世界の中心がボスになるまで(2)
その少女は、幼い頃から大人のようにしっかりとしていた。どれくらい、と言われれば、周りからは天才と称されるぐらいに。やる気のなさそうな表情をしているくせに、頭がずば抜けて良いのだ。因みに、彼女が好きなのは怠けることである。どう怠けるか、ということに、よく頭を働かせる。そんな怠け者でしっかりものの少女は幼い頃から医者である父親の手伝いをしていたからか、医術に関しても詳しかった。アメリカなら確実に高校、いや大学に入れていたのだろうが、彼女の住む国にはそういう制度はない。だから、普通に同い年の子供と、学校に通っていた。
――彼女が十八になった時だ。その日、いつものように学校に行った彼女は厄介なことに巻き込まれた。反政府を掲げる集団が学校を占拠したのである。いや、これでは語弊があるだろう。彼女の通う学校の理事長や校長、教師達がその集団の中枢にいたからだ。彼女達は戦うことを余儀無くされた。戦闘経験もロクに積まぬまま。父親は今はまだ翻すべきではない、と、最後まで従軍に反対していたが、呆気なく敵とみなされて殺された。少女の母親と共に、周りへの見せしめとして。少女には両親へのすこしの悲しみはあったが涙は出ず、何故か殺した人間への憎しみはなかった。どこか、夢心地のように感じたのかもしれない。
少女は戦場に行った。
学友達と武器を持って戦い、あるときは負傷兵を手当する。いつからか彼女は、学友達のリーダーとなっていた。それと同時に、彼女は医者達を束ねるようにもなった。
そして、そのころになると彼女は仲間に諭されることも多くなっていた。
――命を捨てるな、と。
彼女自身、はっきり言ってしまえば、死ぬことに恐怖はない。何故かというと、それは彼女の記憶に関係していた。彼女には彼女でない頃の記憶がある。一般的に前世、と言われるそれだ。前世の自分が死んだ記憶もしっかりとある。常人ならリセットされる筈のソレがリセットされていないのだ。二度目の人生を歩んでいるからこそ、彼女は死が怖くなかった。
だから、彼女は、別に処刑をされてもよかったのに、と感じていた。助け出されて数日たった今でも。
自分を助け出した、目の前で葉巻を蒸す男を見つめる。隻眼、バンダナ、葉巻、ビックボス(vic boss、勝利のボス)という愛称。前世で自分が好んだゲームに出てきた男にそっくりである。これでカズがきたらまんまだな、死亡フラグは大量にある、なんてぼんやり考えていると、目の前の男は視線に気づいたらしく、こちらを向いた。
「どうした? ナマエ」
ナマエ。それは彼女の前世の名前だ。少女も彼と同じく名前を捨てた。いや、捨てさせられたとも言える。だから、少なくとも慣れ親しんだ前世の名前を使うようになった。男――ボスと一般的に呼ばれる男は、ナマエを見てきょとんと首を傾げた。年相応の動作ではないが、この男はそういう動作がやけに似合う。
「いえ、何も」
「何もないわけないだろう?」
「いや、考え事していただけです。気にしないでください」
ナマエの言葉にボスはつまらなそうに、そうか、と言った。
「ボスって可愛いですよね」
なんとなく、だ。ナマエはなんとなくそうポツリと呟いた。先程の動作もそうだが、彼は何処か可愛いらしい仕草をやってのける。ボスは呆れたように彼女を見る。
「それは、男に言う言葉じゃないだろう? ましてや俺のような男に」
「えー、そうですか?」
「三十五を超えた男にいう言葉じゃない」
お前の感性は本当に不思議だな。
余計な一言ですよ、それ。
ここ最近――といっても彼女が入隊したのは数日前だが、よくかわされるようになったその言葉にボスは笑う。それに彼女はムッとした。
「そういえば、明日にはここをたとうと思う」
「そういえば、っていう話じゃないですよね?」
「あぁ、そうだな。南米へ渡る」
「空路は?」
「空路でなく海路だが、ちゃんと確保済みだ」
彼はナマエを見た。彼女はボンヤリと外を見つめた。
「思い残しはないか?」
「ええ、ありません。大丈夫です」
「……そうか」
「安心しましたか?」
「ん?」
「私が死にたいって言わなくて」
彼女は知っている。ボスがよく彼女に声をかけるのは、彼女を死なせない為だ。彼女にすれば、変に自殺だけはしたくないと思っているので、死のうとは思わない。ただ、すき好んで生きようとも思わないのが彼女だが。
「……あぁ」
「生きる意味をね、暫く探してみます。貴方達と一緒に」
彼女の言葉に、彼はぐしゃりとナマエの髪を撫でた。