教育ママだとわかりました


午後2時。やっと退屈な学校が終わった。これで初日だとはいささか信じられない。これがあと何年もあるのかと思うと憂鬱に感じた。やっぱり学校辞めようかな、なんてあまりよくない考えが頭を過ぎる。けれど

「名前ー!外でドロケーやるから一緒にやろ!」
「っうん、行く!」

まさか、誘ってくれるなんて。早く早くと手招きする園子に、嬉しくて全力で走り寄る。
授業は退屈だ。しかし、友達のいる学校は楽しい。ほら急いで!と蘭と園子に手を引かれ、やっぱり学校には通い続けようと思い直した。



全力で遊んでいい汗をかいた。沢山遊んだ気がするのにまだ空は明るい。いいね、小学生。そう思いつつドロドロに汚れたスカートをはたく。ベルモットはこれを見たら怒るだろうか。怒るような気もするし怒らないような気もする。もし明日からも遊ぶことを許可してくれたら、ズボンで来るようにしよう。
とりあえず頑張って泥をはたき落としていたら、近くにあった2つの影がなくなっていることに気付いた。あれ、と思って顔を見上げれば

「…おお、これはアニメで見たことのあるショット」

感動した。工藤君と蘭のお喋りを邪魔しては悪いから、静かに後ろからついて行く。ボールの入った袋を後ろ手に持つ工藤君とランドセルの肩ベルトをしっかり握った蘭が、仲良く言い合いをしつつ歩く様はなんとも微笑ましい。まるでアニメを見ているようで未だに現実だとは思えなかった。

「あれ、名前は?」

ふと蘭が顔を上げた。それを聞いた工藤君がさっと辺りを見回し、その顔が後ろを向いて視線がバチっと合う。すると工藤君がやや眉を顰めた。

「ん?オメーいつの間に後ろに行ったんだ?
遠慮とかすんなよ。せっかく一緒に帰ってんだから早くこっちこいよ」
「そうだよ!ほら隣!」
「あ、ありがとう!」

嬉しくて声が上擦った。優しい2人は今も私を気遣い、止まって私が来るのを待っていてくれている。それは紛れもなく2人の意志で、アニメだなんだと思ったことを申し訳なく感じた。だけど、やっぱり2人をキャラクターじゃないとは思えないし、自分が部外者だという気持ちも拭えない。ごめんなさい。そう心の中で呟いて工藤君達の元へ走り寄る。

「なに話してたの?」
「ドロケーの話!あのね、聞いて!」
「なになに?」
「新一が私の足が遅いっていうの!」
「事実だろ。だからオメー、沢山俺に捕まったじゃねーか」

そうだね。工藤君に蘭が沢山捕まっていたのは事実だ。しかし、それは本当に蘭の足が遅いからなのだろうか?その答えは

「えー絶対違うよ!蘭の足は速いよ!」
「ほら!」
「でもオメー、沢山俺に捕まって、」
「だってずっと、工藤君蘭のことばっか狙ってるんだもん!」

そう、答えは不正解。実際は、工藤君が執拗なまでに蘭を追いかけ回していたのだ。工藤君にも好きな子をいじめちゃう時期があったんだな、と少し新鮮な気持ちだ。そしてとても可愛い。当の工藤君はというと

「っな!ちげーよ!」

少し顔を赤くしつつそう言って歩くペースを速くした。それは明らかに図星のサインだよ、と小さく呟いて、待ってと慌てて追い始めた蘭について行く。蘭は少し怒るかなと思ったが、しきりに「よかった。私の足遅くないんだ!」と喜んでいて気にする素振りも見せていなかった。なるほど、両片思いが長い間続いていたのも頷ける。そう思うと思わず笑みがこぼれた。

「なんだよ、気持ちわりーな」
「ううん、なんでもない!みんなと帰るの楽しいなって」

「私も!」と元気よく答えてくれる蘭は本当に可愛い。これが毎日続くと思うと、家から連れ出し有希子さんに会わせてくれたベルモットには感謝だ。こんな風にワイワイしていたら、約15分間の下校時間はあっという間に終わってしまった。


そしてその会話を今、ベルモットの前で話している。はっきり言って違和感しかない。

「そう。小学校が楽しそうで安心したわ」

カップをソーサーに優雅におきつつ、彼女はそう言って微笑んだ。思わず「誰だお前」と言いたくなる。しかしこの人は女優。腹の中では全然違うことを考えているかも知れないから油断はできない。

「ところで貴女、何か習いたいものはある?」
「習いたいもの…?」

なんとこの人は習い事までやらせてくれるというのか。まさかそんなことを提案されるとは思っていなかったので、答えられず首を傾げる。習いたいもの、か。

「うーん…ピアノ!」
「ピアノ、いいわね。他には?」

まずはオーソドックスなラインから攻めてみたが、いまいち彼女のお気に召さなかったようだ。さらりと流されてしまった。なんだろう。彼女は何を求めているのだろうか。
〇〇やらない?と聞いてくれれば、ベルモット様の命令とならばどんなものでも聞くつもりだが(命は惜しい)、しかし彼女は私から言い出すのを待っているらしい。ううん、と考え込む。なにか他に、習いたいもの。

「…あ!体操!」
「体操?」
「うん!体操習いたい!」

なぜ習いたいのか。某月間少女漫画雑誌に載っていた"とんでる!ポニーテール"という作品の影響を受けバク転が出来る女子に憧れているからだ。どうだ。バカバカしい理由だろう。ベルモットに尋ねられたら困る。しかし

「いいじゃない。体操」

この答えはかなり当たりだったようだ。ベルモットの意に沿う回答をすれば理由をどうでも言いようで、彼女はもう一度いいわねぇと言うとさっと席を立った。そして口元に妖艶な笑みを浮かべ

「じゃあ、教室を探してくるわ」

こんなに面倒見の良いタイプだったのか。その夜にはもう全ての契約を結び終え、私の1週間のタイムスケジュールまで組まれていた。
ベルモットは教育ママの素質があると思う。
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