
バット イエット ザ ワールド ムーブス-6-
「こんにちは」
オトハはそう言って、ベンチに座っている幼い子供に声をかけた。幼い子供はオトハを見ると、ニコリと笑って「こんにちは」と返す。オトハはそれを確認して隣りに座った。
「いつもここにいるね、誰かを待ってるの?」
「うん」
「どんな人?」
「お父さんみたいな人!」
そうニコリと笑った子供に、オトハは一瞬目を泳がして幼い子供をもう一度見る。
「お父さんじゃなくて?」
「アリのお父さん、もう死んじゃったから、お父さんじゃないよ。お父さんにそっくりな人だけど! お母さんがお仕事いってる間、遊んでくれるんだ」
「その待ち合わせ場所がここなんだ」
「うん。でも、最近ずっとこないんだ。今度、一緒に水族館に行こうって言ってたのに」
そう言って幼い子供は持っていたテディベアに目を落とす。
「この人って、その、貴方のお父さんみたいな人?」
オトハが幼い子供に、スマートフォンを見せる。写っているのはハミデフである。それをみて、そうそれ! と目を輝かした子供は首を傾げた。
「お姉さん、お父さんみたいな人と知り合い?」
「うん。貴方にコレを渡すように頼まれて。誕生日なんだって?おめでとう」
そう告げてオトハは持っていた紙袋からテディベアを差し出した。赤いロザリオをつけたそれに、女の子は「わぁ!」と歓声を上げる。
「しばらく会えないって」
「そっか。お仕事?」
「そう、お仕事」
「また遠くに行っちゃったのかな」
「かもしれないけど、貴方のそばにいるかもしれないね」
「?」
オトハが自嘲的な笑みを浮かべる。子供は首を傾げた。
「お姉さんの名前は?」
「オトハっていうの。貴方は?」
「アリはアリよ!オトハ……オトハって思いだしたわ! おじさん、オトハさんに会えたのね!」
ニコリと笑った子供――アリに、オトハは動きを止めた。
「ずっと探してって言ってたわ! 大事なお友だちはいなくなったけど、その子供だからって! このクマもね、本当は貴方にあげるはずだったんだって」
「――私に?」
「うん! ほらみて、バースデーカードがまだついてるの」
アリはそう言ってオトハに持っていたテディベアを渡す。アリの言うとおり、小さなバースデーカードがついたそれ。
――オトハ、9歳の誕生日おめでとう。ハミデフより
「――ほんとだ」
「ね? オトハさんにあげるわ」
「ううん、アリが持ってたほうがいいよ。ソッチのほうが喜ぶ」
「そう?」
「そう」
「じゃあ、このクマちゃんはアリからオトハさんにプレゼントするわ!」
そう言って、アリはオトハの膝の上にそのテディベアを置く。オトハがあっけにとられている間に、アリは「お母さんが帰ってきたみたいだから!」とオトハがあげたテディベアを抱いて走って行く。その先には女性が佇んでいて、静かにオトハに黙礼した。「またね!」と大きな声を出して、ぶんぶんと手を振ったアリに、オトハは小さく手を振り返す。そのまま雑踏に消えたアリに小さくオトハは言葉をこぼす。
「――ごめんね。嘘をついて」
テディベアをオトハが触る。するり、と後ろから頭を撫でられたと思えば、スタークがいるらしい。
「大人は時に嘘をつく。それは子供を傷つけないための嘘だ」
「でも、その嘘はいつかばれる」
「そういう人もいる。僕はばれてないが。だが、多くの嘘は、子供がそれを理解できる歳でバレる。そうじゃなくても、子供が成長する糧になる。あの子はアイツが帰ってくると信じてる。が、あの歳じゃ何時か忘れるだろうな」
そう零したスタークにオトハは「そっか」と返事をした。
「オトハちゃん、用事は終わった?」
そう顔を出したペッパーにオトハはもう一度テディベアをみる。あの人は、と考えかけた所でオトハは首を振った。彼がいなくなった今、考えるだけ無駄であるし、答えが出ることはないのだ。
「うん、終わった」
「じゃあ、戻るか。マリブに」
スタークの言葉にオトハは立ち上がる。
――もし、あの子が真実を知った時。もし、あの子がおとなになっても彼を覚えていた時。その時まで、嘘を貫けばいい。そう、それだけだ。今後、会うかもわからないそれである。難しいかもしれないが、それだけなのだ。
先を歩きだしたスタークとペッパーにオトハは少し笑って、スタークに突撃した。バランスを崩しかけたもののそのままなんだ、と振り向いたスタークをオトハは見上げる。
「ねぇ、お父さん」
「何だ」
「私についてる嘘って何」
「あら、なんです? それ?」
オトハの言葉に、ペッパーもスタークを見る。スタークは肩をすくめてオトハとペッパーを見た。
「そうだな、オトハがまだ知らなくていいことだ」
その言葉に、オトハはきょとんとした顔を浮かべ、笑った。
「何時かは教えてくれるの?」
「オトハがばあさんになったときだな」
「それ教える気がないってことじゃん!」
スタークが車に乗り込む。オトハは不服そうな顔をして後部座席に座った。全員がクルマに乗ると、ブルンとエンジンがかかる。遠ざかっていくスタークタワーとマンハッタンを、オトハは見つめていた。
――とても長い一週間が終わる、最後の日のことである。
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