文豪達にとってペンと原稿用紙、そして言葉はどういったモノなのだろうか。それらで作り上げられた言葉の海も、彼らにとってはどういう存在なのだろうか。
 彼らの紡ぐ言葉の海はただただ美しい音色を奏でる。俺は昔からその音に沈むようにその言葉の海に浸ったのだ。普通の人には聞こえない音色。作品の数だけ作り上げられる曲。その曲を聴いてみたいと言った両親にピアノを習わされたのは今では良い思い出だ。最初はそうであるはずだった。でも、次第に目的はずれ始め――最後には全く違う目的になってしまったのだけれど。
 しかし、確かに、俺にとってのピアノは俺の知る世界を表現するための唯一の道具であったのだ。その目的が違うモノとすり替わってしまえば、やめてしまうのは仕方ないと言いたい。望まない作品を書かされる数多の作者のように俺はそうそうに筆を折ってしまったわけだ。立ち向かう勇気も、何もなく、目的をすり替えた人物を恨んで。
「まったくもって、酷い兄だ」
 そう小さくぼやいて、書類に綴られた文字を見る。業務的な内容しかないその書類でさえも、美しいピアノの音を奏でる。俺はまた、音と言の葉の海に身を静かに沈めた。


 それからいくらたったのか。目の前の書類が不意に黒い布で覆われて、はっとしたように顔を上げる。そこにいた大学からの友人と、困ったような顔をした文豪達に俺は苦笑いした。
「だからいっただろ? こうするのがはやいって」
 そこで初めて、友人が自分の黒い上着を書類の上にかぶせたのだと理解した。本なら閉じる、書類なら何かをかぶせる、といった彼はさすがに四年も一緒にいるとだけあって俺の扱いに慣れているのだろう。徳田先生が考えるようにしてこちらをみた。
「今まで揺すってたけど、こういうやり方もあるのか。ああ、でもあんまりやりたくないね。僕もされるとイラッとするだろうし」
「でも、本当に外の音が聞こえてないんだな」
 そう言った志賀先生に友人――按司が口を開く。
「コイツの場合、文字は視覚的な情報だけじゃないんだよ。おまけがついてくる。だから、それを遮断するしかないぞ。棋院、ワガママ嬢がまた来てるぞ。追い払うか?」
「ああ、雪乃がまた来たのか・・・・・・仕方ないな、行くよ」
 ため息をついて立ち上がる。扉を開ければ、冬の廊下特有の寒さが肌を刺した。

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