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火祀くんは謎が深い
このアパートには俺と秋音ちゃん以外の学生がもう一人いる。年は俺の一つ年上。身長が高いし、体はしっかりとしている。曰く、画家とやりあったこともあるとかないとか。茶髪のくせっ毛を律儀にワックスで整えて、着崩したブレザーの下には大体オレンジ色のパーカーを着ていることが多い。そして、たまに喧嘩をするのか怪我をして帰ってくることがある。まぁ、だいたい居合わせた画家に追撃されているけれど。
そんな少し不良のような彼は、偶にたくさんの薔薇の花を抱えて帰ってくるのだから不思議でしかない。花屋でバイトでもしているんだろうか。
もう一人の学生の名前は、火祀純くん。どこかの会社の息子だとは、長谷の言葉だ。
俺は彼のことをよく知らない。話はするけれど、どこの高校に通っているのか、だとか、なにをしているのか、だとか、家族のこととか何も知らない。俺の相談事には乗ってくれるが、俺が彼の相談を受けたことはない。偶に古本屋や詩人が火祀くんを「探偵」と囃すことはあれど、その理由もわからない。そういうアルバイトか何かをしているんだろうか、と思ったけど本人に否定されてしまった。
――――俺は彼のことをよく知らない。
どうしてこの少し不思議な――決して『変な』とは言わない――アパートに行き着いたのかも。
「だから、聞いてみようと思って」
そう夕飯の席で切り出せば、火祀くんは目をパチパチと瞬かせた。俺の隣に座っている秋音ちゃんが「純くんってあんまり学校の話をしないもんね」といい、火祀くんの隣に座っている詩人が「確かにねぇ」とうなずいた。その言葉を聞いていたんだろう古本屋が火祀くんの背中にのしかかる。
「俺はなんで純が薔薇の花を持って帰ってくるかききたいなぁ」
「あー、ソレ、謎だよね!」
古本屋の言葉に田中さんが便乗した。火祀くんは興味なさそうにお茶をすすった。
「面白い話じゃないから言わない」
「でたよ、純の悪い癖! そっけない!」
「悪かったな」
そうニヒルに笑って見せた火祀くんはとても画家に似ていた。が、すぐに古本屋に「生意気だぞ〜」ともみくちゃにされて終わったけれども。わいわいと騒いでいるのを見て、クリとシロが二人によって、古本屋と同じように火祀くんにのしかかる。
「おい、クリとシロ、降りろ、重い! ってか、古本屋が重い!」
「話してくれるならどくよ?」
「嫌だって」
「じゃ、アタシも乗っちゃおうかな」
詩人の言葉に火祀くんが「うげ」という顔をした。
「さてさて、純くんは何人まで耐えられるかな?」
そう笑った田中さんに火祀くんが少し絶望したような表情を見せた。大人達が火祀くんを解放するのは、詩人が乗り、田中さんが乗り、まりえさんが乗り、俺が乗り・・・・・・画家が帰ってきて「なんだなんだ」と火祀くんにプロレス技をかけてからやっとだった。その頃にはもう遅いからまた今度と解散してしまったのだけれども。
――僕は彼をよく知らない。
でも、いつかは教えてくれるだろうと思う。火祀くんは悪い人じゃないからだ。
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