
アンハッピー ミゼアブル デイ-1-
多くの人にとって、誕生日は特別な日であるだろう。なぜなら、多くの人が自分を祝ってくれるからだ。特別な日、とまではいかなくても、何時もと違う日であることは変わりない。そして、その日を嫌いになる人なんて滅多にいない。なんやかんやと言っても、好きな人が多いはずである。
――しかし、ここに一人、誕生日が嫌いな人間がいる。
彼女の名前はオトハ・サクライ。日本語の順に名乗ると「サクライ オトハ」となるが、彼女は現在ニューヨークにいるので最初の順番で差し支えない。今日で20歳の誕生日を迎える彼女オトハは、彼女のラボを訪れた男にとってだらしない格好をしていた。
ださい年代物の黒縁メガネに、灰色のルームウェア。手入れが面倒だからとバッサリと切っている髪は寝癖がついたままであるし、白衣もシワが出来てしまっている。ちゃんとした身なりをすれば、それなりに見えるもののこのオトハ・サクライという人物はそういうことに無頓着なのだ。
「オトハ、今日はジイさんと約束があるんじゃなかったのか?」
そう訪ねた男に、オトハは「うーん」と、これまただらしない言葉を吐く。男が準備しろ、という視線を送ればオトハはヨロヨロと立ち上がり、「シャワールームへ行ってきます」と男に告げた。
オトハ・サクライは男――トニー・スタークの部下、兼、助手と言う肩書きを持つ人間である。付き合いは今年で十年目にもなるし、スタークはオトハが幼い頃から面倒を見ているので、もはや「娘」といっても過言ではないだろう。それだけでなく、部下、助手、研究員としての彼女はとても有能で彼のお気入りでもあった。そんな彼女だからスタークは口酸っぱく、皮肉を交えて服装を注意するのだが、「人間欠点の一つや二つあるものだ」といって聞く耳を持たないのだ。あたりまえだが、その言葉は自分で言うことではない。
そんなオトハがスタークで生み出したものは数多い。最近で言えば、シールド(見えない防御壁)を創りだしたのも彼女の功績が大きく、また、彼女自身が研究している内容に、とある組織や軍事企業だけでなく、スタークも期待している。
スタークはオトハのラップトップに近づくと、なかに書かれている文章に目を通し始める。空中の画面――ホログラムの画面に映るのは、二つの設計図である。机にはその試作品が置かれていた。
「まだ起動テストしてないよ、それ」
そう言ったオトハはこざっぱりとした服に着替えている。黒いズボンにジャケット、シャツというシンプルなソレは、どれも高級ブランドの服だ。オトハは二つの試作品をポケットの中に入れる。
「もっていくのか?」
「スタークさんは触らないだろうけど、他の研究員が不用意に触れて、『ザ・フライ』みたいになったら困る」
「ハエになるのか?」
「違うよ、テレポートに失敗した猿みたいに、その研究員が裏返しになったら困る」
「それは僕も困るな。掃除をするのは君だぞ」
「掃除したくないから持ち運ぶの」
スタークの言葉に、オトハは頬を膨らませるとコンピュータの電源を落とした。
「そろそろ時間だから行ってくる」
「夜はパーティーだ。夕方には帰って来い」
「パーティー?」
「楽しみにしておけ。ソーはさすがに無理だが――お前の大好きなブラック・ヴィドウなんかはくるぞ」
「本当に!?」
「ああ、本当だ」
「でも、なんのパーティー? ニューヨーク決戦同窓会じゃあるまいし」
オトハの言葉に、スタークはため息を付く。そして、帰ってきてからのお楽しみだ、と告げた。オトハは気にしていないのか、「はーい」とだけ告げて、その部屋を後にした。
オトハはニューヨークの人混みをするすると抜けて待ち合わせ場所へ急ぐ。グランドセントラル駅へつけば、見知った顔がないだろうか、とあたりをきょろきょろと見渡した。そして、あるベンチに目を向ける。少しばかり古臭い服を着た男性だ。遠くから見ても、体格ががっしりしているのがわかる。オトハはその人にそっと近づき――「だーれだ、」と目隠しをした。男性は爽やかに笑って「そうだな」という。
「僕との待ち合わせに十分遅れた奴だ」
「え? 嘘、そんなに遅れた?」
オトハがするりと腕時計をチェックする。時代遅れのアナログ腕時計は待ち合わせの時間を指している。今度はスマートフォンだ。スマートフォンの時間は待ち合わせの時間より10分遅い。
「キャップにこの前貰った時計の時間がずれてた」
「僕のせい? 気にいったのは君だろ?」
「この前、時間ずれてるのに気がついたんだけど、直し方わからなくてそのままにしてたんだった」
「トニーには聞かなかった?」
「絶対バカにされる。ごめん、遅れた」
「いいよ、僕もいま来たところだ」
そう告げて立ち上がった男性――オトハは彼をキャップと呼ぶが、彼の名はスティーブ・ロジャースだ――は、ニコリと笑う。これがトニーさんとキャップの差だよな、とオトハは思いながら「ありがとう」とお礼を言った。これがスタークならば小言と皮肉が数十分続いていただろう。
「あ、そうだ。君と会ったらまずコレを言おうと思っていたんだ」
博物館への道を歩いていると、ふと、ロジャースがオトハをみた。なんだろうか、とオトハが首を傾げると、彼は笑って口を開いた。
「誕生日おめでとう、オトハ」
その言葉に、オトハは驚いたように少し目を見開く。「忘れてた」と告げたオトハに、ロジャースは「自分の誕生日なのに?」と笑った。
「ここのところ、研究ばっかしてたから日付感覚がおかしくなってる。だから、スタークさんがパーティーなんか……」
そう苦笑いして、オトハはなんにもないようにロジャースの手を引いた。博物館への道のりを急ぐかのように。
「プレゼントはないの?」
「パーティーで渡すよ」
「期待しよっと」
オトハの言葉に今度はロジャースが苦笑いをした。君が気にいってくれるといいけど、と零したロジャースに、オトハは「キャップからならなんでも嬉しいよ」と答えた。