える。出来るだけ穏便にとおもっていれば、イチゴ、と聞き慣れた声が聞こえた。そちらをみれば、ドクターがバインダーを手に海外式の壁ドンをしている。
「探したよ。君のカウンセリングの時間だ。テールに聞いたぞ。また飛行機を堕としたんだって?」
彼女の言葉に俺たちは彼を見る。彼は「だって」と声を震えさせた。
「敵軍に落とさないと……敵に飛行機は……俺たちは」
「イチゴ、飛行機は飛ぶものだ。堕とすものでも、ましては誰かを殺すためのものでもない。誰かを安全に遠いどこかに連れて行く。それが「今」の「君」の仕事」
彼女はそう言って飛行機の模型を彼に渡す。
「できない、だって、堕とすのが仕事だ」
「平和な時代だ。貴方はもうそんなことはしなくて良い」
「なら、この子だって戦争に行かなくて良いはずだ」
「あぁそうだな。私もそう思う。幸いなことに今はあんな戦争は起こってない」
「でも、いつかはおきる」
「そうかもしれない。でも、彼が決めたことだ。今の貴方がパイロットを目指したように彼も目指す何かがあるんだ」
「パイロット……」
「部屋を移動しよう。ほら、こっちだ」
そう言って手を引いた先生を見送り、俺はクラウディアさんをみる。
「クラウディアさん」
「助かったろ?彼、君とは仲間意識あるようだけど。君は冷戦時代、しかも自衛隊じゃなくてPFの先駆けの傭兵、付け加えるなら飛行機乗りじゃなくてヘリのパイロットだ」
そう言った彼はまた適当なお菓子をピックアップすると二人の目の前に並べた。この人も豹変するからなと思っていれば、「娘を殺した奴が作った組織のね」と言いながらアイスピックで氷を割る。こわっ。この人も境が曖昧だから、たまにこうなる。ちなみに娘とは先生を指すらしい。嬢ちゃんが見るからにビビった顔をしているが、こういう時の若造はいい仕事をする。ケラケラ笑うからだ。
「クラウディアさん怖い顔してんよ」
「おっとすまないね。僕は君達とは仲良くしたいと思ってるんだけど、つい娘のことになるとカッとなってしまう」
そう言った彼は若造をみてグラスをむける。
「君に勝利を」
「うぃっす」
若造はグラスを合わせる。かちゃんという音が鳴り、グラスがぶつかった。
「お嬢さんは確か就職じゃなくて研修と留学だったかな」
「はい」
「なら君にこの挨拶はやめた方がいいね。良い旅を」
そう言ってグラスをまた合わせてから、彼は俺を見下ろす。
「君は居残りだ」
「いや俺まだ指定年月たってないんで」
「君みたいな人は貴重だから指定年月が経っても働いてほしいところだけどね」
貴方とイチゴさんの間に挟まれたくないが、とは死んでも言わないが、苦々しい表情を浮かべてしまったのは仕方がない。若造がクラウディアさんをみながら口を開く。
「なんでクラウディアさんイチゴさんにシュミレーターけしかけんの?ああなるの、シュミレーターやった後でしょ」
「けしかけてない。アイツが使いたそうにするから席を外すだけだ。アレは腕はいい。ああ使った昔の上官が悪い」
「スコアがいいのか?」
「ああ。飲み込みもはやい。元も優秀なパイロットだったろうに。記憶をもった、その一瞬でクビを切られた。まぁ確かに乗客を乗せるのは無理だな」
俺は若造と嬢ちゃんをみる。嬢ちゃんは何か思考が違う場所に飛んでいそうだが、若造が拗れてんなぁと笑いながら告げた。
「マジで置いていかないでほしい。拗らせてる大人二人とかいらん」
「はっはっはっ、君は愉快な男だな全く」
クラウディアさんはバシバシと背中叩くとそのまま他のスタッフに呼ばれてそちらに向かう。御愁傷様と言った二人に俺は肩を落とすのだが。

==

テールという子供は常に何かを被っている。軍事用のヘルメットを手放さないのを見かねて、スタッフがバイクのヘルメットを渡したりしているが、いちばんのお気に入りは酔った先生が作り上げた、アルミのボウルに紐をつけたものだ。決して戦場では役に立たないが、戦争を恐れる周りに威圧感を与えるものではない。まぁあとは他スタッフがふざけて鍋だったりを与えてるのでスパゲッティなんとか教の信者のようにもみえる時があるが。この白い花の家には彼のような少年兵だった子供もいれば、カノンというドクターの妹と仲がいい難民だった子供もいる。戦禍に見舞われた子供、親,そんな人達もここは暮らしている。難民達は言葉を覚え、徐々に別のセクターに移って行くのであるがやはりドクターへの信頼はあついし、そのままスタッフを希望する人間も多い。治療を受ける人間だってそうだ。ドクターを慕い、そうしてここに留まることを選ぶ。その人が増えるたび彼女の自由は小さくなっていくのである。すなわち、彼女は外の世界に出ることができないのだ。
「ライクは来年海外にいくのか?」
そう尋ねれば、ドクターの妹である彼女は行かないとあっけらかんと告げる。
「お姉ちゃんの手伝いするよ」
「シャラシャーシカはいいのか?」
「シャラシャーシカは心配しなくても大丈夫だけど、お姉ちゃんは心配だもん。サチ姉もいなくなっちゃうし!」
まぁそれは否定できかねる。最近また調子悪そうだから、とムッとした彼女に、そうだなと頷く。だから悪戯もしないのかい?と通りすがりに聞いたスタッフに、彼女は「ライクも大人だもん!」と怒って見せたのだが。


==

「イチゴを連れていきたい場所があるんだが、どうしようか迷っている」
そう言って彼女はドリンクに口をつけた。クラウディアさんの隣に座った彼女に、俺は本人がいるのに良いのかと思う。クラウディアさんが口を開く。
「マイガール 、どこへ?」
「家族のところへ」
その言葉にイチゴさんは固まった。それはそうだ。彼の家族は彼を拒絶したからだ。
「申請が来た?」
「いいや、そっちじゃない。昔の」
ドクターはそう言って、イチゴさんをみる。
「貴方の昔の妹がまだ生きていることがわかった」
なるほどそういうこともあるのか,と俺は思う。同じ人物かはわからないが。僕の妹と繰り返したイチゴさんに、彼女は言葉を続けた。
「貴方の手がかりを探したんだ。長野にある出兵者のものを扱った美術館に貴方が作った模型があるのをスタッフが見つけた。貴方がまだ小さい妹に送ったものだ。その子はまだ生きてる」
「蛍が?」
彼女は妹の名をだしていない。となれば、彼は覚えているらしい。
「あなたの生家だった場所で今も暮らしていることはわかった。でも、あなたが行きたいかどうかがわからない。こういうケースは稀すぎる」
正しくは前世。俺たちとは違うものだろう。
「マイガール 、彼女はなんて?」
「彼女と彼女の家族は会ってみたいと」
「なら話ははやい。マイガールが動けないなら僕たちが連れて行くよ」
クラウディアさんはそう言った。ドクターは助かるとだけつげてドリンクを持って立ち上がると去って行く。
「俺は」
「帰るんだよ、君もね。一度帰って整理するんだ」
「……この面子ってことは」
「君が運転手だ」
そうケラケラ笑った彼に俺は頭を抱える。なんでだこのやろう。


違和感に気づいたのはその日の当日である。車を走らせている途中だ。スタッフと乗り合いで外に出たのはいい。いいが、クラウディアも何かを考えているのか黙ったままスタッフの隣に座っている。
「なぁ、イチゴさんには悪いけど、引き返して良いか?」
そう彼に尋ねれば、彼は目を瞬いた。かまないよ,と告げる彼であるが、スタッフの1人がダメっすよ、と言葉を告げる。
「なんで?本人がいいって言ってるから良いだろ?」
「今日は査察が来るらしいっす。所長とドクターが対応するんだとか。だから今日はみんな出かけるッス」
そう後部座席であくびをしながら告げたスタッフに、クラウディアさんが口を開く。
「あぁ?なるほど?それぞれ殺した方が確かに楽だからね」
そう言った彼に、視線が彼に向く。その瞬間、彼は隣に座っていた別のスタッフを狭い車内でねじ伏せた。転げ落ちたのは拳銃だろう。俺は車を路肩に停めて薬莢を抜き銃の安全装置をかけようとする、が、クラウディアさんがそれを拾い、外からは見えないように荷物で隠して膝に銃口をたてた。
「動くなよ。サイレンサー付きで助かった。音はほとんどない。君の太ももが吹き飛んでもね」
俺は知らないふりをしてスマホを手にだし、通話をきるふりをしてから車をUターンさせる。あくびをこぼしていたスタッフが目を白黒させながら口を開く。
「な、なにしてるんスか!?」
「ああ、いや。きみ、車の運転は?」
「で、できますけど……」
「なら君とイチゴは施設の前で折り返せ。君たちは関わらない方がいい」
そう言った彼に、俺はいやと口を開く。
「タクシーの金くらいは俺のカードでなんとかなる。俺たちは車で戻る。隊長不在の悪戯小隊が何か話していた。恐らくアイツらはどこかに隠れて残ってる。あそこヘリあったよな?」
「敵に制圧されてる可能性はでかい。な?」
クラウディアさんはそう言って声色だけはやけに明るく告げる。顔は全く笑ってない。というよりは表情がない。
「君たちは何がしたいんだい?おしえておくれよ」
「ひっ、俺は何も知らない」
「君、必死に隠しているが、軍出身だね。いや、pf……pmcか、それとも志願兵か。可哀想な子だ、君は。こんなことになるなんて思わなかっただろうに」
彼は饒舌に続ける。俺はあたりをみわたす。
「君のカバーストーリーを当ててあげよう。発作が起こったイチゴによる集団殺傷事件。犯人は自殺。君だけが生き残る。でも現実は違うね。君だけが死ぬ」
俺はアクセルを踏み込む。急加速した車についていけてないスタッフがいたっと声を上げた。ちなみにその瞬間、クラウディアさんは隠し持ったナイフで、イチゴさんに見えないように斬ったらしい。男が叫ぶ。
「急発進は危ないぞ」
「スナイパー防備のため許して欲しい」
「あぁそれはそうだ。あそこは狙いやすい。よく気づいたね。……うるさいな、黙れよ。僕の許可なく喋るな」
「ヒッ……」
「君はこう思ってるね。聞いてない、と。ここにいるのは、どこかの戦地にいた記憶があるだけ平凡な会社員と、特攻隊の記憶がある元パイロット、頭がいい小娘についていたスタッフに、記憶によってアルコール中毒になった僕だ。でも、現実は違う」
クラウディアさんは言葉を続ける。
「あぁ、スタッフは違わないね。ただ、君は囲まれているよ。君の目の前の男から紹介しようか?君が犯人にでっち上げようとした彼はね、民間パイロットじゃない。自衛官だ」
俺はその言葉にイチゴさんを二度見する。えっ。彼はバツが悪そうにしたが。
「……いつわかったんです」
「君は民間機の操縦はシュミュレーション止まりだ。本来民間機は会社によって採用される機体が違うから『どれか』しか運転できない。でも君は全部できる。上昇を早めにするのも乗客がいない戦闘機の癖だ。第一、特攻訓練だけ受けたにしてはスコアは良すぎる」
「じゃあここにきたのもフェイクってことッスか?」
「いや、アレは事実だろうね。ただ君は自力で戦闘機を着陸してみせ、まぁついでに上部から『白い花の家』を調べる名目できたんだろう。たまに来るから放ってはいたけど。ちなみに運転手は今はただの会社員だが、冷戦期に傭兵をしてた男だ。PFの先駆けだ。発症から期間が短い分、今でもレベルが高い。君が刃向かったとこで死ぬ」
そう言って彼はにっこりと笑って、反対側の手をさした。うわ、いったそ。スタッフがビビってる。
「僕と彼が一番無害に見えたね?君は賢いね、誰を人質にすればいいかわかってる。僕は出身こそアメリカ空軍だけど、そのあと声がかかってね。コブラ部隊という特殊部隊にいたんだ」
その言葉に俺はバックミラーごしにクラウディアさんをみた。待て。あの話にはそんな存在もいなかったはずだ。彼は饒舌に喋る。
「コードネームはhate。そう、嫌悪だ。僕は嫌悪の塊だ。僕は戦場は嫌いだし、死ぬのも嫌いだし、生きるのも嫌いだ。天邪鬼なんだ。ああでも好きなものもある。ミズーリはしってるかい?ハワイにある艦隊だ。僕はあの動かし方もしっていてね、娘に教えたらお父さんすごい!だって。目をキラキラさせてた。可愛いだろう?あぁ、とても可愛かったとも」
また笑顔が急に消える。声の温度もきえる。
「でも、hateの意味は僕が戦場を嫌ったからじゃない。あの頃、特殊部隊に呼ばれる前、僕の仕事は脱走兵と裏切り者の掃除だ。拷問にかけることもある。仲間をね。だから僕は嫌われた。嫌われ者だった。僕を赦したのはジョイとその仲間たちだけだ。……さて、君に問いかけるよ。今すぐ死ぬ、拷問されてから死ぬ、情報を吐いてとりあえず命の保障はされる。どれがいい?」
殺気がやばいなぁ,と思う。あまりの恐怖で失禁したあげく失神したらしい。汚いな,と言いながらクラウディアさんとスタッフは中腰になった。俺は窓を少し開けたイチゴさんをみる。
「イチゴさんは何か聞いてるか?」
「いいや。何も。ただ、僕が来る前にきな臭い噂が流されていた。彼女が蹶起を呼びかける可能性と第3セクターがテロリストになる可能性だ。接してみたが彼女はそんな人じゃない。彼女がそうならないなら彼女を慕う人間はそうはならない。僕はノー、他にいた数人も同じ返答をしているから療養期間が過ぎれば全員引き上げる予定だった」
その説明にじゃあ他にも何人か自衛官紛れてんのか,と思っていれば、無害そうだったスタッフが顔を顰めに顰めて、あーーもーー!と言いながら口を開く。
「もうこうなったら乗り掛かった船だから言うけど、俺は警視庁公安部の人間ッス。公安もここの設立から何人かは紛れてるんスよ。周りの反対もすげえし、反抗も予想されたから。でも、警察も政府も第3セクターは白っていう判断ッス」
「おっと、僕は逮捕かな?」
「今回みたいな事態、クラウディアさんのは正当防衛で見逃すッス。一体何がーー」
と言っていればイチゴさんのスマホがなる。はい?と出た彼はわざとオープンボイスにしたんだろう。大山少佐と呼ばれた彼に、少佐と俺とスタッフの声が被った。
「どうかしたかい?」
「いえ、外部に出ようとしたところ、子供達が第3セクターに戻るのが見えたので合流したのですが、武装集団が第3セクター内を彷徨いてます」
「装備はわかるか?」
「日本のものではありません」
「エンブレムはあるかい?」
「えっ、?」
「肩のあたりにワッペンがあるはずだ」
俺の言葉に彼はええと、と声をだす。
「構わない。見えるか?」
「いえ、遠すぎて……」
「キツネ!」
テールの声である。もが!と口を塞がれたらしいが。キツネ,と繰り返す。キツネのエンブレムなんて,このリアルにあったか,と考えていれば、向こうのマイクも声をひろう。
「イチゴさんもいい人?」
「あぁ、彼は味方だよ」
「今日、イチゴさん、グランパと出かけてるのみた!グランパに伝えて欲しいよ!あれ、多分、パラミリ!」
英語で告げられたその言葉に俺は車を飛ばす。パラミリ?とスタッフはよくわかっていなさそうだったが。
「CIAの純軍備隊だ。特殊部隊上がりが多い。いくらあの子でも一人じゃ無理だ」
「は!ん上司に連絡するッス!」
「やめとけ、日本の警察なんざ狩られて終わりだ」
「いや、警察は噛ませた方がいい。日本国内の事件だからね」
「自衛隊は?」
「無理だ。要請がないと動けない」
「ライキー、そっちからラフメイカーに連絡とれるか?」
「やってみる!」
「こっちも手を考える。派手なことはするな」
「りょーかい!」
そう言って電話口から遠ざかったライクに俺はクラウディアさんをみる。
「クラウディアさん、昔の部隊に連絡取れる?PKOにいるくないか?」
「いや、調べたけど彼女達は一線を引いてる。退役してるはずだ」
やっぱりいるのかーーとは思わなくもない。ならば、俺は自分の鞄から財布を手繰り寄せてイチゴさんに渡した。
「イチゴさん、悪いんですけど、この中に名刺入ってるんで読み上げてほしい」
そう言えば彼はわかったと告げて読み上げる。商社の取引相手、工場、趣味の仲間。その中に一枚だけあるはずだ。昔、いつの間にかもらったことになっている名刺が。
「カズヒラ・ミラー」
その言葉に「それだ」とつげる。
「電話番号かいてない?」
「表側にはない。ただ、裏側には数字がある」
「何桁?」
「少数含めて6ーー」
「スタッフ、これはドクターが手配した車だな?」
「そうっスけど……」
なら、無線の機能があるはずだ。とりあえず、カーナビあたりにあるものをいじる。画面をタップしていけば、何かの拍子に無線の画面になった。イチゴさんがそれをいじり、無線の数値をあわせる。俺はそれを確認してから英語で口を開いた。
「マザーベース、聞こえますか。こちらモルフォワン。至急応答願います。繰り返す。マザーベース、応答願います。こちらモルフォワン、フェザントより通信。至急ーー」
「こちらピークォドよりパフィン。フェザントさん!お久しぶりです!カズヒラ副司令からあなたにあったとは聞いていましたが、記憶はないと……」
「パフィン、悪いがカズヒラ副司令かボスはいるか?」
「はい、今エレファントが呼びに行っています。すぐに来るかと……」
まあー、ヘイティさんが俺の座席蹴るよな。
「まさかと思うがあの男を呼ぶのか?僕の娘を殺した男を?」
「ヘイティさん、それは昔の話だろ。彼女は今生きてる。それに他に手立てがあるか?本当にパラミリ相手なら俺と貴方だけじゃ無理がある」
そう言って彼を見る。
「貴方の気持ちもわかる。でも、彼女と子供を助けるのが優先だ。また娘を殺されたいのか?」
彼は苦々しい顔をした。しばらくすれば、ボス、副司令、こちらです!と呼ばれて二人がやってくる。
「フェザント!やっと思い出したのか!遅いお目覚めだな」
「お前ホワイトカラーしてるんだって?」
「なかなか様になってたぞ、ボス」
そんな会話に俺は苦笑いをする。記憶に全くない。やめてくれ。
「ボス、副司令、思い出話に興じたいところですが……貴方達はPKO所属ですか?」
「あぁ、上司から引き継いでな」
そう言ったボスに俺はだよなぁと思う。
「では、アメリカに?」
「いや、今は所用で日本のアメリカ軍横須賀基地にいる」
その言葉に俺は進路を変えた。合流したほうが早い。「飲みに行くか?外出許可はすぐ取れる!」とつげたカズヒラ副司令に、いえ、それはそのうち、とつげる。
「ボス、あなたに力添えいただきたい」
「……何かあったのか」
「白い花の家をご存知ですか?」
「白い花の……」
「日本にあるdmh保護及び国際難民支援センターの第3セクターの通称だな。数年前に建てられた」
「あぁ、ラフメイカーの出身か。それがどうかしたか?」
「そこがどこかの特殊部隊に包囲されました。恐らくあの日のように査察と偽ってね」
向こうが息を呑む。
「ーースタッフや患者は?」
「勘づいた一人のドクターにより徐々に脱出、今は分散しています。しかし、ドクターが残っていることに気づいた子供が数名施設に忍び込んでいます。付き添いはいるし腕はたちはしますが、子供です」
「説得は」
「聞きません。あの子にとって、ドクターは姉でもあり母親であるようです。きっとそばを離れない」
そう言って目を伏せて息を吸う。祈るしかない。昔のように彼が彼女を嫌悪していないことを。
「ドクターの名前はナマエ。恐らく昔の名はナマエ・クラウディア」
彼は息を呑む。俺は畳み掛ける。どうか頷いてくれと願いながら。
「ボス、貴方が昔寝言で名を紡いだ人物だ。貴方が確かに嫌った人です。だから、これは俺たちのわがままです。俺たち、白い花の家に住む人間の総意です。彼女をどうか助けて欲しい。PKO(貴方達)が関与した形跡を残さず。恐らく、貴方にしかできない」
「ーーわかった」
ボスの言葉に俺は目を開く。力強い声で。
「ナマエ達は必ず俺が助ける。任せておけ」
その言葉に向こうは慌ただしくなった。同時にオセロットと思われる人物がお嬢ちゃんからの連絡をもっていったようだが。俺は息を吐く。まだ安心するには早いが。イチゴさんとスタッフはよくわかっていないだろう。
「イチゴさん、スタッフさん、ちょっと今から起こること目を瞑って欲しい」
「……いいとも。何もなかった、ことにするっていうことだろう?」
イチゴさんはそう言って見せるあたりいい大人である。スタッフがため息をついて、わかったッスとつげた。
「下手したら俺の首が飛ぶかもッスが、まぁ、ドクターに雇って貰えばオッケー」

==


気持ちが悪い。吐き気を催す。私を押さえつける所長となった男に私は眉間に皺をよせ、唾を吐きかけた。彼はそれを拭うと鼻で笑う。
「勝気な奴だな。抵抗してみろ、あそこにいる女の首が飛ぶ」
そう言って彼は私に触れる。気持ち悪い手つきで。
ーー抵抗できたはずだったのだ。逃げ遅れた人がいなければ。この男が何かを考えていることは、出会った時からなんとなく理解していた。というのも前所長が病死する前に私にコイツには気をつけるように告げていたし、妙に私にだけしつこかったのである。元は政治家。その裏では世界各地にいるdmh開放戦線という国際テロリストに所属する一人。dmhの有効利用をするという観点で、第3セクター(白い花の家)の患者や子供を軍隊に仕立てたかった男。
ーーわかっていた。彼がいつか、手下を率いてここにくると。外側からわからないように制圧し、患者達を兵士に変えると。それを阻止するために動いていたのにこのザマである。人質がいなければ私に対して何もできない哀れな男。私に銃口を向けた兵士は何で彼に従っているのかわからない。
彼の手が服を弄る。この先はわからないほど馬鹿じゃない。私は人質となった彼女をみた。私は大丈夫だと口パクをすれば、彼女は目を少し見開いた。馬鹿な男達だ。油断すれば、どうなるかなどわかっていないのだから。


気持ち悪い行為だ。ただの欲を満たすだけの。どれくらいの時間がたったのか、私は視線を時計に向ける。身体的、殴るなどの暴力行為、薬剤を楽しんで次はこれだ。時間は結構経っている。次に人数を数える。恐らくこの男の護衛だ。スタッフである女性を使ったとはいえ、私を押さえつけたのを見ると腕利きだろう。まぁ,今は興奮しているようだが。逃走経路。窓、もしくは扉。窓は彼女を連れて行くには危険すぎる。そう扉を見たときである。音もせず、扉が微かに開くと、その先に青い瞳が見えた。少しだけ私は驚いて、何を見ているといった男に視線をかえた。喘ぎを我慢するふりをしながら。口元を右手で口元をかくし、左手をソファの外側になげだして。やはりお前も雌だなと言う男は下品な顔だ。虫唾が走る。左手で人数を表す。どこにいるか、何人いるか。周りの男達は気が付かない。私をみて興奮しているから。私はそれを見て嘲笑う。
「Вы глупый человек.(馬鹿な男)」
そう言ってのしかかっていた男の鳩尾に蹴りを入れる。行われていた行為を興奮したように見ていた兵士達が一瞬驚いたすきに、扉から飛び込んできた人物がCQCを使いダウンさせた。そうして飛び込んできた人が向けた銃口に、私は少し身を翻す。プス,というサイレンサーの消音と共に私に近づこうとした男は倒れた。血はない。恐らくは麻酔銃だろう。女性にも向けようとしたその人物に、彼女は眠らせなくていい,と告げる。落ちていた下着を拾い、身につける。服もボロボロだが、まぁあるだけマシだろう。他の確認している彼を尻目に私は女性スタッフに大丈夫?と尋ねれば彼女は何度もうなずいた。それからようやく私は彼を見た。毎度のことながらよく似た人をつれてくる。いや、幻覚か。彼はズカズカと近づくと、私を見下ろした。
「何された?」
「……君が目撃した通りだよ。ただの屈辱的な暴力行為だ」
その言葉に彼は眉間に皺をよせる。私は困った顔をした。
「君に嫌なものを見せてしまった」
「メディックを待機させているが……」
「アフターピルがあれば嬉しい」
「……わかった。メディックに準備させる」
そう言った彼に私は礼を告げた。無線でやり取りをする彼に私は少しだけ目を伏せる。幻覚剤を投与されている。他の薬も恐らくは。それが今更きいてきたのか四肢に力が入りづらい。フラフラと視界が揺れ、周りに白い花がさいていく。それと同時に音が消えていく。こちらを見下ろした人物は、いつものように隻眼のジャックに変わった。室内なのに空が見える。なんだ,と私は自嘲する。いつもの幻覚だ。
「なんだ……いつもの……あいつらの手段の……幻覚剤の幻影か……ただの、私の願望か……」
きっとそこには彼はいない。
足に力が入らない。私はそのまま白の世界に座り込んだ。目の前にいる誰かは私を覗き込み,何かを告げている。その人の胸元に備え付けられたナイフをみる。本物かいなかはわからないが。今この状況でここにいてはいけない。すくなくとも、見かけた妹をふくむ子供や、もう敵意など無いだろう彼女をこの施設から連れ出さなければならない。男の隙を見てナイフに触れる。触れるということは本物だろう。されを引き抜くと、驚いた男をよそに、私はそれを自分の腕に刺した。痛み。それにより視界がクリアになる。足元に花が消え、ただの元の部屋に変わっていく。音が戻ってくる。前を見れば髭面の男が一人、何してるんだ、と叱ってきたが。私は動く片手で彼に触れる。彼は拒むことなくそれを受け入れた。触れれる。骨格も多分視界に捉えてるままだ。都合の良い、替え玉を用意してきたのか。それとも。そう考える私にかわり、彼は私の手に手を重ねた。
「……俺は幻影じゃない。誰かさんが俺に会いに来る気配がないから会いにきてやったんだ」
その瞳には確かに感情がある。口先だけじゃない。
「話したいことは山ほどある?聞いてくれるんだろう。また会った時に聞くって、俺はあの時あの場所で確かに聞いたぞ」
行くぞ、外でみんな待ってる。
そう告げた彼に、ジャック?と彼を呼ぶ。あぁ、そうだ、と頷いた彼に、本当に?と尋ねれば彼は疑い深い奴だなと眉間に皺を寄せた。そうしてから揶揄うように彼は口を開いた。
「お前が犬が嫌いだってオセロット達にバラすぞ」
その言葉に目を瞬く。オセロット,と繰り返してから、眉間に皺をよせる。
「嫌いじゃない。苦手なだけだ」
「そうか?」
「そうだ」
「昔ウルフドッグに追いかけられて半泣きだったくせに。犬ぞりに行くたびに、お前めがけて犬がきてよく俺の背中に回り込んでた」
「うるさい。狼の大群はみんな怖いだろう。君だってまた吸血鬼がーー」
「怖くない」
「夢に見るほど怖がってたくせに」
「あんなものまやかしだ。あとお前が信じたサンタクロースの追跡は嘘だった」
「あれは君が信じてたから私は話に付き合ってあげただけだ。信じてたのは君だけ」
「ならサンタはいないのか?子供の前でも言えるのかお前」
「サンタはいる。子供のころは私の家に来なかっただけで、君に会ってから来た」
「あぁ、そうだ」
やけに嬉しそうな声だ。その理由を私は知ってる。クリスマス前に彼は私を買い物に連れ出して、何が欲しいかリサーチしていた。すなわち、私が気づかないふりをしていただけで、彼が律儀に買ってサンタのふりをして私の家にプレゼントしにきていた、というわけだ。そんな些細な話を知る人など、彼いがいはいない。
ふは,と私は笑う。クスクスと。あまりにドヤ顔をするものだから。あまりに嬉しそうにするものだから。
「その表情は、君だ」
「まだ疑ってたのか」
「私に幻覚剤を仕込んでどうも君のふりをして近づいてくる君の偽物が多いんだ。また会えて嬉しいよ、ジャック。あってそうそう頼むことじゃないが、ナイフを抜いて欲しい」
そう頼めば彼はため息をつくとナイフを握る。そうしてカウントをしてナイフをぬいた。痛いが、すぐに押さえ込んで止血をする。
「悪い、強心剤はある?」
「生憎必要最低限の装備だ。それを強請るということは立てないんだな」
「役立たずで悪いが、投与した薬剤がだいぶ回ってきた」
「俺が担ぐ。気にするな」
「他は?」
「子供は四人、それにつきそう大人を一人保護している。あとはお前だけだ」
「彼女もだ」
「……だが、」
彼はそう言って彼女をみる。私は口を開く。
「彼女はただのウチの優秀なスタッフだ」
「……わかった。そういうことにする」
ジャックは私を姫だきにする。これはいけない。
「君の両手が塞がるからやめたほうがいい。後ろは私がカバーするが、前はそうじゃないだろう」
「お前な、もうちょっとこう甘い台詞を……」
「エヴァみたいに可愛いげがなくて悪かったな」
そう言ってホルスターから彼の武器をもらう。彼は片手で私を支えると落ちていた銃を拾った。
「お嬢さんは悪いが自分の足でついてこい」
「ええ……」
頷いた彼女に、私は手招く。近づいた彼女にデコピンをした。
「君の罰はそれでおしまいだ。いいね」
額をおさえて、はい,と頷いた彼女に私はよしと頷く。ジャックがため息をついて外に出た。

そこから先は随分とスムーズだった。迎えのヘリも来ていたし、それが遠ざかるくらいで警察が到着していた。ヘリにいた妹達が半泣きのまま私に飛びつく。私は遠ざかって行く施設を見ながらーー意識を緩やかに落とした。

==

人を殺したことはあるか。その答えは今はノーだ。だって、今は平和だからである。でも、昔は殺した。たくさん。それが仕事だったからである。私はあそこの結末は知らない。親を知らず、祖母とも引き離され、私に付き添ったのは一人だけ。山猫という名前を持つ、赤を身に纏った男だけだった。
彼は私に誰かを重ねたし、私も彼にあったことはない父親を重ねた。いや、それは嘘。私の父親は正しく私がヒグマと呼んだ人物である。イーライ達と同じ。ヒグマは私を見て,たまに何か考える。まるで幽霊がいるかのように。まぁ、それは一人目のヒグマだけで、二人目のヒグマーーメガネグマは普通に接してくれたけど。
私はただしく、ビッグボス と呼ばれた男の娘である。金髪の美女に育てられたらしいイーライ、数多の育ての親に育まれたデイヴィッド。そして私が死んだ後に生まれた私の妹。私達は皆母親を知らない。知っているのは世界に嫌われた人だということだけ。だから、私は名付けられた。似ているという意味と、正反対の意味で。like、と。

この世界でも、私の母親は彼女である。戸籍の上は妹となっているし、伏せられているが彼女は母親である。彼女に幻覚剤を投与し、行為に及んだ誰かとまだ子供だった彼女の子供。妹だってそうだ。彼女の実親達は私たちを憎み、彼女は私達を彼女の実親から遠ざけた。彼女は私達を愛した。家族として。恨まれても仕方がないというのに。
「ヒグマ」
そう言ってかつての父親達を見上げる。振り返った二人に、これじゃあ二人を指すのかと思いながら私は口を開く。
「メガネグマ」
「俺か」
「私、血液型一緒」
そう言えば彼は目を開いた。血が足りない彼女に血を返せるなら。彼は首を左右にふった。
「お前だけじゃ足りない」
「マミーは、今すぐ必要。私は猶予ある、ちがう?少しでも、命の時間がかわる、違う?」
私の問いかけに,彼は、頷くあたり判断力があるのだ。テキパキと指示を出し始める周りに、かつて父親がわりをしていた男性が私のそばについた。
「お前の妹は、彼女を姉だと言っていたが」
「うん。マミーの両親がそうしたかったから。それもこれも、ヒグマが悪い」
私はそう言って子供っぽくムッとする。座らされた椅子で足を動かして彼を蹴る。
「マミー、今はお医者さん」
「医者?」
「あそこができるまで、国境なき医師団で働いてた。それこそ、ボランティアなら、学生の頃から。でも,ある日、えいや!って何かを鎮圧したの。そうしたら、世界が変わったんだって、前の施設長が言ってた」
「……dmhを狙った強姦か」
そう、dmhは戦力になる。dmhの子供はdmhになる傾向が強い。それを狙った強姦事件というものがこの世界ではたまにおこる。
「誘拐されたんだって。施設長が見つけた時、薬を入れられてた。定まらない視点で誰かを見てた。薬なんてない。彼女に何かあったのかはわからない。彼女達が私を見つけた時、私はお腹の中で大きくなりすぎてた。それは妹も一緒。マミーは私達を殺さなかった。だから、彼女の両親は彼女を嫌った」
ぐすぐすと泣いてしまう。だって、彼女が死んでしまえば私たちは行く場所がない。誰にも愛してもらえない。
「マミーしんじゃやだよう」
ここには妹がいないから、私は泣いてしまう。かつてオセロットと呼ばれた人は私をハグする。
「大丈夫だ」
「しんじゃやだよう……」
それはきっと、私だけの願いではないけれど。



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