いくつかの世界の終わり




「ナマエ、あなたはお父さんに会いたい?」

 リキッドから逃れてきたナオミと、サニーの料理を手伝っていたら不意にそんなことを聞かれた。私は左右に目を泳がせる。

「会いたいの? 会いたくないの?」
「どっちのお父さん?」
「……両方よ」
「私を殺してくれるの?」
「いいえ、違うわ。お父さんに会いたい?」

 ナオミは真っ直ぐ私を見つめる。私は震えながら頷いた。

 それから。ナマエは私をノーマッドから連れ出した。サニーやオタコン、スネークにサヨナラを言えなかったのにな、と思いながらナオミに連れられて行く。途中で、この住所に向かいなさい、話はついているわ、とナオミとは離れ離れになってしまったけれど。

 病院特有の白い廊下を歩く。記憶が正しければここはグランパがいる所だ。もう、十年ぐらい来ていない。グランパの病室に入り、ヨボヨボになってもなお生き続けている彼の手を握る。握り返してはくれなかったけれど。やって来た看護士さんに連れられて、目的の部屋へ。そこには一人の老人が静かに横たわっていた。機会音や静かに上下に動く胸が生きているのだと告げる。ナマエはそこに歩み寄った。右目に眼帯。本当の父親だ。でも、最後に見た彼は四肢がなかったはず。それが、今の彼には四肢があった。

 ――どっちのお父さん?
 ――両方よ

 ナオミとの会話が頭をよぎる。成る程、そういうことか、とナマエが理解した時、ナマエはボロボロと大粒の涙を流した。

「ジョージ、ジョージ、」

 あぁ、可哀想なジョージ。違うのに。彼とビッグボスは違う人なのに。性格も癖も違うのに。彼と彼は一緒になってしまった。年を取らないナマエのために憤慨してくれて、四肢を失っていた父親は生き返った。元どおりに戻って。でも、気がついたらいつもナマエのそばにいた父親、いや、兄弟は四肢を失った。そして、何処かで利用されている。きっと、きっと、父親の代わりに利用されている。


 ぴくり、と目の前にあった体が動いた。薄すらと目を開ける彼はこちらに視線を移す。視線が揺れて、「ナマエか、」と小さく呟いた。

「ダディ、」

 幼い子供のように手を伸ばせば、男はすこし笑いながらゆっくりと抱きしめてくる。温かい。嗚咽を押し殺しながら泣いていると彼はあやすようにナマエの背を撫でた。くしゃくしゃになりながら、ナオミから預かった手紙を彼に渡す。彼は手紙に目を通しはじめ、読み終わった頃には頭を抱えていた。

「ナマエ、」
「うん?」

 ゆっくりと抱き寄せられる。何処か苦しそうに泣きそうになりながら、彼は私の首元に何かを打った。痛みはない。でも、息が苦しくなって、ぎゅうぎゅうと彼を抱きしめる。悪い、悪いなんて謝罪が上から聞こえてきて、ナマエはぼんやりとしてきた意識の中で考える。
 彼は私を殺してくれるんだ。年を取らないから、死さえもないのかと絶望していたのに。彼はそれから救ってくれるのだ。

「だ、でぃ、」
「っ、」
「……ありがとう」

 泣きそうな顔が見えた。二人の。きっと幻覚だろうけど。
二人とも泣きそうな顔をしていて、涙の粒をそれぞれ違う目から流すのだ。ナマエは笑った。大好きな父親達を、もう一度、見られたから。

 それからしばらくして。二人の老人が死んだ。伝説の英雄と称された一人は、自分によく似た男に小さな懺悔と伝言をした。その男は、言われた通りにその場所へ向かった。病室特有の真っ白な部屋に、簡易で清潔なベッド。その上には、男にとって見慣れた子供がいた。古ぼけた縫いぐるみを抱きしめるように眠っているそれ。もう息をしていないその子供は、しあわせそうな微笑みを浮かべていた。一筋の涙の跡を残して。

 それから、白い花が咲き誇る墓地に小さな墓が建てられた。二つの名前が彫られたそこにはあの古ぼけた縫いぐるみが置いてある。彼女の父親、いや、兄弟がもっていた刀と共に。

 ――ジョージ・シアーズ、ナマエ・シアーズ、共に眠る