別れはある日突然に (1/1)

煙たく、血生臭い匂いが漂う、焼け野原と化した戦場。黒焦げた、得体の知れない死体が無造作に転がっている中、薄汚れた着物を身に纏った二人の男女が剣を握り、背中合わせで其処には立っていた。顔は、二人とも前髪が目に掛かっていてよく分からない。

晋助

女の方が先に口を開き、男の名を呼んだが、それは音もなく消えて、その名を聞く事は叶わなかった。口を開いた女の声も、返事をした男の声さえも。




「サドォオオオ!!今日こそ決着つけるネ!覚悟するアル!!」
「臨むところだチャイナァ。今日こそはその息の根止めてやるぜィ」

「おはようございますお妙さぁーん!!今日もお美しいです……グハァッ!!」
「いい加減しつこいんじゃゴリラァアアアア!!」

3年Z組の教室は相変わらず朝から騒がしかった。チャイナとサドが大規模な喧嘩を繰り広げて学校の備品を破壊したり、片やそのサドがマヨラーに執拗なまでの嫌がらせを仕向けたり、ある時はゴリラが意中のクラスメイトをストーキングしては返り討ちに遭うなんて事は日常茶飯事で、問題児ばかりが集まるこの教室に静寂というものは存在しない。

「おーい、お前ら静かにしろー。出席取るぞー」

白衣に身を包んだ銀髪頭の男の気だるげな声が教室に響く。仮にも教壇に立つ人間だというのに、生徒の前で煙草……否煙草の形をしたペロペロキャンディーをくわえながら生徒の出席確認を取ろうとする、死んだ魚のような目をしたこの男を教師と呼ぶには相応しくない。

「おーし、全員居るなー」

そして、個々の生徒の名前を読み上げる事もせずに教室内を一瞬だけ見渡すというそのガサツな出席の取り方も些か疑問を感じるが。

「銀時」

一向に収まる気配のないこの騒がしさの中、一人の少女が自席から立ち上がり、ゆったりとした足取りで教卓に居る男の元へとやって来た。セーラー服を身に纏った少女は紛れもなくこのクラスの生徒である。しかし、少女は涼しい顔で明らかに少女より年上のこの男を『先生』と敬称を付けずに『銀時』と呼び捨てでその名を呼んだ。
……正確に言うと、この男の名は『銀時』ではないが。

「夏芽ー、教師に向かって呼び捨てはいけません。それに俺は"銀時"じゃなくて"銀八"ね。いい加減覚えなさいね。てかお前がわざとやってるのは分かってるからね。ノット"銀時"、アイム"銀八先生"、オーケー?ドゥーユーアンダースタンド??」
「晋助が居ない」
「はー!無視ですかコノヤロー。……そういやいねーな。いつもみたいに屋上に居るんじゃねーの?それか遅刻だな」
「ちょっと屋上行ってくる」
「もう授業始めるんですケド。お前は教師の目の前で堂々とサボり宣言ですかー?」
「行ってくる」
「二回言ったなオイ」

1時限目の開始時刻まではあと5分も無い。しかしながら夏芽と呼ばれた少女は男の話には聞く耳を持たずに"晋助"という人物を探しに、彼が居るであろう屋上へ行こうとZ組の教室を出て行ってしまった。

「………ったくよ、またアイツは」

ガシガシと頭部を乱暴に掻く男の様子からすると、どうも彼女のこの行動は一度や二度の話ではないらしい。それは、夏芽にとって"晋助"という男がただのクラスメイトというだけの存在ではないという事を彼女の態度が物語っていた。

「……世話の掛かる奴だねェ」

そう悪態を付きながらも、教室を出て行く少女の背中を見届けた男の眼差しは温かく優しいものだった。




屋上までの階段を上がり、重い扉を開けると目の前に広がる青。雲一つない、澄んだ綺麗な青空だ。そして冷たいコンクリートにだらしなく寝転んだ少年―――――銀時の言った通りに目的の人物はそこには居た。

「晋助」

晋助の元へと近寄り、見下ろす形で声を掛ければ、晋助の眠たそうな右眼が私を見た。

「……夏芽か」
「おはよ」

―――――高杉晋助

彼も3年Z組に在籍する生徒のうちの一人である。派手なワインレッドのワイシャツに、左眼に眼帯をしているのが特徴のこの男は、うちのクラスで一番の問題児と言っても過言ではないだろう。何せ、うちの学校では最強で最凶の不良と謳われ、周囲からは恐れられているのだ。そんな危険な男と自分が、こうしてまともにつるむようになる日が来るとは、まるで夢にも思わなかったが。……いや、最初こそ手を出したのは自分の方だったかと、彼と初めて出会った日の事を思い出しながら自嘲気味に笑った。

「教室は?」
「いや、徹夜明けでねみィから此処で一眠りしてから顔は出す」
「徹夜……?何かしてたの?」
「あァ、今度そろばん塾の方でフラッシュ暗算の検定が控えてるからな。その為の特訓をしてた」
「相変わらず算盤好きだね」
「まぁ否定はしねェよ。珠算ではテメェに敵わねえのが分かったからな」
「………まだ張り合ってたのか」
「塾に通ってもねェお前があそこまで出来るなんざ俺ァ腑に落ちねェんだよ」
「…………」

負けず嫌いの晋助は、如何にも不満があるというような顔で私を見上げた。しかし、その晋助の言葉に私は何も答えなかった。正しく言えば、私は答えなかったのではなく、答えられなかった。
口を閉ざしたままの私にいい加減痺れを切らした晋助は大きく溜め息を吐いた後、仰向けだった身体を横に向けた。

「寝る」

頭を片腕の上に乗せ、瞳を閉じた晋助は本格的に寝る体勢に入ってしまった。

「分かった。じゃあ私は教室に戻ってる」

睡眠の邪魔にならないようにと私も静かに踵を返し、屋上を出ようと出口の扉の方に向かった。1限は既に始まっているが確か銀時………いや、銀八の現国の授業のはずだ。そろそろ戻らないとアイツが口煩く何かを言ってくる事がこれまでの経験で予想出来るので、いつまでも此処に長居をする訳にはいかなかった。さっさと戻ろうと、屋上の重たい扉を開けて階段を降りようとしたその時だった。

―――――ドンッ

「え、?」

突如、背中に感じた手の感触と同時にバランスを崩してしまった足元。そう、それは確かに背後から誰かに突き落とされたような感覚だった。

「っ……!」

言うことの利かない身体は重力に従いそのまま階段下へと落ちていく。……でも、不思議だ。この時間がスローモーションのように感じるのはどうしてだろうか。そういえば前にテレビで誰かが、人は極度の恐怖や生命の危機を感じた時、時間の経過が異様なまでに長く感じる傾向があるなんて事を言っていた気がする。

「夏芽っ!!」

我に返ると、寝ていたはずの晋助が異変に一早く気付き、私の名前を叫びながら慌ててこちらに走り寄って来るのが見えた。

「掴まれ!!」

左手で手すりを掴みつつ、届かまいかと私に片方の手を伸ばす晋助の顔は兎に角必死だった。

「しん、すけっ……!!」

私もそれに応えようと精一杯手を伸ばした。もう少しで届く。そう、あとほんの少しの距離だったのに、

―――――フッ

届かなかった。

「夏芽ェエエエエ!!」

彼の叫び声を最後に、私はこれから迎える衝撃に耐えるように静かに瞼を下ろした。

(Rewrite:2016.03.23)

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