2ヶ月前、部下が仕事を辞めた。
直属の上司にあたる僕には何も言わずに。
家の事情だと人事の方には伝えていたらしいが、なぜ僕には何も言わないんだ。
連絡をしても繋がらない。
家に行ったら引っ越したと彼女の家の隣に住んでいた人から聞いた。
なんだこれは。もやもやする。ふざけるな。
なんだよ、どうして僕の前からいなくなる…!
「…、なまえっ…どこにいるんだ…!」
自惚れではないが、みょうじは僕に気があっただろう。
態度や仕草でなんとなく分かる。
だからみょうじのことを抱いた。
みょうじが鍵を忘れたと言った日、家に呼び、抱いてしまった。
ーー僕だってみょうじのことが好きなんだ。だったらいいだろう。
しかし好きだということを言葉にまだできていなかった。
いつ言葉にすればいいのだろう。
言葉にし、関係が変わってしまったらみょうじを様々な事件に巻き込んでしまうのではないだろうか。
そう考え続けていた結果、ずっと言えないまま3ヶ月が経ってしまっていた。そしたらみょうじが退職をしていたんだ。
僕はみょうじのことを探し続けた。
目処がつかないまま行方を探し2ヶ月が経った時だった。
捜査のため車で隣町を走っていたある日、みょうじを見つけたのだ。
しかし見つけた場所、その状況の全てが僕を狂わせる。
「は…」
探していたみょうじは婦人科から出てきたのだ。
隣には見知らぬ男がいて。みょうじのお腹を見てみるとそれなりに大きくなっていて。
……なんだこれは。どういうことだ。
冷静に考えると答えは自ずとわかってくる。
つまりみょうじは妊娠をしていたのか。
だから警察を辞めた。そして相手は今の隣にいるあの男か。
「っ、ふざけるな…!」
ああ、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
僕に抱かれたあの日。
あれは相手がいるにも関わらずみょうじは僕を受け入れたというのか。
上司だから断れなかったのかもしれない。だったらこれまでの僕へのな態度はなんだったんだ。
そういう思わせぶりをして、僕は弄ばれたっていうのか…!
体が燃え上がるように熱い。めまいがする。
この怒りの感情はどこへぶつければいいんだ。
いつもの冷静な自分などどこにもいない。
僕は乗っている車のハンドルを跡がついてしまうくらい強く握った。
そしてみょうじを乗せた男の車のあとをついていき、宅配人のフリをしてみょうじと対面したのだ。
後悔なんて
もし、もしも私の予想があっているとすれば。
自惚れるわけではないけれど、この状況から考えて本当にそうなのだとしたら。
これまでの決意はなんだったのか。
私は彼に本当のことを話さなければならない。
「…降谷さん、あの…」
「…なんだ。抱かれた日の言い訳でもするのか」
「っ、違います!」
自嘲気味に笑う降谷さんに私は思わず声を上げた。
そんなことはありえない。こんなことになってしまうならーーーもう隠すのはやめよう。
私は一度呼吸置いて事実を告げる決意をした。
「お腹の子どもは……降谷さんの子です」
「………は…?」
あれだけ言わないと決めていたけれど、こうはなっては言うしかない。
その事実を告げ、降谷さんはこれまでの表情と一変し、目を丸くしてこちらを見ている。
私はというと思ったより冷静に話せている、けれどなぜか涙が出てきてしまう。
それは拒否されるかもしれないという不安からか、これまで隠してきていた緊張がとけたからか、はたまた両方なのかは分からない。
ああ、話し出したら涙が止まらなくなってきた。
「…っごめんなさい。降谷さんに迷惑をかけたくなくて何も言いませんでした。私達付き合ってもないですし…」
「な、それなら今日一緒にいたあの男は…」
「あれは幼馴染です。…ひとりで子どもを育てようとした私を支えてくれていたんです。
私は好きでもない人に抱かれたりなんかしません。私が行為をしたのは……降谷さんだけなんですから」
「っ…」
全てを言ってしまった。
泣きながら、涙でぐちゃぐちゃになりながらも全てを伝えた。5ヶ月前の降谷さんの家に行った日から起きていることを全て。
それを聞いた降谷さんは信じられないといった表情で私を見ていたが次第に少し顔を苦しそうに歪める。
「っ、すまなかった…!ごめんなみょうじ…」
「!降谷、さん…」
そして壁から彼の手が離れ、降谷さんは私を抱きしめた。
私を覆うように、強く抱きしめている。
そして私の耳元で静かに言った。
「僕はみょうじが好きだ」
「…!」
もしかしたら、とこの状況から予想していたが改めて言われると嬉しい。けれど涙がまた止まらなくなる。
これは安心の涙?嬉しい涙?…わからないまま涙は流れている。
降谷さんは一度体を離し、向かい合わせの状態で話を続けた。
「あの日、家に来た日に言うべきだった…。だが僕の立場上言ったらみょうじをこれまで以上に事件に巻き込んでしまうかもしれないと思って言えなかったんだ」
「っそんなの、私にとってはどうってことないです…!私だって、降谷さんのことずっと好きだったんですから…!」
彼への気持ちを全て伝える。
事件に巻き込まれるなどどうってことない。降谷さんが側にいてくれるのならなんだって大丈夫だ。
そう伝え、おそらくこれまでの緊張が全て解けたのだろう。ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
涙のせいで私は彼の表情も見るどころか顔も見ることができない。
「っ…すまなかった…。ひとりで産むなど覚悟をさせ、辛かったよな…。
…僕は勝手に誤解をしてみょうじを責めて最低な人間だと思っている。だけど…」
苦しそうに、申し訳なさそうに言う降谷さん。
やがて一呼吸置いてこちらを見た。
涙で視界がぼやけているがその垣間から降谷さんの真剣な眼差しが見えたんだ。
「僕と付き合ってください。…で、子どもの父親にさせてください。
これからは辛い思いもさせないしみょうじのこと守り続ける。だから
…ずっと側にいろ」
「……っ…!」
そんなこと言われたら、私は嬉しすぎてどうにかなってしまう。
ぽろぽろとまた涙が出てしまう。もちろんこれは喜びの涙だ。
これは夢ではないだろうかと思ってしまう。
けど夢ではない。現実だ。
「降谷さ、んっ…大好きです…!私の方こそ、一緒にいさせてください…!」
私は彼の顔を見えないながらも見つめた。
泣いているため途切れ途切れになりながらも自分の気持ちを伝えたんだ。
「ああ…。もう離さないからな」
ーーーそして、目を合わせた私達はどちらからでもなく口付けを交わす。
その後しばらくの間は離れていた期間を埋めるかのように抱きしめ合っていた。
(互いのすれ違い)
(早く言うべきだったと後悔する)
(だからその分、もう泣かせたりなどしない)
(「いつまで泣いている」)
(「だって…夢かと思うじゃないですか…!」)
(「…なら夢じゃないって思うまでキスしてやる」)
(「え、ちょ、んっ…!」)
fin
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