世界の中心がボスになるまで(1)
197X年。
ある地域で内戦が起きた。ソビエトの支配に、一部の政治家や学生達が反旗を翻したのである。
彼らは、「Hymn to Freedom(自由への讃歌)」と名乗り、ソビエトからの独立を測ったのだ。しかし、戦況は困難を極めた。傭兵を雇い入れ、やっとのことで掴んだ勝利も喜びには遠かった。夥しい量の死体、孤児、難民、瓦礫。自分達の描いた理想郷とは全く違う。リーダーを名乗っていた男は、一人の英雄にその罪をなすり付けることで、自分を正統化しようとした。
当時、二十代にも満たない少女に。
しかし、彼の目論見は失敗に終わる。誰かが彼女を助け出していた。彼が最後に見たのは、もぬけの殻になった彼女の部屋だけだった。
ボス、と周りから呼ばれ、慕われる男は目の前にいる少女をじっと見つめた。少女も同じく男をじっと見つめている。何もない部屋である。あるのは簡易なトイレとベッド。まるで、監獄のような部屋に二人はいた。と、言ってもここで生活しているのは少女だけで、男は偶々訪ねてきていただけなのだが。男は少女の名を知らない。何故なら、同じ戦場をかける仲間ではあったが名乗り合うほどではなかったし、彼女は何時もリーダーと呼ばれていたからだ。同じく、少女も男の名を知らない。彼の周りの傭兵達は隻眼の彼を「ボス」と呼び慕っていたからだ。違う点と言えば、彼の場合、名を捨てているということくらいだろう。
「お久しぶりですね、」
先に口を開いたのは少女である。ベッドに座る少女は彼に軽く頭を下げる。男は、あぁ、久しぶりだな、と軽く返した。
「君の姿が見えなかったから、探したんだが……驚いた。こんなところにいるとはな。通りで見つからない筈だ」
「あー、はい。私もいきなりのことでびっくりしました」
「……緊張感がないんだな、もうすぐ処刑されるというのに」
「知ってたんですか、っていうか、もう、公の事実ですもんね」
少女は笑った。何処か諦めが入った笑い方である。いや、実際、この状況に諦めているのだろう。この国における、彼女の居場所はなくなってしまったのだ。逃げ場所はない。彼女を慕っていた部下は別の地域にとばされてしまっている。いるのは権力に怯える臆病者ぐらいで、ここには彼女の味方はいなかった。
少女の笑いに対し、男はため息をついた。元々、この少女に会いにきたのは彼女の腕を買っていたからだ。彼女は若いながらなかなかいい腕をしている。医学しかり、戦闘しかり。彼女が是といえば、彼女を自分の部隊に引き入れようとしていた。彼の部隊には今、衛生兵があまりにも少ない。だから、必要だった。男のため息は、少女に対する呆れだった。生にしがみつこうとしない彼女に対しての。
「生きたくないのか?」
「どちらでもいいです」
男はまた深くため息をつく。
「どうして?」
「だって、もう居場所がないんですもん」
呟くようにそういう彼女に、一瞬影がさす。男は少女を見た。少女は笑う。
「だって、助けてくれそうな友人は別の地域にとばされてしまったし、親は殺されてしまっているし、周りからは鋭い目で見られるし。死ぬしかないでしょう? それに、私が処刑されることで、汚名を被ることで、国が、みんなが幸せになるなら、それでいいです」
男は一瞬動きを止めた。何かに動揺しているらしい。はっ、と我にかえると、少女を引っ張り立ち上がらせる。
「逃げるぞ」
「え?」
「お前は、死なせない。死なせてたまるものか」
何か焦燥にかられたようだった。少女はポカンと男を見上げる。
――彼女を、あの人のようにはさせまい。
少女とあの人は違う立場だが、どこか似たものを彼が感じたのは確かだ。
男は軽々と少女を抱き上げる。少女は抵抗しなかった。そして、ずさんな警備――いや、彼を慕うようになっていた兵士達の間を堂々と抜けていく。彼らの移動手段であった車に彼女を乗せれば、彼の仲間達は少女を隠すように座った。
ブルン、とエンジンがかかり、車が動き出す。展開についていけていない彼女に、彼の仲間の兵士が高らかに言った。
「ようこそ、国境なき軍隊へ」
そう、それが彼女のある意味の「はじまり」だった。彼女と、彼の物語の。