「あれ、椿選手」
 夜のグラウンドである。そう声をかければ彼は肩を跳ね上げた。驚かせてしまったらしい。ごめんごめんと謝って、自主練してるの? と聞けば彼は顔の色を真っ青にした。
「すいません、すいません、すぐに片付けるんで!」
「いいよいいよ、サッカー練習するのは悪いことじゃないから気が済むまでやっていいよ」
 と言っても私はただのアルバイトなのであるが。う、うす、とうなずいた彼に私は近くに転がったサッカーボールを真上に蹴り上げる。そのまま数回リフティングしてから彼がしていたようにボールをゴール目指して蹴った。まぁ、枠にはじかれたけれど。
「あちゃー。やっぱうまくいかないか」
 そう言ってケラケラ笑う。彼は目をパチパチと瞬いた。どうしたの? と尋ねれば彼は口を開く。
「事務員さん、サッカーできるんですね」
「10年前まではやってたよ。いろいろあって辞めちゃったんだけど、やっぱりサッカーが好きだからクラブハウスに働きに来ちゃった」
 近くにあったボールを彼めがけて蹴る。まっすぐに飛んでいったそれを彼は帰してくれる。ああ、やっぱり楽しい。ボールを蹴るのは。
「椿選手、やっぱりうまいね。椿選手はこのチームのユースから?」
「いえ……」
「じゃあ、スカウトされたんだ」
「ええっと、はい……俺みたいなのがスカウトされるなんて思わなかったんですけど」
 おっと自信がないのかこの子。そう目をパチパチと瞬く。話を変えよう。
「サッカーは楽しい?」
「はい」
「じゃあ、大丈夫」
「えっと?」
 そう首をかしげた彼に、私はボールを止めて目を伏せる。ああ、まぶしいな。そしてうらやましい。その感情を全て隠して、ううん、なんでもないよと告げて緩くボールを蹴れば籠に入る。
「これからも楽しんでね。さて、私もそろそろ仕事に戻るかな。選手は体が資本なんだし、あんまり無茶しちゃだめだよ」
 ひらひらと手を振れば彼は「ウス」と返事をした。そこから偶に彼が夜に練習しているのに遭遇するようになるのだけれど。





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