作家/奇術師は黒幕になり得るか(終)
「真木先生」
そう『彼』ではない『彼』を呼び止める。彼はどうしたんだい?だなんて言いながら私を見た。
「ちょっと薬がきれたので、また貰いに行っても?」
「あぁ、構わないよ」
何の疑問もない。本人だったら訝しげに私を見て飲みすぎだと怒るというのに。私はそれに知らないふりをして彼に薬をもらう。
「頭痛はまだ引かないのかい?」
「はい、残念ながら。でも、まだ薬で抑えられる範囲なので」
苦笑いする。形だけの。彼はあまり痛むようなら病院に行くようにと告げるだけだ。真木先生の台詞なんかじゃない。私はそれに返事をしてそのまま医務室を出る。おはようございます、と挨拶する周りに挨拶を返す。あぁ、今日も、あの日から、ずっと、あの頃のように、酷く頭がいたい。
昼休みである。屋上の一番高いところでぼうっとしていれば、扉を開ける音がした。杖をかつかつと鳴らす音が聞こえる。この足音はおそらく本郷さんだろう。かつん、と扉から少しの距離を開けて止まった彼を見下ろす。おそらくは私を探しているらしい。その様子に私は上から「お説教ですか?」と尋ねた。彼はハッとしたように私を見上げる。
「説教される心当たりがあるようだな?」
「まさか……私はいつも通りですよ」
「七海から逃げ回っておいてよくいう」
彼はそう言って壁にもたれた。
「七海が探していたぞ」
「そうですか。お節介なことで」
そう言って空を見上げる。今日も憎らしいほどの晴天だ。ジッとこちらを見る本郷さんに私は手摺りに頬杖をつく。
「私達も、もう大人なわけですし」
私の発言に本郷さんは鼻で笑う。酷い人だ。しかしながら、おそらく今彼の考えてることは正しい。
「他者に依存するお前が大人か」
「……――あぁ、やっぱりそうなりますよね」
「依存する他者がいなくなればすぐにお前は薬に逃げる」
「合法ですよ。ちゃんと真木先生から貰ってますので」
その発言に彼は口をつぐんだ。わかっている。彼は偽物なのだ。だからこういう違う使い方をしても病院に行くようにと軽く注意するだけで終わるのだ。そして、どうして七海があんなことを口走ったのかも理解している。あのあと、団先生に渡されて調書をよんだ。彼は――賢一くんと呼んだあの大学院生は、冥王星の一員ケルベロスだったわけである。うまい具合に引っかき回されたな、とおもう。これで先に彼に会っていたら――欲しい言葉を耳元で囁かれてしまっていたら、私は冥王星の一員になっていたかもしれない。私はまた空を見上げる。
「私に流れる血は、片方の血は奇術師の血です。そして犯罪者の血でもある。私は奇術師だったわけですから欺く側が得意なんです。探偵とはまるで逆だ。冥王星だと疑われても仕方がない」
「――だが今のお前は探偵だろう」
「……そう、ですね」
「七海とお前に何があったかは知らん。だが、今のアイツは鬱陶しいにも程がある。どうにかしろ」
バタバタという聞きなれた足音が聞こえて、近くの遮蔽物に隠れる。
「本郷!近宮は!」
その声からして七海だろう。ズキン、と痛んだ頭に私はそっと薬を取り出す。
「知らん。さっきまではそこにいたが」
「まーた入れ違いかよ!くっそ!」
彼はそう毒づく。
「――そっとしてやったらどうだ。子供じゃあるまいし時期に出てくるだろ」
「それじゃダメなんだよ!たしかにアイツは気まぐれな猫みたいな気質だが、今回のは違うんだよ!」
「何がダメなんだ。一年に一回は喧嘩してるだろうが」
「あれは俺が家事をおろそか……って何言わせるんだ、本郷!」
「お前が勝手に吐いただけだろうが」
本郷さんはそう言って杖を鳴らして帰っていくのがわかる。七海が「おい!」と声をかけたようだが、彼の足音と杖の音は遠くなる。
「――今回のは、違うんだよ」
そう呟いた七海に、私は何も言えない。薬を飲もうとしていた手を止める。そしてそのままその場に静かにうずくまった。