絶対不可侵のひと部屋

目の前に広がる絵に飲みこまれそうだと思ったのは初めてだった。

森先輩の絵を観たときも似たような感覚を味わったけど、あの時とは違う”混ざり方”だった。森先輩の時は心地よく、じんわりと徐々に境界線がなくなっていくような感覚だったが今回は違う。ぐわりと色々な熱が俺自身を飲み込んでいくような、ひとくちで飲みこまれてしまいそうな 圧倒的な画力。ぼうっとその絵を眺めていると、準備室の扉の方からガタンと音が鳴る。



「"やとら"くん」
「え……って、仁科さんじゃん!」
「わたしのこと知ってるの?」
「え!?同じクラスじゃん覚えてるって!」
「………そっか(やとらくんの苗字さえ思い出せないわたしって…)」



細い腕でたくさんの画材を持ち、ビー玉のような丸い目をこちらに向ける彼女には見覚えがあった。同じクラスの仁科あきらだ。
誰とでも何事もうまいこと付き合って泳いできた俺にとって、同じクラスの仁科あきらは未だによく分からない存在だった。いつもどこかぼうっとしていて、あまりクラスで目立って行動している様子はないし 気が付いたら窓から外を眺めていたり 小さなスケッチブックに一生懸命何か描いている。成績も悪くないし何度か話しかけようとしたけれど、彼女の雰囲気はどことなく人を寄せ付けないものがあった。