Call my name,If you can
決めること、やらなければいけないことは山積みだった。安室さんは私に手続きの仕方を教えてくれて、工藤夫妻は弁護士を紹介してくれた。女性の弁護士さんは怖いかと思えばそうでもなく、親身に話をきいてくれた。資金がないといえば彼女は「出世払いでいいのよ」だなんて冗談をいって、私が真に受けていれば「子供が心配することじゃない」と言ってくれた。そんな周りのサポートもあって、私の存在証明は比較的短期間で作り上げられた。それと同時に『彼女』の事件も進展していく。彼女の母親と義理の父親になった人は逮捕され、私については一応いろいろ調べられたが結局は目撃者として処理された。彼女の身分証を使ったことはつつかれたがこれもまた弁護士さんが『情状酌量』だなんだと弁護してくれたのである。
「心配したんだ」
そう言ったオーナーに私は彼を見上げる。会って怒られて、私は謝った。怒るのは当然だ。私は彼の娘の存在を利用して生きていたのだから。でも、どうも彼の怒りはそちらではないようで、言われたのが「心配したんだ」の一言である。彼は私に視線を合わせると口を開く。
「それで、君の名前は?」
「――玲花。立花玲花」
私の言葉に彼は目を見開いて、それは何時かと同じような表情だった。でも、違うのは彼がそのあと口を開いたからである。どこか泣きそうな顔で、娘と同じ名前だ、と。
それから私はオーナーのいるホテルに戻ることになった。彼が私の後見人になってくれたからである。それに、あのホテルがある町からそう遠くはない場所に夜間に通える学校があったのも理由に含まれる。私は働きながらそこに通い、休みの日は机にかじりついて勉強をした。年上の従業員たちもお客さんでさえも私に親身に教えてくれる。偶に工藤一家やその幼馴染みの一家、お世話になった弁護士さん、『彼女』の事件を捜査した警察の人が泊まりに来て、私の近況を尋ねて帰っていくのだ。
そういや安室さんは元気だろうか。
ホテルの前の掃除をしていれば、ふと、そう思う。梓さん達も来てくれたことがあったが、彼だけにはここで働きだしてからずっと会っていない。まあ、そりゃあ必ずしもあの時にかかわった全員が私に会いに来るわけでもないだろう。私にとって安室さんは私を助けてくれた人であるが、眠りの小五郎の一番弟子だなんていっていたが、独り立ちして探偵になってるんだろうか。似合うな。そんなことを考えていれば、オーナーが「玲花ちゃん」と私を呼んだ。
「料理のほう手伝ってくれないかな、このままだと間に合わなくて」
「わかりました」
そう言って私は表の倉庫に箒を片づけに向かう。それとほとんど同時に近くで止まっていた車が走り出した。一瞬見えたその中に安室さんがいた気がして、私は曲がり角に消えた白い車を見つめる。気のせいだろうか。
「玲花ちゃん?」
「今行きます」
倉庫の扉を閉めて、オーナーに続く。
「安室さん元気かな」
「ああ、あの大学生の? きっとどこかで元気にやってるんじゃないかな」
――なら、こうするのはどうだろう。
思い出の中で、彼は口を開いた。何時間も名前を考えて、でもしっくりくることがなくて困っている時だった。読み方はそのままで、漢字を変えてみるのはどうか、と。単純なアイディアだったが私はそれにすぐ賛成した。漢字辞典をひっぱりだしてきて、意味を調べて私は自分に名前を付けた。
後に会った時は私に戸籍という証明ができた直後である。彼はグレーのスーツを着て、私に尋ねたのだ。
「じゃあ、改めて君の名前は?」
「玲花。立花玲花」
「そうか。玲花、いい名前だ」
私の返答に彼は嬉しそうにそう笑んで、私の頭を撫でるとそこを立ち去った。
――それが、最後。今の似た人をのぞいて、最後。
私はその時撫でられた頭を触って、もう一度車が立ち去った後をみる。
「そうだといいな」
まあ、その跡に見えた長野県警の人が休みの時に乗る車に私は顔をしかめたのだが。
「やばい、県警の人が来た!」
私のセリフに近くにいたオーナーと同僚がぎょっとしたようにそちらを見た。ばたばたとエプロンを身に着け厨房に駆け込む。今日もきっと宴会騒ぎになるだろう。『私』の『立花玲花』としてのその後はにぎやかで楽しいものには違いなかった。
