さよなら、ヒカリ。またきて、ひかり


「帝一も総理大臣かぁ。零の予想は当たってたな」
「そういう貴方も地位的には並んでるのにね」

 そう言って、ネクタイを結ぶ。自分で結べるくせにこうやって未だ結ぶように促してくるこの人は甘えっ子か、と言いたくなる。いや、実際甘えっ子なんだろう。愛妻家、と謳われることがおおいけれど、実際は私に甘いだけだ。

「ほら、結べましたよ」
「ん、いってくる」

 そうくしゃりと頭を撫でられて、額にキスを落とされる。お互いいい歳なんだからやめろというのに。

 ――あれから何十年たったか。
  あの薬物中毒の運転手は釈放され病院に入れられたけど、そのまま幻覚が振り払えなくて弱っていき――怪奇的にしんだらしい。らしい、というのはテレビが面白おかしく取り上げたから私が知っただけだ。なんでも部屋一面に光が云々という言葉を書き連ねていたらしい。怪談か。
 何十年たっても、私の記憶は戻らなかった。両親は、私の記憶はあの子達が連れ去って行ったんだよ、と老いた口で最近呟いた。そして、小さな懺悔も含めて。聞き取れなかった言葉を聞き返したけど、教えてくれなかった。
 まぁ、記憶はないが、今が幸せなのは間違いがないのだし、別に構わないのである。
 
 弾は私を海に連れて行った。青い海はとても好きだ。今でも環境汚染が問題となった区画に行って「ここの海は黒かったんだぞ」と子供に教えることもある。そのたびに、私は懐かしい気分になる。知っているような気分にもなる。でも、思い出せないのだ。弾にそれを言えば、彼は無理に思い出さなくても良い、といってくれる。複雑な表情をしながら。昔は工場地帯だったその町は少しずつ変わりつつあった。昔はいろんな事件が起こったらしいが、今は穏やかな町に変わっている。それもこれも、弾の仕事の成果が大きいらしい。

「零?」

 そう首を傾げたこれまた歳を重ねた旦那様に、笑う。いろんなことをつらつらと考えていると言えば、恐らくはこの旦那様は酷く心配するのだろう。

「――いろんなことがあったけど、ずっと幸せだなぁって」
「なら、良かった」

 幸せにしないと祟られそうだからな。
 そうおどけたように笑った旦那様に、私も笑う。偶にぼやかれるその言葉の意図はわからない。でも、弾にとっては意味があるんだろう。

「弾を好きになって、良かったよ。毎日、光の中にいるみたいで、幸せだなって」
「……、俺も」

 そう頬を撫でた弾に、笑う。近づいてきた顔に目を伏せれる。しかし、それはガン!と言う音とともに開いた扉に邪魔されてしまった。

「あー、もう! 朝からイチャイチャすんなよ!いい歳して!」
「おかーさん! アタシの服は!」
「旦那様! 仕事に遅れてしまいます!」
「わかったわかった」

  弾はそう笑って、私の体を離した。くしゃくしゃと私の頭を撫でるのはいつものことだ。

「いってくるな」
「いってらっしゃい、気をつけて」

 そう告げた弾は運転手さんや秘書を連れて歩き出す。私はそれを見送って、ああ幸せだな、と目をつむった。


 ――「私」は知らない。今もどこかで「僕」が彼らといることを。彼らの存在が怪談めいた話として、ネット上で囁かれていることを。
 ――「僕」は知っている。大鷹弾という男が、「僕」の名をあの塔に刻んだことを。タミヤと「僕」達に、「あの子」の幸せを誓ったことを。

 ――誰かは知っている。耽美で悲劇的な『残虐劇』が、煌びやかで喜劇的な『おとぎ話』に変わったことを。


fin




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