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「天女が今までに何をしてきたか調べてるんだろう」
「なんのために?」
伊作は再び口を閉じた。タソガレドキの子と付き合うための囮にされたことを散々揶揄った名前は、なんと言っただろうか。
「……前の天女みたいにならないため?」
「成仏するためだ」
伊作はアングリと口を開けた。
「成仏を目指すも目指さないも本人の自由だ。それはいい。だが────
一度として私たちが、名前から相談を受けたことはあったか?
伝七が彦四郎から聞いたところによると、名前は委員会中ずっとあの分厚い記録を読んでいるらしい。委員会がなくとも、一日に一度は委員会室に訪れていると」
「そこまでして成仏したいのに、天女と直接関わった僕たちには、何も聞いてこない……」
「そうだ。結局すべて自分で解決しようとしている」
伝わったか、私の言いたかったことが。
仙蔵は包帯の巻かれた手を持ち上げ、やはり器用だなと笑った。そんな状況ではないのに、どこか自嘲的だ。
立ち上がった仙蔵の背に伊作は苦笑を零す。
「お前は不器用だね、仙蔵。まるで……好きな子の扱い方もしらない、下級生のようだよ」
仙蔵が勢いよく振り返る。
「違うかい? 仙蔵が憎まれ役を買うなんて、惚れてなければしないだろう」
仙蔵は何も言わず、ただ鋭い眼光で伊作を射抜いた。
「……ほかの人に言いふらしたりはしないよ」
「アイツには多少なりとも借りがある。それと、最後まで世話をすると決めた責任もな」
仙蔵が小さく息を吐いた。伊作の言葉を肯定もしないが否定もしない。
「いいのかい、こんな形で名前を怒らせて。あの子はきっと、仙蔵を誤解したよ」
「構わん。これを乗り越えなければ、名前はいずれ前世と同じ轍を踏む。そうなったら私は後悔する」
仙蔵がもう遅いぞ、と障子を開けた。
軽く挨拶をして部屋を出る。月明りに照らされながら緩慢に歩いていると、ふと、名前が誰かと談笑していることに気づく。
……あのうどん髪は……
恋路は険しそうだ。観察眼に長けた保健委員長は、やれやれと首を振った。
「なるほど。それで名前は怒ってるんだね」
「怒ってるっていうか……」
「拗ねてる?」
「拗ねてない」
「じゃあどっちもだ」
名前は目の前の小石を思い切り蹴り飛ばした。尾浜はムカつくが、隣に人がいてくれる方が良い。
障子を閉めた後、止まらない涙を拭いながらいつもの木に向かった名前は、登ると何をするでもなく月を眺めていた。作戦については粗方聞き、最後の最後で配置について喧嘩になったのだから戻らなくったって問題ない。
「どーせ、私が作戦に加わるわけじゃないし」
と、
「あっれ、6年生は作戦会議してるんじゃなかった?」
「……出た、狸」
「虫の居所が悪いみたいだ」
下から尾浜が手を振っている。鍛錬していたらしく顔が泥だらけだ。泣いていたことを悟られないよう上を向く。
「もー無視するなよ」
「そういう気分じゃないの」
「塩おにぎり食べる?」
「だからそういう気分じゃないって」
「泣いたなら塩分補給が必要だろう」
名前は横を見た。いつの間にか尾浜がすぐそばまで登ってきている。
「ほら、半分」
名前は何も言わず受け取った。そして「……実はね」と、一度口を開いたら止まらなかった。
「立花たちは、やっぱり私をまだ認めてないのよ」
木の上だと寒いから散歩しよう、なんて変に気の利いたことを言う尾浜につられて歩きながら、小石をどんどん蹴とばしていく。明日にはきっと、この辺の小石は全部向こう側に飛んでいることだろう。
「んーそういうわけでもないと思うけど」
「んじゃどういう了見で私を外したのよ」
6年で動くとき、参謀はいつだって立花だ。適度に冷静で、適度に感情があり、適度に容赦がない。しんべヱと喜三太さえ絡まなければ、暴走して爆弾をぶっ放すような理性の飛ばし方をすることもないし、なにより知識があってそれを余すことなく使える頭脳が備わっている。
そんな立花に、前の世ならまだしも、この世界で名前が口を挟めることなどないに等しい。実行部隊なら、命令を遂行するだけなら名前でもできる。
作戦の内容的にも、名前の弱点が大きく関わるようなものはなかった。
「私を外すこれといった理由なんてないじゃない」
「立花先輩は、名前が人を信頼しないからだと言ったんだろう?」
「そうだけど」
「だからじゃないか、理由は明白だ」
「……私、みんなのこと信頼してるけど」
「本当に? 俺にはそう見えない」
名前は大きくため息を吐いた。
「それは、アンタ達が私を信用してないからよ。だから私がアンタ達を信用してないなんて馬鹿なこと思うんだわ」
「ならどうして、そんなに怒るんだ?」
尾浜は足を止め、名前の目を真っすぐ見つめた。
その視線に図らずも怯む。心の中をじっと見透かされているようだ。
「自分の中に、認めたくない何かがあるんじゃないか」
「……けど、あんな言い方」
しなくたって、と言いかけた言葉を飲み込んだ。
冷静じゃない。子供みたいだ。
尾浜がまた方向を変えて歩き出す。名前はただひたすらに追いかける。