白い魔女と本丸(1)
恐らく私の異質さは周りの異質さとは合間れないものなのだろう。それは鍵の剣を操るあの世界でも、この世界も恐らくは変わらない。あの世界で私は他と交わらない価値観という異質さを持ち――そして、この世界では周りと違う力という異質さを持っている。あの世界の師はあっけらかんと、それは良いことなのだと私に告げたのであるがこの世界の師にあたる人達は遠巻きに見るばかりだ。この世界にはあの世界で共にいた兄弟子たちも、師もいない。真白の髪を褒めるものなどおらず、赤い瞳を恐れるものばかりだ。両親となったものであっても私の髪を染め、瞳の色を隠すように告げるのである。なぜ自分を偽らなければならないのかわからない。でも、それが――この小さな島国の常識であったのである。だから、私は秩序を乱さないように髪を染め目の色を隠し周りに溶け込む努力をした。でも、そんなものも呆気なく見破られてしまったのだけど。
この御簾の先にいる何十もの存在は人ではないらしい。きちんと正座をして私を見ているその姿に私はなんとも言えない複雑な気持ちになる。彼らもまた複雑なのだろう。恐れや恐怖を抱いている者もいれば、こちらに嫌悪を抱いている者もいる。でも多くが恐らくは政府の役人がつれてきたのが年馬の行かない小娘であったことに驚いているようだった。この方がこちらの新しい主になります。そんな言葉と――詳しいことは彼らに聞くようにという文言を残し、役人はすたこらとその場をさっていった。じっとこちらに視線が向く。私はそっと息を吐いて立ち上がると、御簾に手をかけた。力任せに下に引っ張れば御簾は音を立てて下に落ちた。驚いている彼らが私をみる。私もまた彼らをみた。
「うん、やっぱりちゃんと顔が見えた方がいいね。こんなもの越しだとお互い得体の知れない存在になってしまうし」
でも落ちていることも気になるのでもう一度付け直しておく。御簾の外側で私はまた彼らの方を向いた。
「私はナマエと申します。いきなりのことで驚かれたでしょうが、どうか貴方達のそばに立つことをお許しください」
私の言葉に中にいた一人が眉間にシワを寄せて口を開く。
「お前、俺たちに名を名乗ること、顔を見せることの重大さをわかってないのか?」
「人としての礼儀を弁えただけです。初対面の人に顔を見せるのも名を名乗るのも最低限の礼儀でしょう。例えそれが相手が人でなくても」
「……新しい主は礼儀正しいときた」
「いえ、そんなものも建前かもしれません」
「建前?」
「ただ、私がやりにくかったんです」
困ったように笑ってしまったのは仕方なかった。
「たった数日前まで私はただの子供だったわけですから」
そう、ただの子供だった。一応は、という言葉がつくけれど。
「だから、いきなり主になれと言われてもよくわからないんです。どういう立ち振る舞いが主として相応しいのか。どうこの戦いに参加すればいいのか。どうやってここを運営していくのか。そして、どう貴方達と接していけばいいのか」
そう言葉を紡ぐ。彼らは幸いなことに耳を傾けてくれている。
「そんな状態では貴方達に的確な指示を出すことも愚か、貴方達の望む主になることもできません。だから、私は顔を見せ名を名乗りました。貴方達と共に歩むために」
まっすぐと、ただまっすぐと彼らをみる。だから、どうか。
「だからどうか、貴方達の名も教えてください。貴方達が何が好きで何が嫌なのか教えてください。私に何ができるのか教えてください。そして、貴方達と共に歩む許可をください」
返答はない。それどころか喋る狐が駆けてきて、主様!と私を叱った。
「いけません!主様!何をされているのですか!」
「挨拶を少し」
「顔を出してはいけないと役人から聞いていないのですか!?まさか、名乗ってしまってないでしょうね!」
「名乗ったよ」
私が緩く笑いながら言えば狐は顔色を悪くした。
「でも、彼らは何もしないよ」
「何を……主さまは彼らの前の主がどんな人物だったか知らないから言えるのです!あぁ、どんなことをされるのやら!私は知りませんからね!!」
「彼らは何もしないよ。どうして狐さんはそんなことをいうの?」
「狐さん!?私は管狐でこんのすけという名が……!」
「あぁごめんね、こんのすけ。私はナマエって言います」
「主様!」
「大丈夫、彼らは何もしないよ。もちろん、君もね」
「だから何を根拠に」
「だって私は彼らを信じているもの。彼らは悪さはしないよ」
私がそう首を左右に振ると、こんのすけはペシペシと前足で畳を叩いた。ぷはっと誰かが吹き出す声が聞こえる。そちらを見れば大きな男性が笑っていた。
「新しい主はこりゃまた変わった奴だな。なぜそう言い切れる?俺たちは前の主に悪さをしたんだぞ」
「そうなんですか?でも、貴方達からは悪い――嫌な感覚がしません。それどころか光を感じます」
「光?」
「感覚の問題なのでなんとも言えませんが、周り――建物や敷地の中は嫌な感覚がしたのに貴方達がいるここにきたらその感覚が消えました。貴方達の光が強かったからでしょう」
そう言って庭に繋がる障子をあける。どんよりと曇っている空、感じる嫌な感覚を祓ってしまうか、と庭に足を踏み出した。
「主様、いけません!穢れてしまいます!」
「大丈夫大丈夫。こういう場所にはなれてるから」
手を宙に伸ばす。私の呼びかけに答えるように光の渦ができて、キーブレードが現れる。私はそれを宙に掲げた。
「光よ」
その言葉に呼応する様に光の柱ができる。そうしてそれは空の曇天を突き刺すと――花火のように飛び散って曇天をかき消した。光が空からさす。花々が空を見上げ、水が澄む。どんよりとした霧に覆われていた庭は美しい様を見せた。キーブレードから手を離せば、それはまた光の粒になって消えた。振り返ればこんのすけだけでなく他も唖然としているのが見える。
「ね、大丈夫でしょう?」
そう笑ってみせれば、こんのすけがぱくぱくと忙しなく口を動かしていた。彼らは顔を見合わせる。しばしの沈黙ののち、はぁっと誰かがため息をついた。
「まったく、雅なのかそうなのかわからない子だね!折角の真白の足袋が汚れてしまっているよ!」
紫色の髪の男性の声に足元をみる。どうやら水たまりだったらしい。真っ白の足袋が汚れていた。やってしまった。金色の鎧を身につけた男性が手招く。
「こっちにまわっておいで、洗い場があるから」
「あぁ、そうだね。先に清めた方がいい」
「そのあとは早速ですが仕事を覚えていただきたい。この長谷部、主が一人前となれるよう全力でサポート致します」
名乗った彼に私は「頑張ります」と笑みを浮かべた。思えば私の異質はその時点で受け入れられていたのだろう。彼らは私の髪色が元の真白に戻っても驚きはしたが色を染めるようになんて言わなかったし、そちらの方が美しいとさえ言ってのけたのだから。そうして、私の審神者としての一生は幕を開けたのである。
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