小学生になりました


「苗字さん、本当にごめんね」
「大丈夫です!」

会ってからしきりに謝ってくれるこの人、夏目明子先生は、今年初めてこの小学校に配属されたらしい。精一杯サポートするね、となんとも可愛いらしい笑顔の先生は、少し緊張しているらしい。さっきから何度も汗を拭いている。

「先生のクラスってどんな感じですか?」
「みんな優しくて、とってもいいクラスよ」
「わぁ、楽しみだなぁ」

小学校生活は良い思い出ばかりなので結構ワクワクしている。特に1年生なんて、遊びが仕事のようなもの。毎日みんなと遊びつくそうじゃないか。

「さあ、ここが1年A組の教室よ。みなさん、おはようございまーす!」

背中を押され一歩踏み入れると

「だれー!?」
「先生の隣にいる人だれー?」

蜂の巣をつついたように一気に煩くなった教室に、思わず力が抜けた。可愛いぞ、小学生。

「テンコーセー?」
「テンコーセーってなにー?」
「どうしているのー?」
「はい、みんな静かに!」

言葉と共にパンパンと手を叩き、先生は口々に騒ぐ生徒たちを黙らせた。それでシンと静まるのだから、なんと優秀なクラスだ。偉すぎる。

「今日は新しいお友達を紹介するね」

言いつつ夏目先生はとても綺麗な字で私の名前を黒板に書いた。

「自己紹介、できるかな?」
「はい!苗字名前です!よろしくお願いします!」

言い切ると、拍手とともに「よろしくねー!」「可愛いー!」と口々に飛んでくる言葉。それらを聞いて思わず頬を緩める。なにこの優しい世界。「みんなお友達になれるかなー?」の言葉にも、「はーい!」と口を揃えて大きなお返事。素晴らしいぞ、帝丹小学校1年A組。

「じゃあ苗字さん、山口君のお隣に座ってくれる?」
「はーい!」

出席番号が1番後ろの彼の横に座り、一言。

「よろしくね、山口君」
「よろしくね!苗字さん!」

元気よく答えてくれた山口君は、先生が話している間に色んなことを教えてくれた。入学したばかりのはずだが沢山のトリビアを知っていて、校長先生のカツラの話や音楽室の怪談などそれはそれは楽しそうに話してくれた。お兄ちゃんがいるんだと、可愛い。

「でも山口君、そんなに話してると……」
「こら、山口君。
お隣さんができて嬉しいのは分かるけど、苗字さんと話すのは休み時間にしなさいね」

やはり怒られてしまった。途端、ドッと湧く教室。少し恥ずかしそうにした山口君に

「ありがとう。休み時間に聞かせてね」
「うん!」

心底嬉しそうに頷くのだから本当に可愛い。しかしここで大誤算。結論から言えば、休み時間になっても山口君の話の続きは聞けない状態になってしまったのである。なぜなら覚悟はしていたが、かなり、というか想像を絶するほどつまらなすぎる45分間の授業を終えると、わぁっと沢山のクラスメイトに囲まれてしまったから。
……やはりきたか。
何が来るか?と心構えも抜かりなく。可愛い顔をして遠慮なくゴリゴリライフを削っていく姿が手にとるように予測できる。そうは言っても、囲まれなかったら囲まれなかったで悲しいのだけれど。めんどくさい奴だということは、私が一番承知している。

「苗字さんってどこに住んでるの?」
「駄菓子屋さんの近くだよ」
「なんで入学式にいなかったの?」
「その時は違うところに住んでたの」
「え!?どこ?」
「アメリカだよ」
「えー!?すごーい!?」

口々とすごいねすごいねと言ってくれている所申し訳ないが、アメリカ帰りなんて全くの嘘。全てベルモットによって作り上げられたシナリオである。ベルモットが私に無理やり覚え込ませた設定は

「ママはね、アメリカ人と日本人のハーフなの。パパは1人でまだアメリカでお仕事中。
本当は入学式に来ようと思ってたんだけどね、私がパパと離れたくなくて遅くなっちゃった」

恥ずかしすぎるストーリー。しかしこれを間違えると、私とベルモットは離れ離れにならないといけなくならしい。
でも大丈夫だ、ベルモットには安心もらいたい。間違っても私の母は黒の組織にいるとか、そんな個人情報は漏らさないから。

「苗字さん、名前ちゃんって呼んでいい?」
「いいよ」
「名前ちゃんは何色が好きなの?」
「赤、かな」
「苗字さんはカードゲームやるの?」
「ちょっとだけ……」

もう何を答えても小学生の追及の手は緩まない。ちょっと休ませて欲しいと言い出す好きもなく質問は矢継ぎ早に繰り出される。どうしようかなぁ、と小さく息を吐いたたその時

「ちょっとー!あんたたちー!
そんなに質問したら苗字さん疲れちゃうでしょ!」

「ほら散った散った!」そう言いつつ周りの子供達を私から引き剥がしてくれた人に、私は目を瞬いた。

「転校生だからってみんな珍獣みたいに」
「珍獣……」
「困っちゃうよねー!まったく!大丈夫?」
「大丈夫、どうもありがとう!」
「私の名前は鈴木園子!園子って呼んでいいから!」

さっきクラスを見渡した時には気づかなかった。そっか、同じクラスだったのか。

「あとこの子は、私の友達の毛利蘭。蘭って呼んでね」
「蘭です。よろしくね!」
「よろしくね、園子ちゃん、蘭ちゃん!」
「だーかーらー!園子と蘭!」
「園子、蘭」
「そう!よろしくね、名前!」

お嬢様なのに全くスレていない所が昔から大好きだった。強引だけれども優しい彼女に助けてもらってちょっぴり嬉しい。隣にいる蘭は、整った顔立ちも特徴的な前髪も健在だ。美人というものは幼少期からオーラが違う。
視界の端には工藤少年の姿もある。なんと全員同じクラス。賑やかな小学校生活を遅れそうである。
←前頁 | Top | 次頁→