RE:カルペディエム 08『seize the day』-3
選ばれた時、とてもうれしかったのだ。テレビ番組の中のちょっとした企画には変わりなかった。周りにそんな仕事を受けるのかとも言われた。でも、それでもだ。俺には意味も意義もあったのである。本当はこのスポーツの実況を担当したかった。しかし、何の因果か違うニュース担当に回されることになり、やりたかったことは見るからにスポーツができそうな同僚がかっさらっていった。この仕事も本当は本業を勝ち取った同僚が受け持つはずだった。が、何を考えているのかたいして偉くもないのに断ったのである。そこで俺がすかさずやりたいと立候補し、俺が選ばれたのである。
――彼女の願いをかなえる。そんな名目で集められたメンバーは新旧の勢力が入り乱れていた。たとえば、彼女のチームにはかのワールドカップで活躍した花森圭悟や持田連がいるのに対し、相手のチームには今前線で活躍する椿大介や窪田晴彦、女子のエースとして名高い小西唯が参加している。それに加えて女子の新星と言われる関崎や男子の山形のルーキーである新名、浦和のルーキーである戸田が参加している。そう、あの時、俺の部屋を尋ねにきていた人物が。あの時、隣のベッドにいた人物が。この試合には集まるのだ。
俺はすこしフットボールの練習をしたが、そうそううまくはなれなかった。隣のリハビリと称した軽い運動についていくのがようやくである。当たり前だ。彼らはずっとトレーニングを続けた先にいるのである。俺が少し頑張ったくらいでプロになるなんて甘すぎるのだ。でも、隣とは随分と仲良くなったと思う。今までいた多くの同い年のように退院までの関係かと思っていたのに、気づけば退院する時に連絡先を交換して、気づけば出場している試合にも足を運んだ。それは隣にいた戸田がプロに入って変わらない。今でも偶に一緒にボールをけっては下手くそと笑われるのであるが。
俺は選手やコーチなんかにはなれっこないが、それでもフットボールにかかわる仕事を諦められなくて、就職を考える時は苦労した。クラブハウスで働いてもよかった。一つのチームを愛し、一つのチームを見守り、一つのチームを盛り上げる。しかし、俺が魅入られたのは一つのチームだけではない。言葉をくれた花森圭悟は別格であるのだが、好きなチームはたくさんあった。選べなかったのだ。だから、このスポーツが持つ魅力を、ワクワクさせるようなことを、たくさんの選手たちの言葉を、たくさんの人に伝えられたらと思ったのだ。そんな理由から俺はこの仕事を志望した。まあ、普段はまじめそうだからという理由でニュースを淡々と読んでいる毎日を過ごしているのだが。それはそれで光栄な話である。
もってきた自作資料を鞄から取り出しておく。スタッフ達は本気だね、というので俺は笑った。この席を取りに来たので、と。この強気な発言をあの頃の俺が聞いたらどう思うだろうか。いや、案外「やるな」と思うかもしれない。しかし、あのかかわりができる前の、卑屈だった俺が聞いたならなんてことをいうのだとおこったかもしれない。未来なんてないと思っていた俺が聞いたならそんなことできっこないと泣いたかもしれない。フットボールをどこか遠い世界だと思っていた俺は無理だと無関心にいうだろう。ずっと狭い世界にいるとおもっていた俺は悲劇感たっぷりにこう言うのだ。俺にはそんな勇気あるはずなどない、と。
俺の世界は何度も変わる。一度目は病気が判明した時。二度目は苗字選手が病室の俺を見つけたとき。三度目が、事故にあった戸田が隣にやってきて花森圭悟や持田蓮と会った時。4度目、戸田が連絡先を好感して先に退院していったとき。5度目、両親の反対を押し切って、一人でオリンピックを見に行った時。6度目、今の仕事に就いたとき。
一度目で色あせて狭まった世界は、世界が変わるたびに広くなって鮮やかになっていく。これからもそうであれとは思うが、その保障なんて誰にもできないのではあるが。
7度目は、きっと今日だ。今日のこの挑戦で俺はきっとまた違う世界に足を踏み出す。失敗するか成功するかなんてわかりっこない。どちらに転んでも、また違う世界にいつか俺は足を踏み出すだろうから。ただ、俺は諦めが悪いし、我慢強い。俺が知るその人の背中をずっと見ていたから。
別のカメラが入場前の選手たちを映している。もうすぐで試合が始まる。彼女の夢がかなう。そして、俺の挑戦が始まる。俺は実況席に座り、緑のフィールドを見下ろして口を開いた。
「はじまります、夢をかなえる番組プレゼンツ前代未聞男女混合フットボール『日本代表対日本代表』。実況は長谷慧斗、解説は元日本代表の成田誠さんでお送りします」
今俺はあの頃のような画面越しにいるわけでもないし、違う世界だと感じているわけでもない。俺はフィールドの近くにいて、彼らの様子を、たくさんの人に届けることができる。
「まさに、夢のような舞台ですね」
彼女にとっても、俺にとっても。