I'm not her, but I'm still living as her.-2-

 今すぐここから立ち去ろう。そう思ったのはオーナーの料理を手伝っていた時である。
 君と同じ年頃で同姓同名の娘がいてね、と告げた彼に私は息を一瞬詰めてしまった。「そうなんですか?」だなんて何気ないふりをして料理をする。
「3年前に行方不明になってしまってね」
 ――知っている。だって、私が敷島麗華になったのは3年前からだ。
「苗字が違いません?」
「敷島は妻の苗字だからね」
 彼はそう言ってスープを作る。
「どうして行方不明に?」
「それが分からないんだ。元妻が連れて行ってしまって俺は月に一度あえるか会えないかくらいだったから」
 ――彼は知らないのだ。何も。
「元奥さんはなんて言ってるんですか?」
「喧嘩して出て行ったきりだとはきいたよ。でも、元妻とも連絡が取れなくてね。もしかしら妻のもとに戻っているのかも」
 ――それはない。きっとそれはない。だって、彼女は。彼女には暴行された跡があった。殴られたり蹴られたりした跡があった。喧嘩とはいいがたい。私はその跡ができる理由を知っている。一方的な暴力だ。
「だから、君を見ているとまるで娘と暮らしているみたいでね」
 彼の言葉に私は何とも言えなくなる。私は「そうですか」となんとか返した。
「麗華ちゃん?」
「その娘さん、まだ探しているんですか?」
「まあねえ、子供が行方不明になって探さない親はいないよ」
 そう告げた彼に私は嘘だとおもう。そんな親なんて一部だけである。きっと彼は穏やかな家庭でそだち、ずっと穏やかな暮らしをしていたのだろう。探していても自己都合のために探す親もいる。私はそんなものを言葉に出さずに口を開く。
「見つかると、いいですね」
「うん。麗華ちゃんも偶には家に帰りなよ。親御さんも口に出さないだけで心配してるだろうし。熱海にいるんだって?」
「ははは」
 私は笑って材料を鍋に入れる。
「なら、久しぶりに会いに行こうかな」
 私はこうして嘘をつく。平然と、当たり前に。彼はそれをきいて、会いに行っておいで、と穏やかに笑った。従業員と工藤一家、オーナーを交えた夕飯の席でオーナーは私のその発言をひろい、会いに行っておいでと告げた。正直、ありがたかった。だって、ここにはもういられなかったからだ。

 ――工藤一家を見送る日、私もそのホテルを後にする。きっともうここに私は帰らない。