「ハル、どうしてついてくるんだ」
「貴方の向かう先が、私の向かう先だから」
「だれかを迎えに行かなくていいのか」
「迎えにいくよ」
彼女は相変わらず白い花の花束を持っていた。今から俺が何をしようとしているか、彼女は理解しているはずだ。しかしながら、彼女は俺の隣を何処か夢見心地のように歩いている。その様子は体調が良いように見えた。
「ねぇ、スネーク。私が過去から来たといったらどうする?」
不意に彼女がそう尋ねた。悪戯をした子供のような表情で。珍しい物を見た、という感情が上回って、俺は何も考えずに答える。
「どうもしない」
――どうしたって彼女は彼女である。
「私が死人だって言ったら?」
「よく目立つ幽霊だな。あった奴ら全員に見えてる」
「それはそうだ」
彼女はケラケラと笑うと、また道を見つめた。そこから何か話すと思えば、特に何かを話すことはない。沈黙、というわけではなかった。彼女が珍しく鼻歌を歌っている。どうやら機嫌がすこぶる良いらしい。一瞬、俺が死ぬからか、と思ったが彼女の今までの言動を考えればそういうことではないのだろう。恐らく、今から会いに行く人に会えるのが嬉しいのだろう。俺が死ぬというのに、なんと薄情なパートナーだろうか。
墓地までの距離は短いようで長く、また、時間が立つのは遅いようで早い。そんな矛盾の中でたどり着いたその場所――彼女の抱く花が揺れる墓地に、彼女は足を踏み入れた。彼女が迎えに来たという人がいるのだろうか、と見渡すが、そこに人は一人もいない。
「誰もいないな」
「もうすぐくるよ」
彼女はそう言って、ただまっすぐと何処かをみた。
彼女に引き金を引いてもらえやしないか、と、俺は銃を握る。
「ハル、俺を撃ってくれないか」
「どうして?」
「どうして? わかってるだろう」
「貴方は、連れて行かないよ」
「どういう意味だ?」
「――貴方には生きて欲しいから」
彼女はそう言って、墓の前に立つ――というよりは、墓の上に腰掛けた。それは手入れも何もされていない墓だ。ハル・クラウディア。彼女と同じ名を持つ――彼女の母親の名前。秘密に包まれた存在の名前だ。おい、と注意しようとするが、それより早く彼女が口を開く。
「――彼女の任務は、後にビッグボス と呼ばれる人物に殺されることだった」
「――なんだって?」
「元はお互い違う任務についていたんだ。彼女は多額のお金を奪うために、彼は要人を亡命させるためにそこにいた」
彼女はそう言ってただボンヤリとお墓をみる。
「けれど、それは歯車がずれてしまったことにより変貌した。彼の任務は彼女を殺すこと。彼女の任務は、彼に殺されること。彼女はたくさん嘘をついた。彼が嫌いだと。嫌われてしまえば、彼が縛られることはない。でも、彼女は最後の最後に、呪いの言葉を吐いてしまった」
「呪いの言葉?」
「彼を愛していると告げてしまった」
それは考えるだけで恐ろしいことだ。まさしく呪いだろう。しかしながら、美しい呪いのようにも感じた。そうすれば、相手の思い出の中に自分は嫌でも植え付けられるのだから。もし、彼女が引き金を引くなら、俺は。動きを止めた俺に構わず、彼女は言葉を続ける。
「彼女は自分が任務につくことで――それで救われると思っていた。彼は大切な師と、仲間と過ごすんだと。でも、そんなことはなかった。彼は足を踏み外した。あの時、どうすればよかったのか、何度考えてもわからない」
「それは、『彼女』の話か?」
「いいや、私の話でもあるよ」
彼女はそう告げて、目を伏せた。そして、俺を見る。
「貴方の運命を狂わせた元凶も私ということ」
「――なら、俺を撃ってくれ」
俺の運命を狂わせた元凶であるなら、元凶が俺を処分するべきだろう。そう願ってみたが、彼女は首を左右に振るだけだった。
「それはできない。貴方には幸せに生きる権利がある」
「そんなものはない。俺はもうすぐ兵器になる」
彼女はその言葉にも首を左右に振った。
「――ハル?」
不意に聞こえた声に、二人でそちらをみる。そこに佇む男は見たことがあった。右目の眼帯。彼女はそいつをみる。
風が吹く。花びらが舞う。夢の中の彼女のように。かつてビッグボス と呼ばれた男は、一歩足を踏み出す。何かを戸惑うように。俺は慌てて銃を構えてハルの前に立った。その瞬間、男は眉間にシワを寄せたが、すぐにそれは消えた。ハルが俺の隣に立って、俺の銃の上にそっと手を添えて、銃口を下に向けたからだ。
「デイヴィッド、言っただろう?私は人を迎えに行かないといけないって」
彼女は小さくそう告げる。ビッグボス を迎えに来たと言うんだろうか。復讐が目的なのか。いや、そもそも――どうしてここにビッグボス がいることを知っているのか。そんな問いに答えることもなく、彼女は彼を見た。穏やかに笑って。
「ジャック、迎えに来たよ」
「……ハルか、随分と遅い迎えだな」
「幸せに生きてると思っていたから」
「幸せに生きている?」
眉間にシワを寄せたビッグボスに対し、彼女は笑う。ふざけるな、と、小さく呻いたのはビッグボスだ。
「どうして、お前じゃなければいけなかった?」
「私かボスかだった」
ビッグボス は足早に彼女に近づく。どうしてあの任務に、どうして、どうして、どうして。たくさんの問いを受けても彼女はニコニコと笑っている。そうしてビッグボスが彼女を掴む。ひらりとまた、白い花びらが飛んだ。
「どうして、あんな言葉を吐いた! どうして最後まで嫌ったフリをしてくれなかった! どうしてなんだ! どうして! 俺はお前が憎い! あんな言葉を吐いて死んだお前が! お前さえいなければ! 全ての始まりはお前だ!」
「そうだね。憎んでいいよ、嫌っていいよ」
「あぁ、憎むとも! 嫌うとも! お前さえいなければ、こんな未来になっていなかった」
「うん」
ビッグボスがただ微笑んで立つ彼女を揺する。花びらがまた散る。
「俺は、お前が、大っ嫌いだ」
「うん、」
「お前さえいなければ」
「うん」
彼女はゆっくりとビッグボスの手を外すと、一歩下がった。
「デイヴィッドと積もる話もあるでしょう」
「……あぁ」
「私はここにいるから」
そう言ってハルは同じ名前が書かれた墓に座って目を伏せた。ビッグボスが、小さく、ハル? と呼べば、彼女は目を見開いて笑みを浮かべる。それを見て、今度はビッグボス がこちらを見たのだが。
16
← mokuji →