神様はお見通し
さてさて、どうやって切り抜けるか。そう思いながら前を見る。灰原は涼しい顔をしてジュースを飲んでいて、コナンがコッチを見ている。少年探偵団はいない。いるのは阿笠博士だけである。
「で、用ってなんだよ」
そう言ってジュースを飲む。コナンは目を少し泳がせて――あーとか、そのーだとか、言葉にならない言葉を告げる。それを見かねた灰原が口を開く。
「江戸川くんは貴方のことを疑っているのよ」
「疑う?」
「おい、灰原」
「いいじゃない。埒が明かないでしょ」
「灰原、詳しく」
「っていっても、わかってるんでしょ?」
ちらりとコチラを見た灰原に俺が口を開く。
「人格障害、被害妄想、自己投影のあれか?」
「それよ」
「おい、二人で納得すんなよ、つーか、灰原、お前……」
コナンがジト目で灰原を見る。灰原は肩をすくめる。俺はコナンを見て肩を竦めた。
「お前はもし、オレの中身が大学院生だって言えばどうする?」
その言葉に、コナンは目を見開いた。そして、目を鋭くする。阿笠博士も作業を止めてこちらを見た。
「やっぱり、お前は――」
「――っていっても、多分、お前たちとは違う。恐らくは、飯塚ヤマトが作り上げた『大学院生の人格』が正しい」
最近はコレでいいかと思うようになってきた。どう足掻こうが俺は生まれてきてこの方俺なのだけども。本当のことを話したって、非科学的すぎるが上に、理解されないだろう。灰原が信じてくれたのは救いだが、普通は信じない。灰原が稀なだけだ。
「どういうことだ?」
「お前は非科学的だって言って信じてくれなさそうだからな。とりあえず、俺の中身は大学院生だ」
そういうことで、よろしく。
俺の言葉に、ジト目でコナンは「薬で縮んだわけじゃないのか?」と言った。コレは説明が手こずるやつである。というか、そのワード聞きたくなかった。黒の組織には是非とも巻き込まれたくなかった。ヤレヤレ、と息を吐いて手元の論文を机においた。コレは時間がかかりそうである。まったく、神様がいるのなら洒落たことをしてくれる神様である。そして、そこで、はた、と気づく。
「あ――おみくじの『巻き込まれる』って、これかよ」
ソファに沈み込んでそういう。コナンと灰原は顔を見合わせた。
さてさてコレはどうしたものだろうか。
そう少し考えて、英語のテキストを眺める。高遠さんに勧められて入った塾、だが、どうもトップを入る彼ないしは彼女達はあまり好きではないタイプである。いたずらされてしまったテキストを見てため息を付けば、近くにいた村上くんが顔をしかめた。
「飯塚さん、それどうしたの?」
「うーん、いたずらされちゃったみたい」
テキストを眺めて、「赤尾先生にコピーさせてもらえないか聞いてくる」という。ついていくよ、と言った村上くんにいいよ、と首を振る。差し出された足にわざと躓くふりをすればクスクスと笑われたが、なんというか。わざとだしなぁ、としか言えないのである。子供っぽい、というかなんというか。そのたびに顔をしかめてくれる村上くんはいい人だ。
とりあえず、それを切り抜けてて高遠さん、改め赤尾先生のもとに行く。火傷を負ってしまったから、というていでマスクを付けている彼であるが、今回は声をそこまで変えていないようだ。何時もより少し低いくらいだろうか。
どうかしましたか? と私に聞いた赤尾先生に事の顛末を話せば彼はテキストのコピーをくれた。期待しているよ、と私の頭をポン、となでた赤尾先生に少しくすぐったくなる。まぁ、コレが噂を呼ぶ種になるのだろうが気にしない。現にあの集団が影からこちらを伺っているが、無視をする。気にしない、気にしない。
夕飯は何にしようか、とか、そういうことを考えながら塾を後にすれば何処か疲れているヤマトとコナンくんに会った。こちらに気づいたヤマトに手を振る。ヤマトは一言二言会話して、コナンくんと別れると私の側に駆けよってきた。
「コナン君と仲良しですね」
「――おー、まぁ、なぁ」
苦笑いしたヤマトにおや? と首をかしげる。どうやら今日は何かあったらしい。
「ヤマト?」
「いや、なんにも。で、アキ、そのチラシは?」
ヤマトが指差したのは塾で貰ったチラシである。短期間の勉強合宿、らしい。高遠さんが楽しみにしておくように言っていたから恐らくは何かがおこるんだろう。無茶をしなければいいけれど。むしろ、何か手伝うことはないだろうか。
「アキさん!」
そう呼ばれて振り返る。その先にいたのは明智警視である。なんだろう、と思っていたら彼はこちらに駆け寄ってきた。
「ああ、よかった、無事でしたか」
「えっと?」
首を傾げて明智警視を見る。ヤマトも首を傾げた。明智警視が口を開く。
「貴方の周りに高遠らしき人物がいると匿名の情報が寄せられましてね」
明智警視の言葉に動きを止める。どうして、とか、そういうことだ。ぐちゃぐちゃとした思考に、明智警視がこちらを見る。
「それに、私が手配したことになっている身辺警護の人物もいるでしょう」
「遠山、さん、のこと、ですか?」
「ええ。私は彼を手配していません。恐らく彼は――高遠だ」
そう言った明智警視は心配そうに私を見た。恐らくは、私が高遠さんを怖がっているのだと思っているのかもしれない。でも、それは違うのである。誰が通報したんだろうか。でも、遠山さんの正体をしる人はいない。ヤマトでもない。ヤマトはなんやかんやといいながら、許容しているフシがあるからだ。ならば、目撃と言う形だろう。
不意に携帯電話がなる。明智警視に断ってそれにでる。
「もしもし?」
「アキ、そのまま聞いておいてください。明智警視にどうやら勘付かれたようですね。私なら大丈夫ですよ。服部くんや遠山和葉さんが『あそこの神社のおみくじはよくあたる』と言ってましたが、まさか当たってしまうとは」
どこか呆れたような声だ。
「大丈夫です、アキ。――明日、また、塾であいましょう。GOOD LUCK」
その言葉とともに切れた電話に、息を吐く。そう、ずっと会えないわけではないのだ。彼は今、塾の講師をしているのだから、そこに通う限りは彼に会えるのである。
アキさん? と首を傾げた明智警視に、いえ、イタズラ電話だったみたいです、と首を左右に振った。
「高遠さんは?」
「いま付近を警察が捜しています」
「はい」
「心配はいりません。大丈夫。家まで送りましょう」
明智警視はそう言ってヤマトを挟んで隣に並ぶ。そこから他愛のない話をしながら家へ向かう。
そう言えば、と、ポケットの中に入っていた紙を取り出してみる。高遠さんがいらないから、と言って私に渡した紙だ。開いてみるとそれはおみくじだったらしい。小吉、と書かれたそこには、どこからか秘密が漏れるでしょう、と書かれていた。
「アキ、なにそれ」
「この前の大阪でひいたおみくじです。明智警視、神社によって結んできてもいいですか?」
「ええ、構いませんよ。悪い結果のおみくじは結ぶに限りますからね」
その後、明智警視とヤマトともう一度おみくじを引くことになるのは別の話だ。