青い夜と桃色の夢路

美術の授業は少しだけ退屈だ。
選択授業で美術を選んではいるけれど、サボり目的で選択する人も多く、教室はいつもがやがやとうるさい。(みんな退屈そうにしていたり、もはや授業を受けずに遊んでいる人もいるくらい)(カードゲームやったりぺちゃくちゃおしゃべりしたり)先週、佐伯先生はいつものゆったりとした穏やかな声で『私の好きな風景』をテーマにした課題を告げた。その課題を真面目にこなそうと思ってる人はこの中にどれだけいるんだろう。そんなことを考えながら、画用紙に向かってイメージを張り巡らすように線を描き足し、色を乗せる。先週の時点で下書きはある程度完成していたから今日は色をひたすら乗せていくだけ。最近はデッサンばかりやっていたからか、久しぶりの水彩に筆も軽い気がする。



「(できた…)」
「仁科さん、良い風景ですね」
「ありがとうございます」
「ああそうだ、今日の放課後美術室に寄れませんか?手伝っていただきたいことがあって」
「…ごめんなさい、今日は…」
「あら、そうでしたか。ではまた声を掛けますね」



わたしは美術部員ではないけれど、佐伯先生に作品を見てもらったり美術室で絵を描かせてもらうことはしばしばある。部活となると、色々と事情が変わる。指導を受けることは出来ても自分の好きな時間まで好きなものを描けないから。それに、親からは勉強をしろと強く言われているから。そんな相談を佐伯先生にしたところ、快く美術室を間借りさせてくれたのだ。(親には図書館で勉強するとかなんとか言って誤魔化しているけれど、成績が落ちない限りは怪しまれないだろう)
完成した絵をよく乾かし、壁にぺたりと掲示していく。不意にユカと目が合ってちらりとわたしの絵を見た彼は「あきら、安定してうますぎ」と顔を綻ばせた。



「ありがとう、ユカの絵も素敵だね」
「はは、まあね…」
「最近は水彩描いてなかったから不安だったけど綺麗に描けて良かった」
「毎日しっかり描いててえらいよあきらは」
「そうかな?」
「そうだよ!絵画バカだし」
「バカはひどいなあ」



こうしてみんなの絵を見ると、適当な人もいれば思ったより描きこんでいる人もたくさんいた。みんなの絵を眺めながら、ひとつだけ突出して青い絵が目に留まる。下地には緑を使って、紫や青でも濃淡をつけて描かれたそれは他の人の絵よりも楽しさが伝わってくるようだった。ユカも同じことを思ったようで、「これ、綺麗だね。誰の……げ、」と褒めた後すぐに眉間に皺を寄せていた。誰の絵かわたしも確認をしようとしたけれど、ユカに「行こ!」と腕を引っ張られ全然確認ができないまま席に戻ったのだった。



「…うま」



後ろからそうポツリと聞こえたけれど、誰のつぶやきなのかは分からなかった。




20240131