むいかめ
「降谷くんに、会いたい……ね」
まさか自分を覚えていたとは。ひとりごち、さっきから煩わしく震えている携帯を胸元から取り出す。
「ハァイ、バーボン」
「首尾は上々ですよ、ベルモット。死体の処理も任せてくだされば」
「あれだけ頑なに殺すことを嫌がっていたのに……」
「手を掛けるのは、後にも先にも彼女だけと決めていましたから」
「イイ男は重い愛を持たないものよ」
小さく笑うベルモットにため息を吐く。確かに僕の愛は重いのかもしれない、17年間同じ女性を大切に思っているぐらいには。
「それじゃあまた、後処理ができたら連絡します」
「ええ。それじゃ」
ピッという音を聞いてから、急いでもうひとつの連絡先を打ち込む。
「米花ビル裏だ、風見。車を手配してくれ」
◇
「彼女とはいったいどういうご縁なんですか?」
公安御用達の病院へ向かう道すがら、風見とミラー越しに目が合う。
「降谷さんの指示で経歴は調べましたが……特に、これといって降谷さんと接点があるような部分はなかったように思われましたが」
「こいつとは小学校が同じだったんだ」
「あれ彼女、アメリカの小学校に通ってらっしゃいませんでしたか?」
「だが3ヶ月間だけ、日本にいた時があったろう」
「なるほど、その時に」
「ああ。ちょっとした縁だ」
初めて会った日のことは決して忘れないだろう。人形みたいで怖い、と今から考えればとんだ褒め言葉のような表現で、しかし相手を傷つけるために放たれた野次を、一身に受けていた。えーんえーんと声を上げて泣きながら、けれど逃げ出しはしないで中心に立っていた姿はなぜかとても印象的だった。
「やめろ!」
持ち前の正義感ではやす子達を追い払った瞬間、ピタリと涙を止めた姿も。
「ヒーローみたい……!」
と真っ赤に泣き腫らした目で僕を見上げた姿も。
どれも印象的で、いまだに鮮明に思い出せる。
それからすぐに仲良くなった僕たちは3ヶ月間、夏休みが終わったあとも一緒に遊んだ。小学生らしい。僕の金髪にどこか親近感を持っていて、僕の髪の毛を撫でては「素敵だね!」とよく言っていたのも覚えている。
そしてアメリカに帰るその日、僕にくれた言葉もはっきりと。
「ゼロ君は私だけじゃない、みんなのヒーローだよ!」
子供の頃のささいな会話。それでも僕はその言葉を胸に刻んで、警察を志望するようになった。
だというのに。だというのに、黒の組織で再会してしまった僕の気持ちも考えてみて欲しい。君がヒーローだと言ってくれたから公安にも入って、そして汚れ仕事も誇りを持ってできていたのが、まさか守る範疇から外れたところにいるなんて。しかもコードネームまで与えられていたのだから、どれほどたまげたことか。
けれど彼女が犯罪に手を染めるということがどうしても信じられなかった。彼女は自分をからかった子でも、困っていればすぐ助けるような子だったから。
人は変わると知っている。それでも信じてしまったのは、くだらん男の幻想とでも言ってくれ。しかし結局CIAからの潜入警察官だったのだから、僕の願望も当たってしまえば「さすが!」となるのが世の摂理である。
「しかし、偽装銃殺とは降谷さんも大胆なことをしますね」
「どれもこれも、あの小さな名探偵と知り合いの博士のおかげだ」
ベルモットから指定された拳銃では臓器と動脈を外して撃ち、そして胸には彼女の血が込められた銃を撃った。この血が入った銃こそ阿笠博士の発明である。遠巻きに見ているキャンティの目を誤魔化すために必要だった。
「その血はどうやって集めたんですか」
「彼女は献血が趣味だからな。偽の献血カーを手配すれば簡単だったよ」
「……手が込んでいますね」
「仕方ないだろう。そうでなければ睡眠薬でも飲ませて血を採ることになっていただろうから、それよりマシだ」
「本当にマシでしょうか……」
「死ぬよりはいいじゃないか。ここは黒の組織だぞ」
「その点には同意です。降谷さんが彼女の知り合いだったこと、博士という人物が身近にいたことも含めてかなり幸運だったでしょう」
「ああ、最後にベルモットに目をつけられたことを除けば、な」
そう、元々は博士からの銃のみ使う予定だった。だが直前になってベルモットから呼び出され、実弾の込められた、殺したのかを確認するため弾まで数えられた銃を渡されたのだ。本来なら麻酔で気を失わせるだけのつもりが、実際に撃った衝撃で眠らせることになったのはそのせいだ。
トランクはすでに血塗れだ。こういう可能性も考えこの一週間は健康的な食事と睡眠を取れるよう管理していたが、相当なストレス下に置かれていたことを考えると急がなければならない。
「風見、出来る限りスピードを上げろ。いくら急所を外したとはいえ失血死の恐れがある」
「分かりました、降谷さん」
お前の会いたがっていた人に、生きているうちに会わせてやろう。
声には出さず呟き、力なく伸ばされている女の手を強く握った。