いちにちめ


「はぁ……」

ああもう嫌だ。私の口から2秒おきに溜息が溢れる。止まらない。もうなにもかもが最悪だ。まず、部下のミスでノックの疑いがかけられた。しかも上がその調査をしている1週間、バーボンと一緒に暮らさなければならなくなった。それを「なぜすぐ殺さない」といいたげな表情のジンから告げられた時、いっそ思いのままにここで殺せと叫びたくなったぐらいには本当に嫌な気持ちでいる。まぁ実際問題、データを消す必要があるので生かして貰わなければ困ったのだが。
はぁ、とまた溜息を吐きつつドアに鍵を差し入れ回す。

「お邪魔します」
「やっぱりストップ。お邪魔しないでください」
「今日から1週間宜しくお願いしますね」
「嫌です。無視しないでください。帰ってください」
「連れないですね…」
「連れる連れないとかアホなこと言わないでください。命令じゃなければここまで貴方とこなかった。
でもやっぱり家にあげるのは嫌です」
「本当に帰って欲しいんですか?」
「ええ、もうさっさと帰って欲しいです。あなたといるくらいなら死んだ方がマシです」
「しかし僕も自分の命は惜しいですから……すみませんが」

「一緒に暮らさしてもらいますよ」そういう彼は、すみませんと言いつつ全く悪びれた風もなく、というかむしろ楽しそうに荷物を私の部屋に置いて行く。腹がたつ。いつもこうして飄々と過ごし、何を考えてるのかよく分からない笑顔で私の神経を逆撫でする。本当に嫌いだ。ジンより嫌い。

「さて、夕ご飯ですが」
「勝手にコンビニで買って来てください」
「コンビニ弁当では体に悪い。この家には食材は」
「ありますけど貴方に台所をいじらせるつもりはありません」

当たり前だ。毒をどこかに仕込まれたら堪ったもんじゃない。

「もちろんです」
「じゃあコンビニへ」
「いえ、せっかくですから貴女に作っていただこうかと」
「はぁ?」

言ってしまってから慌てて咳払いをする。あまりにもアホなことを言うので思わず素で驚いてしまった。せっかくって何だせっかくって。

「……いいえ、お断りします」
「なぜ」
「なぜ?聞くまでもないでしょう。毒でも盛られたらどうするんです?」
「貴女が毒なんて盛るはずがない」
「何を根拠に」
「さぁ。でも僕はそう確信していますから」

チッと小さく舌打ちが漏れた。私はあらゆる時にマウンティングしてくる奴が大嫌いだ。こいつみたいに。
素行を監視し怪しければ即殺せという命令でここにいるこいつに、毒を盛る馬鹿はいないだろう。それをこいつは分かってこの提案をしている。それから、そう言われた時に突き放せないという私の性格も分かって。

「……はぁ。分かりました」
「ありがとうございます。とても楽しみです」

本当に腹がたつ。真面目にくたばれ。



「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「……どうも」

さっき台所をいじられたくないと言ったのに、バーボンはやれ肉はどうだ火加減はどうだと口を挟んできやがった。最初ははいはいと流していたが、あまりにも口煩いので「私のご飯がそんなにも気に入らないならコンビニ弁当を買ってきてください」と言えば渋々だが黙った。絶対こいつ、姑並みに口煩くて付き合ったあと彼女に幻滅されるタイプだ。

「かなり料理がお上手なんですね」
「どうも。貴方も色々アドバイスしてくださいましたから」
「いえ、どういたしまして」

ふざけんな。嫌味だよ。
恐らくそう分かっていて言ったのだろうが。現にニヤニヤしながらこちらを伺ってくる。ジンの前ではまるで従順な犬なのに、私の前ではとんでもないドS野郎だ。いつか打ちのめしてやりたいと思うのに、何枚も上手をいかれてしまうことがさらに苛立ちを誘う。

「お風呂は」
「貴女がご飯を作っている間に掃除しておきました。気付きませんでしたか?」
「……それが何か」
「おっと失礼。そういうつもりじゃありませんよ」

本当にこいつは私の神経を無遠慮に逆撫でる。気付かなくて何が悪い。邪魔する声がしなくなり思わず浮かれたから気付かなかっただけで、別に普段の私なら気付いたはずだ。
…………嘘。
普段からこうだから部下のことも見れていなかった。普段からこうだからノックだと疑われた。普段からこうだからきっと私はもうすぐ、死ぬ。

「それでよく今まで殺されませんでしたねえ」
「もうすぐ殺されますけどね」

肩を竦めて返す。どうせまた何か言われるだろうかと思ったが

「……バーボン?」

いつまでたっても返事がなかった。訝しんで洗っていた食器を置き、バーボンのいる方を振り返ると

「……っ」
「大丈夫です。貴女のことは、殺させません」

初めて見る表情。思わず一瞬見惚れて、慌てて顔をそらす。

「なに言ってるんですか」

平静を装って言う。本当にびっくりした。胸がドキリとした気がしたのはあれだ、ヤンキーが捨て猫に餌をやっているのをみてドキッとしちゃうのと同じアレ。

「まぁとりあえずこの1週間、僕が貴女に殺されないように頑張りますよ」

私の作った食事を食べておいてよく言う。殺さないと分かっていてこういうことを言うこいつのことは、やはり嫌いだ。
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