
アンハッピー ミゼアブル デイ-2-
――人には皆、秘密があるものだ。
オトハは並べられた展示物をぼんやりと眺める。オトハの眼の前にあるのは、おもちゃの企画展示である。コミックのヒーローなんかに紛れて、古いテディベアが並んでいた。ロジャースは懐かしいなとあちらへ行ったり、こちらへ行ったりとしている。
ロジャースにも秘密がある。彼はあの盾を持って戦うヒーロー、キャプテン・アメリカだ。アメリカで最古のヒーローと言っていい。彼は周りにソレを隠して生活している。
オトハの上司であるスタークにも秘密がある。「自分はアイアンマンである」と公言しているためヒーローとしての秘密ではないが、「ナントカの夜」とかいう秘密があるらしい。モデルを入れ食いしたというのは、噂でしかないためオトハはその秘密を知らない。
なら、オトハの秘密はというと、誕生日に関わることだ。それは何故スタークの元へ来たか、という真意に関わることでもある。
そして、その秘密は、オトハに今もまだ影を指している。
だから、オトハは誕生日が嫌いだ。
なにも、幼い頃から、そうだったわけじゃない。幼いころはオトハも誕生日が大好きだった。たくさんのプレゼントや、豪華なごちそう、豪華なケーキを与えられる。どれも普段ないことで、特別な日だ。その『特別な日』が違う意味で特別な日になるとも嫌いになるとも、オトハは思わなかった。
9歳の誕生日を、迎えるまで。
その日も、毎年の誕生日のように特別な日だった。
朝、仕事に向かうオトハの父に「誕生日プレゼントは何がいい?」と聞かれ、オトハの母はそんな父にオトハの誕生日ケーキを受け取るように頼む。オトハの兄は「プレゼントは用意してあるから、早く帰ってこいよ」と友達の家に行くオトハを見送った。
――大好きな日だった。一年で一番、だ。
友人にプレゼントを貰って、オトハはホクホクな気分で帰路に着く、その一瞬まで。
オトハがただいま、と扉を開けても、家の中は静かだった。誰も居ないような静けさに、オトハが家族の名を呼んでも返事はなかった。いたずら好きの兄と母親が自分を驚かそうとしているのか、とオトハはリビングの扉を開ける。
その時、目に入ったのはどす黒い赤だ。ぐちゃぐちゃになったケーキ、きりきざまれたプレゼント、ぐちゃぐちゃになったナニカたち。その中に男が一人佇んでいた。黒と赤が印象的である男は、オトハを見て口に弧を描き、赤い瞳を細めた。
誕生日おめでとう、オトハ、と。
「――オトハ?」
目の前に現れたロジャースの顔に、オトハははっとした。そして、なんとかロジャースに「どうしたの、」と尋ねる。震えている声に、ロジャースが顔をしかめてオトハを近くにあったベンチに座らせた。
「顔色が悪い」
「寝不足なんですよ、気にしないで」
「無理を言わせてしまったね」
「キャップのせいじゃありませんよ、私も気晴らしをしたかっただけです」
オトハがふるふると首を振って、立ち上がろうとする。キャップはそれを制し、飲み物を買ってくるよ、とその場を後にした。
――特別な日が、別の意味で特別な日になった。
男の手には赤い血でギトギトになった刃物のようなものがあった。オトハは叫んで、部屋を後にしようとし、真っ赤な何かに躓く。母の服を着たナニカ――ぐちゃぐちゃになった死体だ。ソレを認識した瞬間、オトハはこみ上げてきた吐き気を我慢して、立ち上がる。そして、助けを求めて叫んだ。大きな声で。男はそれにビクリと反応し、オトハの「助けて」という叫び声に気づいた通行人が玄関から声をかける。男はそれを聞いて、窓を割って逃げ出した。
それからは、オトハはよく覚えていない。
通行人と隣人が呼んだ警察がオトハを保護し、ホゴする大人がいないオトハは施設に入れられた。何年たっても犯人が捕まることはなく、事件は迷宮入りに近いと言っていい。現に、十年たった今でも犯人は見つかっていない。全米を震え上がらせた事件であるのにだ。
それから、オトハは誕生日も、警察も嫌いになったのだ。
ふとさした影に、オトハはキャップかと思い、影を見上げた。
「誕生日おめでとう、オトハ。君をさがしていたよ」
そう告げた存在に、オトハは体を固まらせる。黒と、赤。細められた赤い目に、口は弧を描いている。十年前と全く変わらない姿に、オトハは目を見開いたまま固まった。オトハに手をのばそうとした男に、オトハはその手をはねのけて震える足で立ち上がる。そしてそのままその展示室から走って逃げ出した。
どれだけ走ったかわからないが、不意に手を引っ張られる感覚にオトハは絶望したような表情を浮かべて振り向いた。そこにいたのはロジャースで「オトハ、」と困ったような表情を浮かべている。手にはジュースだ。しばらくロジャースの顔を見つめたオトハは、か細い声で「きゃっぷ、」と言う。そのままグニャリと泣きそうな表情を浮かべたオトハに、ロジャースは驚いた。
「僕が席を外す間、なにかあった?」
「こわ、かった」
「……今日はもう帰ろう。無理をさせて悪かった」
ロジャースがそう言って、オトハの手を引く。震えている手に、ロジャースはぎゅっと眉を細めた。
オトハは引っ張られるように博物館を歩く。視線を感じて後ろをちらりと見れば、あの男がオトハをじっと見つめていた。ひ、っと声を漏らしたオトハに、ロジャースは後ろを向く。ロジャースが見たのは、子供に手を引かれる男とオトハを見ている――といっても、ロジャースと目が合うと自然と目をそらした女性の姿だった。