いつかどこかの日常




 ナマエには鮮明に覚えている夢が三つある。
 一つ目は、金髪の女性が横に寝そべっている夢だ。自分の手がモミジみたいに小さく、また、隣で寝ている二人の赤ん坊と自分が同じサイズなのを考えると、自分は赤ん坊なのだろうと推測できる。金髪の女性は愛おしげに「私と、あの人の、愛しい子」とナマエを撫で、ナマエはなんだかそれがむず痒くて寝返りを打とうとするのだ。女性はその行為までも愛おしげに見てくる。ナマエはいつしか、夢に出てくるこの人が母親なのだろうと結論づけた。髪の色も目の色も違うのだが、なんとなくそう感じたし、隣に眠る二人の赤ん坊は自分の兄弟――三つ子のうちの後の二人なのだろう、とこちらもなんとなくだがそう感じた。それがわかってから、ナマエはその夢が幸せに思えてきた。その夢は、だいたい隣に眠る赤ん坊のどちらかがないて目覚めるのだが。

 二つ目以降の夢は、記憶の振り返りみたいなものだろうとナマエは思う。黒髪の女性、クラークと呼ばれていた女性に連れられて行った先には自分よりすこし年下であろう子供がいた。産まれながらにして白髪なのだろう彼は、自分と同じ目の色をしていて、興味深そうにこちらを見ている。お互いに見つめあっていると、クラークはナマエに向かってこう言った。「ナマエの兄妹、ジョージよ」と。懐かしい記憶の夢だ。その後はだいたいどちらが年上か、という喧嘩をして、クラークに怒られてゲンコツを頂いた所で目覚めるのだが。

 三つ目の夢。その夢だけには、一人の男が現れる。「今から会いにいくのは貴方の父親よ」クラークがそういって、ナマエをとある部屋まで連れて行く夢だ。部屋に入ったのはナマエだけ。目の前には白髪に自分と同じ色の瞳を持ち、まるで海賊のように右目に眼帯をつけた男が、こちらを険しい顔で見ている。ナマエは蛇に睨まれたカエルのように、動けなくなった。でも、こちらが泣きそうになれば向こうは慌ててあやしてくれたので悪い人ではないし、本当は優しい人だと今のナマエはわかっている。ただ、自分が「グランパ」と慕う人が嫌いなだけで。

 ナマエはそんな話をツラツラと目の前にいた壮年あたりの男性に言った。白髪に自分と同色の瞳。左目には眼帯をしていて、夢の中に出てきた男にそっくりだ。男は書類から顔をあげると、自分の目の前に座る子供を見た。子供――ナマエは「ワークブック」と書かれた問題集の上にだらけるように頭を乗せた。

「一つ目のそれは他の兄弟とナマエを産んだ代理母の記憶だろう。二つ目は私との出会い、三つ目はビッグボスとの出会いの記憶だ」


 男の答えに、ナマエは「ジョージもやっぱりそう思う?」と苦笑いした。ジョージ、と呼ばれた男性は万年筆の先をナマエに向け、「ここではダディと呼べといっただろう」だなんて怒る。ナマエはそれにあっかんべーとすると、むっとした顔で男性はナマエの頭を軽く小突いた。

「娘よ、ちゃんと勉強しなさい」
「簡単すぎて頭痛がする」
「大学に行け、と言ったのに行かなかったのはナマエだろう?」
「この姿で大学とか、笑えるー」

 ナマエはうなだれたまま答えた。ナマエは十代前半、もっと言ってしまえば十代になりたての子供だ、外見的には。中身は三十路をすぎた女性であり、幼い頃から一流の教育を受けている女性でもある。外見と中身がちぐはぐ。それが、ナマエとナマエの目の前に座る男・ジョージ=シアーズだった。ジョージ=シアーズの場合はナマエとは逆だ。中身より外見のほうが年齢が高い。老けているとかそういう問題ではなく、彼の場合は他人より年をとるスピードが速い。二人は同い年ぐらいであったのに、親と子、下手をしたら親と孫にまで間違われる原因は、病気などではなく、自分達が作られた存在であるからだと知っている。
 かたや、二十世紀最高の戦士と謳われた男の完璧なクローン。かたや、その戦士の細胞を利用されて作られた存在。ジョージが人の倍以上年を重ねるのは、使われた細胞のせい。ナマエが年を取らなくなったのは他の兄弟に施されたものの副作用のせい。私達、足して割ればいいんじゃないかな。あぁ、そうだな。なんて会話は昔からだ。

 ナマエが襲ってきた眠気と格闘していると、ジョージはため息をついて立ち上がりナマエを抱き上げる。ついでに横にあった古ぼけたウサギだか犬だかわからないぬいぐるみを持った。ふわふわとした高いソファの上にぬいぐるみと共に寝かせて頭を撫でる。

「娘よ、すこし眠りなさい」
「ん、おやすみなさい、ダディ」

 トロンとした瞳で見上げるナマエに、ジョージは瞼にキスを落とすと満足気に笑った。