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「まーね、俺としてはそこに気付かなくてもそれはそれで、って思うんだけど。
 だって言ったら名前、成仏しちゃいそうだ」
「成仏とこれに何の関係が」
「でも、願いは叶えてあげたいからなぁ」

 尾浜は頭の後ろで腕を組み、終始独り言といった体で話し続けた。

「名前はなんでも一人でしようとする。俺たちが初め名前を受け入れなかったせいもあるけど、頼ってくれることがない。毎回毎回……例えば、詳細記録も全部一人で見るなんて無茶なことを言うし、俺たちに関わりそうな異変の『報告』をしてくれても、自分の身に降りかかった異変の『相談』はしてくれない。
 そもそもどうして名前は成仏したいんだろう? このままここにいてくれてもいいのに」
「……だって私は」
「死んだから、って言うのかなぁ。死んだんじゃなくて、生きる場所が移動したって考え方もできるのに」

 気づけば6年長屋に戻っていた。
 尾浜が振り返る。

「じゃあ、おやすみなさい」

 これ以上のヒントはなし、か。

「…………おやすみ」

 歩き出した廊下は一つも音が鳴らない。それほどまでに自分はここで時間を過ごした。
 尾浜の言っていたことは間違いじゃない。悔しいが、立花が言っていたことも。
 図星だから怒る、その通りだ。まるで子供のようである。
 けれど、人に頼るということは、人を信じるということ。それがどれほど恐ろしいことか、なぜ、忍術学園にいても分からないのだろう。

「……それとも、分かっていてお互いの身を預けてるのかしら」

 誇り高き警察ですら、危険を察知すれば容赦なく切り捨てるのに。そう、15歳の名前に、決して事情を伝えなかったように。
 母親さえも、我が子を切り捨てるのに。
 名前は首元のペンダント開けた。母は名前の隣で優しく微笑んでいる。なぜ母は、これを家に置いていったのだろう。写真も携帯も何もかもを家から消し去り、名前との時間を無きものにして。
 代わりに、自分の死の真相を究明することを名前に託して。

「……だから私、お母さんの死に執着したのかしら」

 それが唯一、母親と自分を繋ぐものだから。月明かりが格子の奥に座る名前へと届く。

「私……捨てられたと、思っているのかな」

 雨一つ振っていないのに、今夜は冷える。名前は布団をかぶると、静かに目を閉じた。

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