I'm not her, but I'm still living as her.-1-

 最悪だ。私の頭の中はその言葉だけが渦巻いている。最悪だ。ようやく見つけた住み込みのアルバイト先だったのに、こんなことになるなんて思いもしなかった。我が物顔でホテルの中を歩く警察を見て私は何とも言えない心地になる。知らない人達がそれを追いかけていく。私は頭の中でこれからどうするかを考えた。だって、私は警察に怪しまれてはいけない。堂々としていれば怪しまれることなどないとは今までの経験上理解しているし、今までも何とかなってきたのだ。でも、今回ばかりは自分が無事で済むかわからなかった。
 ――ホテルの利用客が殺害されたのは、昨夜のことだったらしい。
 「らしい」というのは、警察が従業員である私たちにも告げた言葉であるからだ。私は死体を見たわけではないし、現場を見たわけでもない。ただ、何号室で起こったという話をきいて「ああ、あの噂の」と思ったくらいで特別何か恐れるだとかそういう感情にはならなかった。私が朝に聞いた叫び声は死体を見つけて叫ぶ同僚の声だったというわけか、と納得したくらいである。そして、ほかの利用客の朝食をつくりながら沸き上がったのが「最悪だ」という感情だった。
「敷島さん」
 そう呼び止められて物を運ぶ手を止める。見た目は似たようなくらいの年の少年である。高校生である彼は探偵であるらしく、捜査の手伝いをしているらしい。偶然家族とこのホテルに泊まりに来ていて巻き込まれたのだ。父親は有名な推理小説家らしいが、小説は読めないので私は知らない。
「どうしたの、工藤息子」
 私の言葉に彼は何とも言えない顔をした。仕方がない。彼を覗いて工藤は二人いる。彼の父親と彼の母親だ。オーナーとは元より知り合いらしい工藤父と、元は女優だったという工藤夫人、そして高校生探偵であるこの少年である。彼を何度かみたことはある。路上で捨てられている新聞に彼の写真が載っていた。
「敷島さん、ちょっとお願いがあるんだけど」
 ふむ、顔がいい。母親に似たらしい。私は怪しまれないために「私にできることなら」と告げる。彼はその言葉にうれしそうな表情を浮かべた。探偵というのだからはやく私の無実を証明してほしいところである。こうなってしまった以上私はここにいることは憚られる。アルバイトをやめてまた違う仕事を探さなければならないが、この年での住み込みのバイトなんてなかなか探せない。
 彼に頼まれて備品庫の扉を開ける。ごそごそと何かを探っている彼に、彼が犯人なのではないかと思ったが父親である工藤父も加わったのでそうではないのだろう。何かを見つけた彼らは何か話し合うと、工藤息子は警察めがけて駆け出した。私はそれを見送って工藤父を伺うように見上げる。
「鍵を閉めても?」
「ああ、ありがとう」
 工藤父はそう言って部屋から出た。私も部屋から出て扉に鍵を閉める。
「君は、住み込みで働いてるんだったね」
「はい。オーナにはよくしてもらっています」
 そう言って私は彼を見上げた。この人の目は怖い。一部の警察官もそうであるが、真実を漏らさないような暴き出すようなまっすぐな目だ。私はこの目が嫌いだ。私は嘘の塊なのだ。そしてそこに真実も何もない。
「君はどうしてここで?」
「住むところとお金が必要だったので」
 私はそう言って彼からどう逃げようか考える。彼はのらりくらりといやなところをついてくるに違いない。
「親御さんは?」
「ノーコメントでお願いします」
 そう言っておけば周りは勝手に想像し納得するのだ。もしくは沈黙して悲しげに目を伏せ、「今はもう」と告げるか。家出少女と思って「心配するよ」というひと、親が死んだと思って「つらいことを聞いてしまった」というひと、それを肯定もせず否定もせずにいれば彼らはそのまま勝手に想像するのだ。彼は前者らしい。「君のご両親が心配しているよ」と告げた。私は彼を見上げる。彼はじっと私を見る。
「君が本当に敷島麗華さんだとするとね」
 その言葉に私の心臓はバクバクと音を立てる。ポーカーフェイスの自信はある。私は困った顔で彼を見上げた。
「何か勘違いじゃないですか。私の両親は熱海で楽しくやってますよ。可愛い子には旅をさせよってやつです」
 私の言葉に彼は冗談だと笑った。
「君と同じ名前の少女が長い間行方不明になっていてね」
 ――知っている。
 私は知らないふりをして、そうなんですか? と相槌をうつ。
「私は小説家なんだが、知人から捜索してほしいと頼まれてね」
「工藤一家はそれでここに?」
「いや、ここに来たのは偶々だよ」
 彼はそう言ってけらけらと笑った。なら編集者から逃げて? と伺えば彼は動きを止めた。なるほど、締め切りに追われているのかもしれない。これは編集者に匿名で報告して逃げよう。
「まあ、何か困ったことがあるなら私や大木にいうといい」
 彼は見るからにいい大人のような言葉を告げる。そんな大人はいやなほどいる。でも、何かをしてくれるとは限らない。それどころか恐ろしいことをしてくる人もいるのだ。
「いつも何かあればオーナーには言ってます」
 私はそう返す。工藤父はそうかと笑った。それからすぐに彼の息子による『種明かし』が始まった。どうやら見つけた何かは最後の決め手だったらしい。まるでドラマのような推理ショー、そして犯人の自供と警察による連行。どうにか最悪を切り抜けられただろうか。ほっと安堵のため息をついて私は犯人を見送る。ついでに工藤一家も見送りたいくらいであるが、オーナーが彼らに料理をふるまうと言っていたからそれはまだ先になりそうだった。