いつかめ
「18時、米花ビル」
久しぶりに音を立てた携帯を開いて、私は小さく溜息をついた。
「……バーボン、今日のお昼はとびきり豪華なものが食べたい気分なんですが」
「そうですか」
ベランダでなにやら電話していたバーボンは、そういうとスタスタと台所に入っていった。
「え、なに……」
「僕が用意しますよ」
「あ、ありがとうございます……でもなんで急に」
「最後の晩餐が自分のご飯では悲しくありませんか?」
その一言で、私はいらんことまで悟ってしまって思わず俯く。────バーボンが、私を殺すのか。
ただおいしい食事をしたいと伝えただけなのに「最後の晩餐」だなんて。いや、実際そうなんだけど。でも私はなにも言っていないのだから、ジンから私が今日始末されると聞いたのだろう。殺す前にそれを知るにはたった一つ、ジンからの命令を受け取ることだけ。
寂しい。
ふと湧き上がった感情に動揺する。唯一惚れた男を思い出してしまうから、距離をとっていたのに。せっかくその顔をしておきながら、飄々と嘘ばかり吐いて偉そうだからムカついていたのに。あんなに、あんなに嫌いだったしなんなら今も嫌いだが。このたったの4日間で、あいつに絆された自分が信じられない。
「バーボンは私の予定を尽く狂わせましたね」
だからあんたなんて大っ嫌い、心の中で思い切り舌を出す。
「なんの話です?」
「私が死ぬまでにする予定のなかったこと、あなたのお陰でたっくさん経験できましたよ」
「自炊をしたり?」
「自炊は毎日していた頃もあったんで違いますけど。本当に失礼ね」
「ボウモアは、予定を狂わされるのは嫌いですか?」
「好きな人なんていると思います?」
私が大袈裟に顔をしかめて見せると、バーボンは声を立てて笑った。これから殺す相手と喋っているとは思えないくらい、楽しそうに。そして
「まぁ、これからもあなたの思い通りにはさせませんので」
命まで握られているから、一ミリたりとも間違っていないが。そんな言い方しなくても良いのにと呟くと、その顔を見るのが趣味なんですと言い放ちやがった。
神様、こんなに性格の悪いこいつより、私を生かしてくれても良いんじゃないですか?
◇
背後から迫ってくる足跡から、なんとか逃げていく。隠れて、曲がって、相手にそこにいることがバレないように。バーボン相手に、こんなもの意味をなさないと分かっているけれど。最後ぐらい足掻いても良いじゃない。
「ボウモア、もうそこは行き止まりですよ」
何分経っただろう。バーボンのいう通り、ついに壁にぶち当たった。乗り越えられないこともないけれど、多分乗り越えている間に背中から打たれてお陀仏だ。
それでも一縷の望みにかけるべきか、
「上ではキャンティが待っているそうです。僕としては、最後にいくつか質問に答えてもらって僕の手で殺したいのですが」
「悪趣味なんですね……想像以上に」
「ええ。悪趣味で、最後まで諦めの悪い男です」
なんの話だ?振り返って私が首を傾げると、バーボンはふっと笑った。
「それで僕を選んでくれるんですね」
「まぁ質問に答えられるのも最後ですし」
大人しく向かい合って腕を上げる。全てのデータを削除した、もう思い残すことはなにもない。欲を言えば結婚式も上げてみたかったし、子供や旦那の愚痴を言うなんて経験もしてみたかったけれど。
「死ぬ前にひとつ、良い事をして死にたいなって」
「僕の希望に応えるという?」
「はい」
「じゃあお言葉に甘えて」
カチリと安全装置を外す音が聞こえた。こいつに銃を向けられるなんてなんと屈辱的な。
でも、顔だけ見ていれば私が大好きだった人。それなら殺されても良いかもしれない、なんてふざけたことを思う。
「あなた、国籍はアメリカですね」
「ええ。父がアメリカ人なので」
「日本で暮らしていたことはありますか?」
「ありますよ。日本でいう小学6年生の時、6月から3ヶ月ほど」
「その際は小学校に通いましたか?」
「ええ。日本語の練習をしようと思って……祖父母に駄々をこねて、公立の小学校に入れてもらいましたよ」
「その時のことは覚えていますか?」
「もちろん」
覚えているに決まっている。私はその、小学6年生の時に出会った色黒の少年がこんな良い歳になっても忘れられなくて、面影を探しているのだから。今よりずっと外国人のような容姿をしていたせいで仲間外れにされていた私に、最初に手を差し伸べてくれた男の子。
「そうですか。それは良かった」
首を傾げると、バーボンは肩を竦めた。
「小さい頃の楽しい記憶に包まれて死ぬ方が、幸せですから」
「最近、ジンに影響されてきてるんじゃないですか?セリフがくさすぎますよ」
「ああ、キザな人は嫌いですか?」
「格好つけたような人が嫌い」
あの子のようにまっすぐで、正義感が強くて、裏も表もないような強い男が良い。
「分かりました。肝に命じておきます」
「ええ。私の遺言としてね」
バーボンは一歩、また一歩と近づくと私の胸に銃を当てた。
「最後に会いたい人はいますか?」
「なんでそんなこと聞くんです?」
「意識を失う前に口にしておくと、天国で会えるそうです」
「天国に行けるか分かりませんけどね」
ふふっと笑う。
「でもそうね、せっかくだから信じてみるのも良いかもしれません」
「ええ」
「私はお父さんと、お母さんと、それから────降谷くんに、会いたい」
平穏な夜に似つかわしくない音が響き、辺りを真っ赤に染め上げた。