序章(1)

 久方ぶりの帰国である。まさか、友人からの依頼といえども海外に出向く羽目になるとは思っていなかった。
 とりあえず自宅と呼べる場所に向かい、キャリーケースなどを置く。出国する前よりも散らかった部屋に少しため息をつき、簡単に片付けられる範囲で片付ける。今日の日本の天気は概ね晴天らしいので、洗濯をしておいた。洗濯物がたまっていないのをみると、同居人は洗濯だけはこまめにしていたようである。ふむ、関心。これでアイロンを綺麗に当てれるようになれば最高だが、高望みはしまい。そうこうしていればお昼近くになったので鞄の中から今回の事件の資料を集めて家を出た。

 ランチがてら警察の友人に報告をする。今回のランチは彼のおごりだ。彼の個人的な依頼を引き受けたのだから依頼料には含まれないがまぁ妥当だろう。一通り事件を報告が終わると彼は資料を受け取た。これで依頼は達成だ。
「しかしながら、まさか海外に出向いているとは」
 依頼人である友人はそう言ってコーヒーを飲むだ。たったそれだけの行為なのに、なんと絵になる男なんだろうか。苦笑いして、私もコーヒーを飲む。
「私も予測外でした。まさか、海外に犯人が逃亡しているとは。……なんというか、見るからに怯えていて可哀想でしたのではやく迎えに行ってあげてください」
 私の言葉に彼は変な顔をした。私はそれの気づかないフリをして海外に逃げていた男を思い出した。復讐で人を殺し、完全犯罪を成し遂げた男。地方の警察は匙を投げ、私が所属する有名な探偵事務所にも頼むことがなかったのが最大の敗因である。そんな犯人の勝ちが分かりきっている事件が起こったのは数年前のことだった。そう、今現在ではなく、過去の話なのである。しかしながら完全犯罪を成し遂げた犯人は悠々と暮らしているかとおもえばそうではない。自分もまた復讐されるのではと見るからに怯えていた。可哀想なぐらいに。それでも自死を選ばないのは死がやはり怖いからだろうか。それとも死後の世界が恐ろしいのだろうか。地方の小さな協会で一心に神に祈る姿が頭に残っている。
「貴方が見つけなければおそらく彼は怯えたまま一生を生きたのでしょう。相変わらず不可解未解決事件の鼻が効きますね」
「褒め言葉として受け取りましょう」
 そう言った警察の友人に褒め言葉ですよとニコニコと笑っておいた。実際は褒めてもないし、貶してもいない。ただ、彼に依頼はそう言う事件が多いので事実を述べただけだ。私の言葉に彼は何も言わないどころかため息をついて終わる。私は気にすることなく、添えてあるスプーンを見つめた。鏡面に覗き込んだ私の顔は逆さまに写っている。
「復讐はやはり何も産みませんね」
 その言葉に彼は何も言わなかったのだけど。というか、何も言えないのだろう。常に私がトリガーに指をかけているのを知っているのだ、彼は。

 ――私の母親は殺された。事故に見せかけた他殺によって殺された。

 だから彼は私が復讐に身を落とさないか心配しているのだ。
「貴方も心配性ですね、明智警視」
 そう告げて頬杖をつく。「そんな生産性のないことはしません」だの「やるならバレないようにします」だの、彼を心配させる言葉は飲み込んでおく。
「メリットがあってもやりませんよ、貴方や同僚、先生を敵に回したくない」
「私が信じていますよ。貴方はそんなことをしない人だと。近宮ナマエさん」
 彼の言葉に私は息を吐く。全く、こうして彼らは私に鎖を絡めてくるのだから、タチが悪いのだ。

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