ふつかめ
「見ました?今朝のメール」
「まだ見てないですが」
バーボンと暮らし始めて2日目。今朝も私が作ってやったご飯を2人で食べている。私は再度コンビニで全く問題がないと主張したが、栄養バランスの乱れは肌荒れにつながるからやめろと言われた。ほっとけ。
「それじゃあ僕から伝えますね」
「……なに、そんなに急ぎの用なんですか」
「いいえ。ただ、今日から仕事も僕と一緒にするようにとジンから命令があったというだけです」
「はぁぁぁ」
返事をしようと開けた口から出たのは、今日最大の溜息だった。
◇
「はぁ」
「溜息を吐くと幸せが逃げますよ」
「お気遣いどうも。逃げる幸せもないんで大丈夫です」
しかしまぁ、こちらも不本意とはいえ車に乗せてもらっているのに溜息をついてばかりでは些か申し訳ない。なにもしていないと溜息が出るので、こいつの愛車、RX-7を観察する。けれど
「……本当になにもないんですね」
「なにがです?」
「貴方の車の中。物が全くない」
「そうですね。他人を乗せる時もありますから。何か詮索されても困ります」
「ふーん……例えばベルモットとか?」
見つけた金髪を掴んで聞く。この匂い、このうねり、色。どれをとってもベルモット以外にありえない。
「……よく、分かりましたね」
「どうも。最近よく一緒にいますもんね」
言いつつウィンドウを開け髪の毛を話す。金髪が太陽に輝いて綺麗だ。風に流れて見えなくなったのでバーボンの方を向く。すると
「ふふ……ふふふ」
「なに笑ってるんですか」
口元に手を当て、至極楽しそうに肩を揺らしていた。
「いやぁ……どうしてこの人はコードネームをもらえたのかとつくづく疑問だったのですが」
「失礼ですね」
「どうしてベルモットだと分かったんですか?」
「え?いや普通に、髪の色や質感等を見て……」
「髪の毛一本で?」
「ええ。それくらい私だってできますよ。馬鹿にしないでください」
はぁ、と溜息をついて前を向く。一瞬気が紛れたのに今は最悪の気分だ。もうこいつと雑談なんぞ2度とするものか。運転中だから仕事の話はよしておこうかと思ったが、どうせこいつは余裕でできるのだろう。苛立ち半分やっかみ半分で口を開いた。
「今日のターゲットですが」
「なんですか」
そう言ってふふっと笑うバーボンに小さく舌打ちをする。お前の心中はお見通し、ってか。いけ好かない男だ。
「国際指名手配犯の男です」
「もしかして製薬会社ダースの件ですか?」
「ええ。よくご存知で」
「少々小耳に挟みまして。しかし詳細は知らないので」
「説明しますよ」
言いつつパソコンを起動させる。説明しようとデータを開いてから、思わずはっと笑ってしまった。
「どうしたんです?」
「なんでも。
製薬会社ダースはご存知の通り巨大な会社です。裏取引があったことは」
「ええ。知っています」
裏取引、つまり麻薬の密売を行なっていたのだ。これが自身の潜入している組織ならなんてことはない話だが、ダースは表向き、非常にホワイトな会社だ。巧妙に隠されていたこの情報は、彼らにとっては死ぬ気で守りたい秘密だろう。そう踏んで上は揺さぶりをかけたが
「揺さぶろうと思っても相手が手強くて」
「売っている相手が相手ですからね」
ダースの取引先は、国際指名手配までされている犯罪組織だった。警察関係者が何度苦渋を飲まされたか分からないほど巧みな交渉手段は、いくらこの組織でも太刀打ちできるものではない。
「ええ。結局、あちらから取引を持ちかけられました。取引内容はあちらが10億、こちらが情報という約束ですが」
「相手の目的は、こっちの人間を揺さぶり情報を引き出して殺すこと」
「そうです。それで力の均衡は保たれますし……あちらが取引相手に幹部を指名したのもそのためでしょう」
「ちなみにどうやって今日のターゲットを?」
「昨日ジンに仕事を言いつけられた時に調べました。相手が雑魚か手練れかで目的が変わりますからね」
調べは絶対に必要だ。しかし同時に、こういう巨大組織を相手にとった場合調べた時点でもう命はないようなものだとも理解している。それで何人の構成員が命を落としたか。今回も例に漏れず、9割方こちらの負けだろう。
ジンは私を捨て駒にしている。
「そうですね……ええ、分かりました」
「しかし今回は手伝っていただかなくて結構です」
私はバーボンが嫌いだ。心底嫌いだ。でも死んで欲しいとまでは思わない。
「私1人で片付く案件ですから。もし失敗したら、事の回収お願いしますね」
「それは聞けないお願いですね」
「なぜ」
「貴女、スナイパーじゃありませんでした?」
「……ええ」
「それでは今回の件は僕が処理します」
「なぜ!」
「不安すぎて任せられない。スナイパーの貴女は接近戦には慣れていないはずだ」
チッと大きく舌打ちをした。ふざけるな。
「なめないでください。私は」
「貴女、こういう経験何度あります?」
「何回も」
「それは嘘だ」
「……っ」
即座に否定され言葉に詰まる。
「全くない。違いますか?」
しばし睨み合う。否定するかしないか。先に折れたのは、嘘をついていた私の方だった。
「……ええ。その通りですよ」
「それでは僕が引き受けます。いいですね」
はぁと溜息をつくと、それを肯定とみなしたのかバーボンが続けた。
「射撃が不可能な場所を指定していますし、貴女は車の中で待機していてください」
「しかし」
「邪魔なんです、貴女。1人で仕事をした方がスムーズですから」
本日何度目か分からない舌打ちをすると私は前を向いた。嫌いだ。本当に嫌いだ。
◇
コンコン、と車窓がノックされた。ドアを開け入ってきたバーボンを一瞥し、言うか言うまいか迷ったが結局口を開く。
「……お疲れ様です」
「ありがとうございます」
「怪我は」
「ありませんよ。こんな仕事、僕にとっては朝飯前です」
こんなに腹がたつ野郎なのに、その言葉に少しだけ安心した。