「あなたの名前を聞かせて」

恋多き姫の生涯は悲しいものだった。

誰もが彼女を知るが、その誰もが彼女を忌み嫌っていた。彼女もそれを深く理解し、浅く、甘く、薄い、中身のない愛を配り歩いては、重い代償を奪うことを繰り返した。
もちろん誰もが彼女をさらに疎んだが、彼女がそれでもいいと胸を張ったのは、けして強がりなどではなく、例えどんな感情であろうと、多くの人間の胸に自分の名が刻まれるこそが愛だと思い込んでいたからだった。

彼女を嫌う人間たちが、その反面で彼女をひどく好んだのは、彼女の容姿が、声が、理性も本能も建前も本音も、なにもかもを越えて、こころを揺さぶるからだった。
その髪は水面に光の絨毯を作り上げ、その目は他の女など目に入れるなと言わんばかりの一途な嫉妬を秘め、その足は淡く輝く鱗に覆われていた。
彼女はいつでも柔らかな微笑を浮かべて人間たちを受け入れた。愛して、嫌って、嫌われて、愛される。誰もが不満を募らせる反面で、誰もが満たされる関係だった。

しかし、とある人間との出会いが、彼女の全てを覆す。愛したい、愛されたい、嫌いたくない、嫌われたくない。初めて人を愛することを知り、今まで愛だと思っていた行動を恥じた。だからこそ誰にも知られぬよう恋心を、その想いを、密かに、静かに、胸の奥にしまいこんだ。自分から問うこともなく、彼がこたえをくれることもない。そんな曖昧な関係が、永遠に続けばいいと思っていた。

だが、彼女の恋はついぞ散る。
彼女を殺したのはほかでもない彼だった。

彼女を愛し、そして嫌った人間は笑った。
「叶わぬ恋だっただろう」
「初めから分かりきっていただろう」

彼女は言った。
「ええ、そのとおりです」

彼は笑った。
「こたえは分かっていただろう」

彼女は泣いた。
「ええ、そのとおりです」

愛しい、愛しい、狂おしい。



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