作家/奇術師は黒幕になり得るか(2)


 来ると思った衝撃は、転倒に似た衝撃に変わった。近くを車が通る音と罵声が通り抜けていく。近宮、と呼ばれた名、黒い視界が誰かの服だというのを時間をかけて理解する。そちらを見れば本郷さんがいた。バタバタと紫乃ちゃんが走ってくる音がする。本郷さんはこちらをきっと睨むように見下ろした。
「何してるんだ、近宮」
「よ、く、わからな、い」
 そう言って頭を抱える。頭がごちゃごちゃしていた。頭がいたい。思考を放棄しようとすれば、本郷さんはそれを許さないようにこちらを見下ろし名前を呼ぶ。団先生が車から降りてこちらにくる。差し出された傘を私はただただ見上げた。昔もこうされた気がするし、自分がそうしたような気もする。それは遠い思い出だけれど。
「近宮くん、何があったんだ」
「……」
「ゆっくりでいいから、話してみるんだ」
 団先生の言葉に私は彼を見る。彼は何時もまっすぐな目でこちらを見た。問いかけるときも、責めるときも、叱るときも。
「こわ、い、」
「何が?」
「みんな、が、こわ、い」
 その言葉に彼らは目を見開いた。
「どうして、」
「……七海が、嘘、ついて、」
「……七海くんが?」
 団先生が驚いた様に告げる。彼ら――すなわち第一期生とされる彼らは知っている。七海は基本、私に嘘をつかない。そして、私もまた彼に嘘はつかない。昔、そう約束したからだ。思考が落ち着いてきて、理解してしまう。七海が私を犯罪者であると疑っていたということに。
「――私、違う」
 ようやくだ。ようやく出た否定の言葉と共に、ポロポロと涙が流れる。違う。私は違う。違うのだ。
「私は、冥王星じゃ、ない。私は、違う。犯罪者じゃない」

 そう言って耳を塞ぐ。記憶の中で、今はもう顔も思い出せない男女が告げる。
 ――貴方のお母さまの事故の恨みで貴女が殺したのでは。
 ――貴方は犯罪者の娘だ。
 ――お前はきっと俺たちを殺す気なんだ!
 顔も思い出せない周りの中に、七海が現れる。彼は私をじっと見つめて――口を開く。
 ――そうやって俺たちを騙してきたのか?冥王星。

「私は――」
「ナマエ!」
 聞こえてきたその声にそちらを見る。七海だ。走って追いかけてきたのか、息を切らせて、雨にずぶ濡れになっている。

 ――環先生。その彼は本当に貴方を理解しているのですか。

 記憶の中で、友人が私に尋ねる。綺麗な笑みを浮かべて、私の手にそっと触れて。彼は

 ――七海光太郎は上辺だけの貴方を見ているのではありませんか。

 その通りかもしれない。結局は彼は私の善人の面だけを見ていたに過ぎないのだろう。影の部分に目をそらして、きっと私自身を見ていない。

 結局は、そんな人なのだ。

 だから、私は口を開く。形だけの笑みを浮かべて、ただ、あのマスコミ達に向けたような笑みを浮かべる。彼はそれを見て、ただ、息を詰めた。だから私は笑うのだ。
「七海光太郎の、嘘つき」
 私は貴方だけはと信じていたのに。

 がじゃん、と、どこかでもう一度音がなった気がした。

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