作家/奇術師は黒幕になり得るか

 事情聴取から解放され、団先生に報告した後執筆にとりかかる。お披露目することなくたまっていたトリックをノートから引っ張り出し、名探偵と呼ばれる彼らがひとり、またひとりと失踪していく事件を真っ白な紙に綴っていく。

 行方不明になる名探偵。起こる事件。そうして困った警察は、名探偵の失踪を推理小説家に持ち出し、推理小説家は締め切りを理由に少年探偵団に事件を押しつけるのだ。しかし、残された手がかりと同業者の女の言葉に少年達はある一点の疑いを『先生』に抱いてしまうのである。この事件の犯人は、自分たちのよく知る先生なのではないか、と。

「事件に巻き込まれたと聞いて心配してました」
 そう言ったマスターに私は「まぁ自分で種を撒いたようなものでしたけどね」と答えを返す。そうして苦いコーヒーを口に流し込んだ。執筆作業により狂った体内時計を無理矢理起こすための物ではある。団先生との特約で、執筆作業中は探偵業も教師業も休みの今、体内時計をなおすためにこうして出歩いてきたのである。何時もは先に席を陣取っているか、こなれたように遅れて入ってくる青年はいない。
「今日は賢一くんはまだなんですね」
 そう尋ねれば、マスターは首を左右に振る。
「最後に来たのはもう一週間も前ですね。なんでも作品製作が忙しくなるとかおっしゃっていましたが……しばらく会えませんと伝えておいてほしいとききました」
 マスターはそう言って「喫茶店の名コンビもしばらくはお預けですね」と困ったように笑って見せた。そういえば、七海もこの一週間は忙しそうだった。首を突っ込もうとすれば、お前は執筆に集中しろ、と釘をい刺されたのだが。冥王星の活動が活発化してきた関係もあるのだろう。確かに彼らはやっかいで――私に似た性質をもった人間の集まりではないかとは思う。

 ――それにしても、あの青年は、私をどうしたいのだろうか。

 彼は恐ろしいほど欲しい言葉をくれる人だった。小説の感想だけじゃない。いや、最初は小説の感想だけだった。それ以外でも目ざとく私の変化に気づく人ではある。ほしいときにほしい言葉をくれるのだ。だからこそ、つい胸の内を少しの恐怖を彼に漏らしてしまったのである。貴女は貴女のままでいい、と告げた彼に救われたのは確かだ。貴女の血はそんなものじゃない、と言う言葉も。そして、貴女の母親は人殺しではないと彼は言ってくれたのである。それがどんなに救いであったのか。七海が決して言わないその言葉に、警戒心は確かにあった。なげかけてくれる欲しい言葉に、強く。でも、どうして彼がそんなことをするのかがわからない。いくつかの可能性はある。でも、その決定打となるものはないのである。
 マスターと話しながらめくっていた手帳から目を離し、ちらり、と喫茶店にかけてある外をみる。いつのまにか外はじゃじゃ降りの雨である。マスターに伝言はあれど、私個人に連絡はなかった。ということは、恐らく学業で来られないのではない。そもそも彼は恐らく、身分を偽っている。そんなことを考えながら、マスターと二言三言会話をする。そろそろ事務所にも顔を出した方が良いだろう。話を切り上げて、会計に向かった。七海がどうせ小腹をすかせているだろうからクッキーを支払いの時に買っておく。鞄から折り畳み傘を取り出して外に出れば、見知った白が視界の端に見えた。
「七海?」
 そう声をかければ、彼は私をじっとみる。何か戸惑ったように。何か困惑しているように。何か――怒っているように。どうしてそんな感情を向けられているのかがわからなくて私は困ったように首をかしげるしかない。もう一度、七海、と声をかけて彼が雨に濡れているのに気づく。これはクリーニング行きだろう。
「お前――この喫茶店、行きつけだったのか?」
「あぁ、うん、まぁね」
「――ここで、誰かと会ってるのか」
「ああ、この前あった賢一くんと偶にね」
 傘を開き、七海に差し出す。彼は動きを止めたまま私を見た。やはり、彼の様子がおかしい。いつもなら軽口なり何なりが来るのに。もう一度七海を見る。彼は小さく、嘘だと言ってくれ、と願うように告げた。
「なにが?」
「お前が、そんな奴だとは、思いたくないんだ」
「七海?」
 様子がおかしい。私は覗き込むように彼の目を見る。
「光太郎、どうしたの」
「おいおい、やめろよ、もしかして、そうやって俺たちを騙してきたのか?」
 彼はそう言った。私は目を見開く。七海はなにを言っているんだろうか。そして彼はポツリと、呟くのだ。

 ――お前が、冥王星の一員なわけ、ないよな?

 その言葉に私は頭が真っ白になった。この人は何を言っているんだろうか。ぱしゃり、と水たまりを踏む。水が跳ねる。
 なぁ、と彼が口を開く。私は彼が恐ろしくなった。

 ――この人は、あれだけ、私を信じると言いながら、心底では私を信じていなかったのか。

 がしゃん、と何かが壊れたような気がした。この人はこうならないと思っていた。この人だけは何があっても味方になってくれると思っていた。現に母の率いていた魔術団の一人が『事故死』したとき、向いた疑いの目を真っ向から否定してくれたのは彼だったからだ。

 ――いや、違う、彼が七海じゃないのかもしれない。

「あなた、は、だれ、だ」
 私の言葉に、彼は目を見開く。私の声が震えているのがわかる。
「七海は、光太郎は、そんなこと、言わない」
 小さく首を左右に振る。一歩、一歩、後ろに下がる。彼は誰だ。

 記憶の中で、彼は言う。真面目な顔で。口を開く。
 ――俺だけは、お前を、信じ抜いてやるから。

 ナマエ、と七海が私を呼ぶ。その仕草も表情も何もかもが彼が本人だと示している。では、彼の先ほどの言葉は。あのときの言葉は。

「光太郎の、」
 ――うそつき。

 所詮は彼も口だけなのだ。彼はずっと疑っていたんだろうか。監視のために一緒に暮らしていた?ぐるぐると思考が負の方向へと回る。

 私は彼に――彼らに。
 浮かんだ考えを消し去りたくて、そのままその場を離れた。その場から離れて、一人で考える必要があったのだ。雨だとか、引き留めるような声だとか、そう言うものは関係ない。ただ、あの場に居たくなかったのである。あの場から逃げ出したくなったのだ。だから、走って、走って、どこでもいいから逃げ出して。靴が脱げたのも気にしないで走る。きつくなってきた雨が体から熱を奪うのも気にかけず。

 流石に目の前に車が止まれば足を止めたが。見たことのある車だった。窓が開き、現れたのは紫乃ちゃんと団先生である。

 ――彼、ら、は。

「近宮くん、どうしたんだ。傘も差さず……靴も脱げてるじゃないか」
 じり、と一歩足を下げる。ナマエちゃんと呼んだ紫乃ちゃんも、不思議そうにこちらを見る団先生も、私を疑っているのではないか。一歩、一歩、後ろに下がる。

 ――誰かに助けて欲しかった。さっきの七海は偽物だといって欲しかった。

 頭の中がぐちゃぐちゃで吐きそうだ。雨が冷たい。結局は彼らも魔術団の彼らと――そして、周りの人々と同じなのだろう。

 ――助けてと言ったところで、だれも、助けてはくれないのだ。母さんが死んだ、あのときもそうだった。紫乃ちゃんが目を見開いて、車からでてくる。

「ナマエちゃん!」
 音がする。大きなクラクションの音がする。
「だれか、たすけて」
 そう小さく告げたところで、誰も助けてなどくれないのだけれど。


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