懐かしい場所に行きました


信じられないことに私は今、ランドセルを背負っている。なぜか。工藤君も通う、帝丹小学校に行くためだ。ちなみに、帝丹小学校とは帝丹大学系列の私立小学校らしい。初めて知った。そして、育てているとはいえ知らない子供に私立の学費を払うベルモットにちょっとした感動と疑心暗鬼。なにを企んでいる?
1番気になるの戸籍のことだが、戸籍はどうしたの?なんてベルモットに聞けるわけもない。どうせ、数多ある裏ルートを使ってどうにか準備させたのだろう。

「良い子にしてるのよ」
「はーい!」
「忘れ物はないわね」
「うん!昨日3回もチェックしたから大丈夫!」

こうしてみるとこの人が『あの』ベルモットだとはどうしても思えない。考えてみれば彼女はジンから私を救ってくれたわけで、なぜ私の命を救ったのかますます不可解だ。本当に、すんでの所に命拾いしたのだなとしみじみと感じる。なんの躊躇いもなく、無作為に人を殺せる人間に銃を向けられていたなど、思い出すだけで思わず身震いしてしまう。

「いってらっしゃい」
「いってきます!」

結構危険な立場にいるらしいことは考えない。とりあえず、平和な日々が続くことを祈ろうと思う。



工藤君と初めて会ったあの日、有希子さんの「遊んでらっしゃーい!」の一言で、私と工藤君は初対面にも関わらず2人きりで遊ぶことになった。緊張と困惑と動揺が一瞬でないまぜになった私には、渡りに船ぐらいのシチュエーションだ。少なくとも、ベルモットのそばに置かれるより数百倍マシ。
工藤君は昔から工藤君で、どこかキザだけれども優しくて賢い子供だった。ベルモットの膝下に置かれているという大変恐ろしい状況も、この工藤君を見られたから1%ぐらい許してやろうと思えるくらいには楽しめた。癒されるというか、可愛いというか。それにしても大変なことになったなぁ。

「名前ちゃーん!ちょっと来てー!」
「なぁにー?」

突然呼ばれて、慌てて私は有希子さん達の方へ駆け寄った。クリスがベルモットと気づいた今、何をするにもちょっと怖い。

「名前ちゃん、小学1年生として帝丹小学校に編入しない?」
「小学校は義務教育。学歴がないと生きにくいでしょうし」
「おんなじ学校行こーぜ」

あまりに唐突な提案に目をぱちくりさせていると、それを拒絶と受け取ったのか誘い文句が続く続く。意外と学校も楽しいところよ、とベルモットが話していると思うとクラクラする。

「お勉強は退屈だろうけど、新ちゃんとも気が合ってたみたいじゃない!」
「ううん……」

まぁ、特に断る理由もないけれど。それにハイスペックヒロイン、毛利蘭と工藤君との恋模様を身近で見守りたいし、園子ちゃんと京極さんの試合の応援にも行ってみたい。コナン君の正体見破ったり〜!なんてしてちょっと遊んでみても良いし。
……あれ、結構楽しそうじゃない?
なんだか急にワクワクしてきた。良い、どうせこの世界から逃れる方法は分からないから、とりあえず楽しめるだけ楽しんでおいた方が絶対に良い。

「うん!!私、小学校行きたい!!!」

にっこりと嬉しそうに有希子さんは微笑んだ。

「お友達、たくさん出来るわよ!」
「なにかあったら言えよ」
「楽しめるといいわね」

すごく優しい笑顔。女優さんだから表情も管理できるだろうけど、それにしても愛があるようなそんな顔をするなんて。

「本当に、ベルモットなのかな」

職員室の目の前で思わず小さく呟いてしまい、ハッと口を押さえた。いけない、ぼうっとしているとついあの日のことを考えてしまう。
本当に不思議で、信じられない話だ。漫画の中にいるかもしれないという事実以上に、私に手を掛けるベルモットという存在が。
私の知るベルモットは信じられない程冷酷で怖くて、エンジェルと呼んだ毛利蘭と、唯一のシルバーブレッドとして期待していた工藤新一以外へはかなり非情な人だった。ジョディ先生の両親を殺したのも確か彼女だったはず。仲間であったカルバドスの自分への恋心を利用し、挙句見捨てたのもベルモット。FBIからRotten apple、腐ったリンゴとまで呼ばれる彼女が、私にここまで世話を焼くなんて。
私がどうしてか分からないけれどここに来てしまってから、ベルモットには本当によくしてもらっている。殺されそうになったところを救ってもらった時から、衣食住全てベルモットにおんぶに抱っこだ。私の将来まで気にかけて、学校にまで通わせてくれて。私の勉強は家で自学習としても良かったはずなのに、わざわざ手筈を整えてくれた。いくら好き勝手できると言ったって、私のためにそれらしいものを作るのには骨が折れたろう。なのになぜ。
でも、やっぱり私を拾ってくれた彼女は、本当は物凄く残忍な人なのだ。どれくらい人を殺しているのか知らないけれど、ちょっと漫画を読んでいた程度の私がベルモットの殺人を覚えているということは、もっとたくさん罪を犯しているはず。FBIにも公安にも追われるような、至極簡単に言えば悪い人。
しかし私を救ってくれた女性も、楽しんでねと言った女性も紛れもなく、ベルモット。

「あぁダメ。よく分からない」

首を振り、昨日から頭を占めるそのことを振り払うように目の前のドアをノックする。

「あの、苗字で」
「あれ、校門で先生に会わなかった?」

遮るように言われた言葉に首を傾げる。

「ううんと……」
「会えなかったの?
お母さんが行けないって心配してたから、校門に行くよう先生にお願いしたんだけど……」

ほら、また。どうして私に優しくするんだろう。

「ごめんね。私は隣のクラスの担任の……」

こうして私の2度目の小学校生活は幕を開けた。