「じゃあ、私は二人とまたサッカーができるように頑張るね」
 無邪気に私は二人にそう告げる。二人は驚いたように目をパチパチと瞬いて私を見た。桜が綺麗な頃だ。風は冷たいが、陽は暖かい。高校生になる頃だっただろうか。それとも、もう少し年を重ねた頃だっただろうか。知り合った頃よりも背が伸びた二人、頭一つ分低い私は二人を見上げるしかなかった。
 昔は一緒にサッカーが出来ていたというのに、中学生になればチームは当たり前のように男女に分かれてしまう。それもそうだ。当時は納得など出来そうもなかったが、男子と女子は筋力も体格も多くのことが違い、一緒にプレーすると危険な事があるのである。それでもなんやかんやタイミングを見つけては二人と一緒にサッカーをした。家が近所ということもあり、持田蓮とはもう十年くらいは一緒にサッカーをしているし、ハナちゃんともそこそこ長い付き合いになる。蓮とハナちゃんのプレーがうまいのもあって、二人とするサッカーは最高に楽しかった。だから私はもう一度彼らと並んでサッカーをしたかったのである。同じ景色を見て、同じその場所を駆けたかったのだ。
 当時の私は悪戯っぽく笑う。
「私が日本女子でさ、女王様みたいに1番でありつづければ二人と一緒にサッカーできそうじゃない?」
 それは大真面目の、本心だった。私の言葉に持田連こと蓮は吹き出した。花森圭悟ことハナちゃんもふふっと笑って見せたのだが。
「お前が女王様とか女子おわってんな」
「……ナマエならすぐなるだろう」
 正反対に聞こえる言葉である。
「ま、いいんじゃねえの。仕方ないから待っててやるよ」
 そう言って持田蓮は笑う。花と一緒に待っててやる。彼の言葉に確か私は吹き出したのだ。偉そうに、と。

 ――でも、今日の夢の中で私は泣いた。何故ならそれはもう二度と果たされることがないからだ。

 それから数年後のことだ。順調にユースから女子のプロリーガーになった私はその年の後半、練習中に倒れたのである。あわや心肺停止。おそらく監督がきちんとした救命活動を行っていなければ私はそこでおだぶつだっただろう。ついているとおもった。緊急入院して日本では手術が難しいためアメリカにまで渡って。
 でも生きるということと引き換えに神様は私から大事な物を奪っていったらしい。いくらリハビリを頑張ろうと、いくら体力をつけようとしても、全ての結果は裏目に出て終わる。それを繰り返して私は理解してしまった。私はもう二度と、あの二人とサッカーができないのだ、と。

 覚めろ、と念じていれば眠りから覚める感覚がする。景色の暗転、そして視界は自分の部屋へとかわる。
「なにも酷い夢を見せなくても」
 小さくぼやいて目を伏せる。大きく深呼吸をして無理矢理体を起こした。さて仕事に向かうかと頬を叩く。顔を洗って、着替える間にトーストを焼いて、朝ご飯を食べて、薬を飲んで。そうして私は部屋を出る。夢の名残を部屋に閉じ込めて。

 私がアルバイトしている職場はサッカーのクラブハウスだ。浅草を拠点とするETUは万年降格圏内と言われているチームである。そんなクラブハウスだからこそ事務手伝いのアルバイトの応募も少なかったらしく私はするすると面接などを経て事務手伝いのアルバイトになったのである。ここのチームが降格圏内にいるのはなにも選手が悪いわけではない。話すことが偶にあるので話すが、悪い人たちではない。そしてフロントが悪いわけでもなさそうだった。まぁ、いい人ばかりのチームが勝てるわけではないからそうではないのだけれど。選手のビブスを準備していれば隣に人が並ぶ。
「おはよう、苗字さん」
「おはよう、有里さん」
 私はそう言って私より少し低い彼女を見下ろした。今日何時もより早いね、と言った彼女に私は肩をすくめる。
「悪い夢見ちゃって早く起きちゃいました。そのまま家にいたくなかったので」
「なんだ、新しい監督に興味があるのかと思った」
「興味はありますよ。だってあの達海選手でしょう? ……あ、他の仕事は言われたとおり進めておきました。あとは広報もわかる分は終わらせておきましたので」
「ありがとう。ほんっと、苗字さんが来てくれて助かるわ」
 周りが動いてくれないのよ。
 そう告げた彼女に苦笑いする。まわりが働かないのではなく、彼女がワーカーホリック気味なのであるからだと思うのだが。そのまま軽く業務の進行具合を報告していれば彼女は呼び出されて用具室を後にした。それを見送って私は転がっていたサッカーボールを足で蹴り上げる。天井にはつかない程度に真上にあがったそのボールをもう一度軽く蹴ればボールが仕舞われている籠にはいる。
「ははっ、ジャストミート」
 そうガッツポーズをすれば見ていたらしい誰かに拍手されたのだが。えっと振り返ればそこにいたのは達海猛本人である。
「うまいね、スクールのコーチかなんか?」
「いえ、ただの事務のアルバイトです」
 私の言葉に彼は目を瞬いた。居心地が悪くて私は「あー、」と小さくうめく。そうして私は軽く右手を差し出した。
「貴方のファンです。ETUにおかえりなさい、達海選手。そして、これからよろしくお願いします、達海監督」
 彼は一拍おいて「うん、よろしくね」と握手に応じてくれた。
「会議室、何処か知らない?」
「ご案内しますよ」
 こっちです。そう言って彼を会議室に案内する。まぁ、途中で寄り道しまくるから結局彼は窓から侵入するという手を使ったのだが。それにしてもサポーターのブーイングがすごいな。なんでだ。私はめちゃくちゃ達海監督好きだぞ。




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