その少女は、ただ一つの体しか持ち合わせていなかった。
ごく常識的なその事実を、彼女は深く悲しんだ。

「もっとやりたいことがあるのに」

勉強も、ピアノもバイオリンも、写生も、バレエも、歌も、全て極めたい。
恋人を作って、友達と遊んで、もちろん家族は大切に、そして知らない人にも愛を与えたい。
旅行も行きたい、ショッピングもしたい、おめかしして色んな人に見せたいし、いっぱい遊びたい。

「やりたいことを全部できたらいいのに」

お金はあるけれど、時間が足りない。
人生を捧げても、きっと満足できる結果は得られない。
なにより、体が一つじゃ到底足りない。

けれど彼女は諦めるという言葉を知らなかった。
環境が、周囲が、彼女自身が、諦めることを勧めなかった。

だから彼女は考えた。足りないと嘆くほどに大切な時間を使って、悩んで、考えて、見つけた答えはこうだった。

「わたしの願い同士を競争させましょう」

勝ったものから叶えてあげれば、この際限ない欲望も綺麗に収まるでしょう。
そうしてその日から彼女は自分の欲望を選別し始めた。

ショッピングはいつでもできるから旅行が先、ピアノとバイオリンはたくさん練習しないといけないから遊ぶのは後。
そうして欲望を選び抜くうちに、自分の人生を左右する選択も経験することになった。
恋がしたいからおしゃれをする。おしゃれのためにバレエの時間を削る。

そうして最後に残ったのは、この二択だった。

自分のやりたいことを全て諦めて、他人に全てを捧げるか。
自分のやりたいことを押し通して、他人からすべてを捧げられるか。

彼女は苦悶した。叶う想いは一つだけ。選ばなくてはならないという観念に襲われ、ふさぎ込んだ。
そうしていつまでも選び抜けないまま泣きつくし、いつしか彼女の二つの欲望は二つの人格となった。

天使のように慈愛を振りまく白と、悪魔のようにわがままを通す黒。
今日もまた、選べなかった欲望同士がぶつかり合う。



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