王子と侍女の平和が壊されることになったのは、王子が隣国との和平を結んだ夜のことでした。王子が自らの父と母の元へ向かっている間に就寝の準備をしようと侍女が少年の部屋にいる時に、がちゃりと何時もより大きめの音を立てて王子が入ってきました。侍女は頭を下げいつも通りのご就寝なされますか、という言葉を口から出そうとした瞬間自らの腕を引かれ事もあろうに王子のベッドへ倒れてしまったのです。なんということをしてしまったのか、と顔面蒼白になりながら慌てて立ち上がろうとすると王子が侍女の上に乗りあがってきて立ち上がれませんでした。いつもと様子が違う王子に侍女は謝罪よりも先に心配の言葉を発してしまいました。
「ベクター様?どうなされました?お加減がよろしくないのでしょうか?いつもと様子が...。」
「ナナシ、ナナシナナシ...!」
「ベクター様?如何がなさいましたか?」
王子は侍女の名前を何度も呼びながらきつくきつく抱きしめました。侍女は明らかに何かがおかしい王子に戸惑い、どうされたのです?と声をかけると王子は侍女からゆっくりと体を離し俯きながら幼い頃の花畑での約束を覚えていますか?と言いました。二人にとって大切な思い出である約束を忘れるはずがありません。侍女の部屋には未だに王子から渡された花冠が残っています。しかし、かの約束は果たされることの無い約束。そんな約束のことは口に出すことも憚られます。故に侍女はなんと答えたら良いのかわからず押し黙ってしまいました。
「...すみません。答えにくい質問をしてしまいました。」
「いえ...私こそ申し訳ございません。」
「でも安心してください!」
「?」
「その約束を今果たしましょう!ナナシ、俺の妻になれ。」
侍女は、それは許されることではありません、と王子を諌めようとしましたが、王子の顔に浮かぶ今まで見た事のない歪んだ笑みに驚き固まってしまいました。それを見た王子はその笑みをもっと深くして言いました。
「なんだ?身分の差とかつまらんこと言うんじゃないのかぁ?安心しろよ!んなこと言う奴等は皆殺しにしちまえばいい。」
「な、なんて事を仰るのですか!?ベクター様はお疲れなのです、一度お休みになられてください!」
「あぁ?何ふざけた事言ってやがる。今最高に気分がいい。折角俺とお前が夫婦になれたんだ、このまま初夜へと洒落こもうぜ?ナナシちゃんよぉ!」
「おやめくださいませベクター様!」
「うるせぇな。抵抗するのを組み敷いてぐちゃぐちゃにするのもいいが、初夜ぐらい従順にあんあん泣いてろや!愛しい愛しい旦那様がやさしぃくナナシちゃんの処女を散らしてあげますからねぇ?」
侍女が王子に抵抗できるわけもなく、何故王子がこんな事をするのか、何故王子は変わってしまったのか、何が何だか分からないまま侍女は王子と一夜を過ごしました。ただ一つ分かるのは、このような形で王子と結ばれるということは幸せではなくとても悲しいことだということでした。
「お前は俺のもんだ。俺がお前の全てだ。それをゆめゆめ忘れるんじゃねぇぞ。」
「ベクター様の仰せのままに...。」
それからというものの、王子は人が変わったかのように暴虐の限りをつくし、また侍女はそれを止めようと苦心しますがそれを今の王子が受け入れる筈もなく心身共に痛みそして病んでいきました...。
そしてある時侍女は病により倒れてしまいました。その病は所謂不治の病と呼ばれるものでした。王子は世界中のありとあらゆる薬を取り寄せ侍女に与えましたがどれも効かず、日に日に侍女は弱っていきました。そんなある日、様子を見に来ていた王子に侍女に話しかけました。
「ナナシ、お前は俺のものだ。」
「はい、ベクター様。」
「そんなお前が他のものに奪われるのは我慢がならん。」
「...」
「他のものに奪われるのならばいっそ俺がお前を殺す。いいな?」
「ベクター様の仰せのままに。」
王子は病気といえども侍女を渡したくなかったのです。それならばいっそのこと自らの手で侍女の命を終わらせてしまえば永遠に自分のものにできると考えたのです。その目が見えなくなる時まで俺を見ろ、と言い王子は侍女の首に手をかけました。侍女は言いつけ通り目を開き最期の最後まで王子を見つめておりました。そんな姿を見て王子はなんとも言い難い空虚感と幸福感を感じておりました。
少年だった最愛の人に自らの生を手折られ、少女だった侍女は最愛の人の為に涙を零しました。
ベクター様を置いて先立つ不孝をお許しください。許されるのならば来世でも貴方様のお側に置いてやってくださいませ。
と。
Solitude bruyante
さざめく孤独
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