その日は普段と変わりがなかったはずだった。世界は確かにきな臭いが日本は酷く平和だ。いや、着実に戦争の火種は近づいていたが、誰しもが平和だと、巻き込まれるわけがないと信じてやまなかったのだろう。高校という、酷く狭いコミュニティでは特に戦争というものはフィクションと同じようなものだ。かくいう私もあんな睡眠学習のようなものが起きなければ恐らくはそちら側だったに違いない。Jアラートと呼ばれるアラートさえも、ああまた鳴っているという認識である。それがいずれ命を落とすことにつながるとは誰も微塵も思っていない。
こちらです、とガイドが沢山の学生を率いていくのを最後尾から見つめる。修学旅行である。こんなご時世にとも思うが、こんなご時世だからこそ国内の旅行なのだろう。ここからは自由時間だと告げたガイドと教師に息を吐く。時間だけを聴いて、学生の固まりから逃げるように足を進めた。
――世界は一つに統一されつつあった。
それもこれも、新興国からの核の発射から始まる相互確証破壊の延長である。非常に短期間で終わったというのに第三次世界大戦と呼ばれつつあるその「戦争」は、全てを変えた。
人々の思考は疲弊し、考えるのをやめ、一つの権力に身を捧げ――そしてそれは巨大な武力の塊である軍事国家に変貌したのである。
とっくに国家は崩れ去ったというのにこの国はまだ国でいる気でいた。頼りにしていたアメリカという国が先の戦争で酷い有様になったとはこの国の知らない事実だろうか。国民にパニックを起こさない為だなんて言いがかりをつけて伏せられた事実。疑いもせず、ただ平和であると錯覚している周り。どちらもどちらかもしれない。
たどり着いた目的地は閑散としていた。そこはもう抜け殻となっている。元々は外国の兵士たちがいたその場所は無くなった。表向きは撤収扱いであるが、その実は本国の危機に総戦力を注ぎ込んだからである。
閑散としたその場所を眺めていれば、ずっと付いてきていた誰かが並んだ。物好きな人もいるものですね、と隣に並んだのは最近赴任してきた英語の講師である。きゃあきゃあと騒がれることが多い彼がいるとなるとほかに生徒がいるかと思えばそういうわけでもないようだ。
「貴女はmilitaryに興味が?」
そうこちらを見下ろした彼は笑顔だ。しかし、その奥にある感情はそうではない。私も「えぇ、まぁ、」と笑みを浮かべて頷く。
「先生は詳しいんですか?」
「いいえ、私は全く。貴女は?」
「ははは、毛が生えた程度ですよ」
そう笑いながらもう一度基地であった場所を見た。
「平和ですね、外国の軍がいなくなるぐらいには」
「えぇ、そうですねぇ、でも、」
彼がこちらを見下ろす。笑顔が消えた彼は口を開いた。
「貴女は本当にそう思ってるんですかねぇ、シキノさん」
その目には愉悦のようなものがある。私は笑いながら、どうでしょうね、と告げた。
「でも、この国は平和でしょう、先生?」
私がそう尋ねれば彼は「ええ、そうですね」と告げた。
「馬鹿げてるぐらいには」
彼は懐から鍵を取り出す。カチャリとフェンスにかかった鍵を開けてみせた彼はまた笑顔を浮かべた。
「中に入ってみますか? あぁ、周りには秘密ですよ」
人差し指を立てた彼に、ああなるほど確かに整った顔だなと思った。
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