RE:カルペディエム 08『seize the day』-2

 夢のようである。目の前にはあこがれていた選手がいる。キラキラとした目で彼を見つめてしまうのは仕方ないと思うのだ。椿選手だ、本物だ、と何度もつぶやいていれば彼は困ったように私を見下ろした。
「えっと」
「椿選手、武蔵野のころからファンです!」
「えっ、えっ、そんなころから!?」
「はい!一緒にプレーできるなんてうれしすぎる」
顔がにやけっぱなしだ。私が喜びを爆発させている隣で、先ほど持田連に喧嘩を売っていた同じ高校にいた戸田が「敵だけどな」とさらりと告げたのだが。うるせえ。わかってる。
「うるせー、わかってるよ。相手でもうれしいの!」
「なんで」
心底不思議そうな顔をした新名に私は眉間にしわをよせる。恐らく、彼にはわかりずらい感覚なのかもしれない。
「ほんと新名は背中気を付けなよ。あのね、私たちは男子選手とプレーなんてできないでしょうが」
「そりゃあ、ふつうは危ないし、フィジカルとか違うだろ」
「あーあーでたよ、正論。わかってるって。でもさー、私たちだってあこがれの選手がいるんだよ。同じ性別の選手だけ一緒にプレーできるなんてずるいじゃん」
そう返せば、彼は、というよりは彼らは思いもしなかったんだろう。目をぱちぱちと瞬いて私を見下ろした。
「私は椿選手みて、サッカー楽しそうだなって思って始めたんだよ」
「苗字ナマエ云々っつってなかった?」
「あの人は浦和に入ったきっかけ。サッカー始めたのは椿選手が楽しそうにプレーしてるのみたから。初めてサッカーしたら楽しかったし、そこからずっと思ってたんだよね、椿選手と一緒にサッカーできたら楽しいだろうなって。でも、ずっと叶わないだろうなって」
 テレビに映る彼も、スタジアムで見る彼も、楽しそうにサッカーをしているから。ずっと一緒にボールを追いかけてみたかったのである。遊びなんかじゃなく、真剣に。でも、それは叶わない夢だ。私の性別が違うから。叶わない夢のはずだったのだ。この企画がなければ。夢をかなえるという番組で、苗字さんが願わなければ。なんやかんやでその話に少し噛んでいた達海さんが私を誘ってくれなければ。
 私の言葉に椿選手のそばにいた窪田選手がのんびりとした口調で口を開く。
「じゃあ、今日は君の夢もかなう日だねー」
 その言葉に私は何度もうなずく。スタッフさんがそろそろという声に私は二人に大きく手を振った。
「椿選手をあっと言わせてみますよ!」
 私の言葉に彼は少し照れたように、一緒にプレーできるの俺も楽しみだよ、と一言返した。たった一言、その言葉が私にはうれしかったのだ。
「やばい、泣きそう」
「なんでお前が泣くんだよ。主役あっちだろ」
 戸田の言葉に彼ではなく新名の背中を軽く殴る。俺じゃないだろ!?と驚いた彼に、うるせえ、と私は言葉を返した。主役があの三人だって私だってわかっているのである。

 ――今日は、苗字さんの夢がかなう日。いつか一緒にフットボールをするのだと約束した三人が長い年月を経てやっと同じ場所に立てる日。この番組の主役は私じゃない。先を駆けていたあの三人だ。

 でも、私の夢も叶う日だ。長年抱いていたけれど、叶うはずがないと思っていた夢が、叶う日だ。でも、同じような夢を抱く人が多い。だから、次は私がそれを叶えられるように助力する番だ。
「よし決めた、これが毎年の恒例行事にできるように私は頑張る」
 頬を叩いてゆるむ表情をただす。同じような夢を抱く人が、いつか同じように夢をかなえられるように。私の言葉に新名が私を見下ろした。なんだ、反対する気か。やんのかこらーと彼を見上げる。まあ、彼があっけらかんとしながら告げたのは私の想像とは違うような言葉だったが。それってお前だけが背負うことじゃなくね?と。
「お前の話聞いて、普通にそっかーって思ったわ。俺たちもうプロなわけじゃん。自分の夢も人の夢も叶えるもんだろ」
「うわっ、でた、いいこといったでしょっていうどや顔」
「次にまともなコメントすんのは半年後」
 戸田はそう言ってロッカールームに足を踏み入れる。扉を開けたままにしといてくれ・わたしは扉を開けつつ、新名を見る。
「新名の夢は?叶いそう?」
 私の問いかけに、新名はそうだなあと笑った。嬉しそうに、楽しそうに。一個はもうとっくに叶ってる、と。




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