手伝って欲しいんだけど!
そんな必死な友人の頼み事を承諾したのがいけなかった。それは後悔先に立たず、だとか、後の祭り、だとか言われることで今となっては変えられないものである。はっきりいって、自暴自棄になって、むしゃくしゃして、どうしたらいいのかわからなかった時期に頼まれたものだから、もうどうにでもなれ、という気持ちで了承したことである。
手元にあるのは、カラオケバトルと書かれている紙である。友人はかなり歌がうまく、テレビで放映されたそれを見て参加したがっていたのをよく覚えている。それが、また開催されることになった、そこまではよかった。問題は、それがデュオ、いわゆる二人組であることが前提だったことだ。そうして彼女は私に頼んできたのだ。
――自暴自棄の結果。
それは、嘘だ。いや、周りに言い聞かせる理由としては正当なものだろう。でも、本当は。心の奥底では。
本当は、先生に追いつけば、何か変わるのだと思ったからだ。先生に追いつけば、またあの壁の高さに戻るのだと。
でも、まぁ、そんなことは今となっては関係ない。今の方が自暴自棄かもしれない。先生に知られたら、厄介なことになるのは目に見えている。そう、絶対に。ふと、一生懸命に口の中で歌詞を繰り返す友人を見る。それを見て、今回だけだから、と、自分を無理やり納得させた。
「へぇ、それの結果がこれ?」
そう言った先生は眉尻を上げている。先生が珍しく休みだから、と、彼に呼び出されたのはいいが、彼は片手に何か紙を持っていた。それは例のカラオケバトル番組を特集した雑誌らしく、そこに私と友人は大きく書かれていたのである。先生の裏番組だからと油断したのが悪かった。絶対に硲先生たちと自分たちの番組をチェックしていると思っていたし、プロデューサーさんにもきっかり根回しした、のだが。
眉尻を下げて、先生を見上げる。そんな顔をしてもいけません、だなんて先生らしいことを言った彼にどうしようかと思う。このまま、また壁ができてしまったら、と、思うと悲しくなってきた。先生はそんな私を見て、雑誌を丸めてポン、と私の頭を叩く。
「泣かないの。怒ってないよ、でも、言ってくれてもよかったんじゃない?」
そう言って雑誌を先生はおくと、私の頭を優しく撫でた。
「だって、これっきりだと思ってたから……」
そうしょげてクッションを抱きしめる。これっきりだと思っていた。本当に。
「……元はというと、先生との壁を低くしたかったからで」
そうモニョモニョといえば、先生は、あー、と言った。責任転嫁。でも、この分だとそうさせてくれそうだ。
「そういえば、フユカ、歌上手かったね」
「えっと、人並みには」
「グランプリとって、人並みには、は、ないでしょ」
そう小突いた先生を見上げる。先生は私の隣に座る。先生は私にもたれかかるようになった。
「昔、フユカ、俺に髪を上げるなって言ったことあったよね」
不意にそうこぼした先生に、どきりとする。確かに、先生に言った。だって、前髪を上げてしまえば、先生もかっこいい部類に入るわけで。先生が生徒間であまり話題にならなかったのは、前髪をおろしてかったるそうな雰囲気を出していたのと、るい先生がそばにいたからだと私は思っている。
「その時、俺がなんて言ったかおぼえてなーい?」
「……ん?」
「その反応は覚えてないのね」
「先生が、かっこよすぎて、それしか印象が、」
そう言えば、先生からかかる負荷が重くなった。顔が見えないため、なんで負荷をかけられているかわからない。先生が、あー、というのが聞こえた。
「先生、答えは?」
「……俺は、フユカに人前で歌うなって言ったんだよ」
「え?」
「気に入ってた、フユカの、鼻歌。だから、他にあんまり聞かれたくなかったんだけど」
私はその言葉にクッションに顔を埋める。混乱する頭を鎮めようとするが、これは、無理だ。何か言葉を紡ごうと、言葉を探す。ごめん、なさい、と出た言葉は、歌ったことに対する謝罪なのか、忘れていたことに対する謝罪なのか、自分でもわからない。
「……まぁ、こうなっちゃ、仕方ないんだけど。でも、先生、ショックだわー」
「うぐ……」
「こういう番組に出てたことを知らされてなかったのもショックだし、フユカが人前で歌ったのもショックだわぁ、フユカ?」
「う、反省してます」
そう言えば、私にかかる負荷はなくなる。私はそのまま背筋を伸ばし、先生を見た。先生は微笑んでいて、怒ってるわけじゃないようだ。
「フユカ」
「なんですか、」
「グランプリおめでとう。俺は応援してる」
フユカのファン1号だから。
そう告げた先生に、顔が真っ赤になるのがわかる。そして、今まで困惑でしかなかった事実が、喜びに変わった。思わず先生に抱きつく。それに驚いた先生は、目を瞬いたようだけれども、すぐにわたしの髪をすく。
「先生、私、歌手頑張る」
「ん。頑張って頂戴。フユカが稼いだら先生引退するから。あー、これで老後は安泰、よかったよかった」
先生はポンポン、と、私の肩を叩き、コーヒー飲む?と尋ねる。はい、と笑った私に、彼はのっそりとコーヒーを入れに動いた。
先生が置いた雑誌には、カラオケバトル番組グランプリ受賞コンビが歌手デビュー、と書かれていた。
先生と一緒のステージにたつのは、それからまだ先のことで。
先生とスキャンダルされることも、先生に嬉しい言葉をもらえることも、まだまだ先のことである。
fin
いつかの連鎖反応、生成物の行方